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渡り鳥が地球の磁場を頼りに長い距離を飛ぶことはよく知られていますが、磁場を感じ取る哺乳類もいます。その代表が、アフリカの地下に暮らすデバネズミの仲間です。ドイツのマックス・プランク神経生物学研究所の E. Pascal Malkemper らの研究グループが、アンセルデバネズミの脳全体を調べたところ、磁場を「感じる」話とは向きの違う結果が出ました。地球の磁場をほとんど消した環境に置かれたデバネズミの脳では、ストレスや不安にかかわる領域が働き、動物はその場所を避けたのです。この研究は2026年10月に bioRxiv に投稿された査読前のプレプリントです。
暗闇の地下で、磁場を頼りに巣を作る
アンセルデバネズミは、ザンビアなどの地下に数キロメートルに及ぶトンネルを掘って暮らす、社会性のある小さな哺乳類です。目はほとんど見えません。光の無い地下で巣の位置や通路の向きを決めるのに磁場を使っていることは、巣を作る方向が磁場の向きで変わる実験などから分かっていました。哺乳類の磁気感覚の研究は、ほぼこの属の動物だけで進められてきたと言ってよいほどです。
ただし、磁場をどこでどう感じているのかは、まだ分かっていません。目の中に磁鉄鉱の粒があって方位磁石のように働くという説がありましたが、同じ研究グループが別の論文で目を詳しく撮像したところ、その証拠は見つかりませんでした。脳のどこが磁場の情報を処理しているのかも、はっきりしていませんでした。

脳全体を透明にして、働いた場所を数える
研究グループは、デバネズミの脳のどこが磁場に反応するかを、先入観なしに全体から探すことにしました。使ったのは、神経細胞が活動したときに作られる c-Fos というタンパク質を目印にする方法です。脳を丸ごと透明化し、光シート顕微鏡で撮影して、新しく作ったデバネズミの3次元の脳地図に重ねます。これで、脳のどの領域がどれだけ活動したかを、脳全体にわたって数えられます。
実験では、デバネズミを変化する磁場にさらした群と、地球の磁場の約2%、つまりほぼゼロの磁場にさらした対照の群を比べました。ほぼゼロの磁場は、磁気を感じられる動物にとって何も手がかりの無い中立な状態のはずで、研究の設計上は「比べるための基準」でした。
ところが結果は逆でした。活動が高まった領域が多かったのは、ほぼゼロの磁場にさらした群のほうだったのです。しかもその領域は、扁桃体、分界条床核、無名質、中脳水道周囲灰白質と、ストレスや不安、恐怖の反応にかかわる場所に集中していました。磁場が無いことは、デバネズミにとって中立ではなく、生理的なストレスになっているらしい、と研究グループは考えました。
磁場の無い区画を避ける
脳の反応だけでは、動物がそれを嫌がっているかどうかまでは分かりません。そこで研究グループは行動で確かめました。直線の通路を用意し、動物の位置に応じて磁場の強さを変えることで、通路の一部だけ磁場をほぼゼロにした区画を作ります。そこに物を置いて、デバネズミがどのくらい近づくかを測りました。
デバネズミは、磁場をほぼゼロにした区画に置いた物のそばで過ごす時間が、はっきり短くなりました。一方で、磁場を通常の2倍に強めた区画では、そうした回避は起きませんでした。磁場が強いことではなく、無いことを避けている、ということです。研究グループは、哺乳類が磁場の不在に対して能動的な回避を示した初めての報告だとしています。

対照実験の前提が揺らぐ
この結果には、研究のやり方そのものに跳ね返ってくる意味があります。磁気感覚の実験では、磁場をほぼゼロにした条件を「何も感じない基準」として使うことが珍しくありません。デバネズミにとってそれがストレスになるのなら、少なくともこの動物では、ゼロ磁場は中立な対照にならないことになります。
磁場の情報を処理する場所も、脳の一か所に収まってはいませんでした。活動は広く分布した領域と回路にまたがっていて、単純な「磁気の中枢」があるわけではなさそうです。どの経路で磁場の情報が入ってくるのかには、まだ埋まっていない部分が残っています。
この研究は査読を受ける前の段階で、結論はこれから検証されます。それでも、常にそこにあるはずの地球の磁場が消えたとき、それを「何も無い」ではなく「おかしい」と感じる動物がいる、という見方は新しいものです。地下の暗闇で磁場だけを頼りに生きてきた動物にとって、磁場の消失は、私たちで言えば突然まわりの音が全部消えるような出来事なのかもしれません。
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出典
- L. Zhang, B. Y. K. Lam et al., “Absence of the Earth’s magnetic field activates stress-related brain circuits in a mammal”, bioRxiv(2026年10月11日、査読前):https://doi.org/10.64898/2026.10.04.756554
- Leif Moritz et al., “Multimodal imaging reveals no evidence for magnetite-based magnetoreceptors in the mole-rat eye”, iScience(2026年10月):https://doi.org/10.1016/j.isci.2026.117548
- ScienceAlert “Mole Rats Get Stressed When Earth’s Magnetic Field Vanishes, Study Suggests”(2026年10月23日、Ivan Farkas):https://www.sciencealert.com/mole-rats-get-stressed-when-earths-magnetic-field-vanishes-study-suggests


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