無重力でも、ヒトのゲノムは崩れなかった。重力を打ち消す装置で24時間、核はふくらんだが DNA は傷まず、傷めたのは「液の流れ」のほうだった

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宇宙に長く滞在した宇宙飛行士の体には、筋肉や骨が減る、視力が落ちる、心臓や血管の働きが変わるといった影響が出ます。遺伝子の働き方も変わることが、NASA の双子研究などで分かっています。では、細胞の核に折りたたまれた DNA そのものは、重力が無いとどうなるのか。ニューヨーク大学(NYU)の Alexandra Zidovska さんの研究室が、地上で重力を打ち消す装置を自作してヒト細胞を24時間置き、ゲノムの配置と動きがほとんど変わらないことを確かめました。論文は2026年9月25日に Science Advances に掲載され、誰でも読めます。筆頭著者は Nikitas Kanellakopoulos さんで、著者は6人です。

2メートルの DNA を、10マイクロメートルの核に

ヒトの細胞1個には、つなげると約2メートルになる DNA が、直径わずか10マイクロメートルほどの核に詰め込まれています。ただ押し込まれているのではなく、どの遺伝子がどこに置かれ、どう動くかには秩序があって、その配置が遺伝子の読み出しや複製、修復に関わっています。細胞に力がかかると、この配置や動きが変わることも知られています。

重力は、地上のあらゆるものに常にかかっている力です。だとすれば、ゲノムの配置にも重力が一役買っているはずで、それを知るには重力を取り除いてみるしかありません。Zidovska さんはそう考えて、重力を打ち消す実験を組みました。宇宙では遺伝子の働き方が大きく変わることが分かっているので、その手前にある「ゲノムの物理的な配置」が宇宙で変わるのかどうかは、宇宙滞在の影響を理解する上でも知りたいことでした。

回し続けて重力を消す装置

チームが作ったのは「ランダム・ポジショニング・マシン」という装置です。細胞を培養した皿を2つの軸のまわりで絶えず回し続け、重力の向きを次々と変えることで、平均すると重力がかかっていない状態を作ります。宇宙飛行士の訓練に使われる装置と似た仕組みです。

ただ、この種の装置には昔からの弱点がありました。皿を回せば中の培養液が流れ、細胞が液の流れにさらされて、しかも細胞同士が寄り集まって塊を作ります。これまでの研究では、この流れと塊が「微小重力の影響」と混ざってしまい、どちらの効果なのか見分けにくくなっていました。チームは回し方を決めるアルゴリズムを独自に開発して、流れと塊の形成を抑えました。さらに、あえて液の流れだけを細胞に与える条件も用意して、流れの効果を別に測れるようにしています。

細胞には、DNA を巻き取っているクロマチンと、細胞の骨組みである微小管を別々の色の蛍光で光らせておき、模擬微小重力か液の流れに24時間さらしたあと、生きたまま顕微鏡で撮り続けて、核の形や大きさ、ゲノムの配置と動き、DNA の損傷を調べました。

核はふくらみ、ゲノムは崩れなかった

模擬微小重力に置いた細胞では、核の体積が増えていました。地上では重力が核を少し押し縮めている、と読める結果です。核の中にある核小体という液状の構造もなめらかになっていて、重力が無いと液の浮き沈みや対流が消えることが効いているようです。

一方で、核を包む核膜の厚さや構造は変わらず、ゲノムの配置と動きも24時間のあいだ保たれていました。DNA の損傷も出ていません。ゲノムの配置という点では、重力を取り除いても目立った崩れは起きなかったわけです。Zidovska さんは、ゲノムの組織と動態はとても頑丈で、24時間では重力の有無に影響されないように見える、と話しています。

対照的だったのが、液の流れだけを与えた細胞です。細胞は引き伸ばされて細長くなり、DNA に損傷が出ました。これまでの地上の模擬実験で「微小重力が DNA を傷める」ように見えた結果の一部は、重力が消えたせいではなく、装置が起こす流れのせいだった可能性があります。微小重力と流れを切り分けたことが、この研究のいちばんの持ち味です。

24時間の話であること

この結果は、宇宙に行っても遺伝子は無事だ、という意味ではありません。実験は24時間で、観察された変化は小さいものでしたが、著者らは長く続けば積み重なる可能性があると書いています。宇宙では微小重力だけでなく、地上より強い放射線が DNA を傷めます。今回の装置は重力の効果だけを取り出したもので、宇宙滞在の条件を全部再現したわけではありません。

それでも、ゲノムの配置が重力という常にかかる力に対してこれだけ頑丈だという事実は、宇宙医学の土台になる知見です。月や火星への長い滞在を考えるときに、まず切り分けておくべき変数が一つ片づいた、と言えるでしょう。研究の資金は米国立科学財団(NSF)と米国立衛生研究所(NIH)から出ています。

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