ジュラ紀の森には、人間に聞こえない声が響いていた

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1億6,500万年前の森で、虫がどんな声で鳴いていたか。それを化石の翅(はね)から割り出した研究が、8月25日付のPNAS(米国科学アカデミー紀要)に出ました。中国・四川農業大学の顧俊傑(Jun-Jie Gu)氏を筆頭に、英リンカーン大学、オーストリアのグラーツ大学などの研究者が加わったチームの成果です。

録音が残っているはずもない時代の音を、化石から取り出す。そんなことができるのか、と思うところですが、相手が虫だからできます。

化石に残る「楽器」

恐竜がどんな声だったかは、はっきりとは分かりません。声を出す器官は柔らかい組織でできていて、化石として残りにくいからです。

虫は事情が違います。コオロギやキリギリスの仲間は、のどで鳴くのではなく、左右の前翅をこすり合わせて音を出します。片方の翅の裏側にはヤスリのような刻み目の列(ヤスリ器)が並び、もう片方の翅の縁にはそれを弾く硬い突起があります。指を櫛の歯に当てて弾くのと同じ理屈で、こすった瞬間に翅全体が震えて音になる。この動作をストリデュレーション(摩擦発音)と呼びます。

そして刻み目も翅も、硬い外骨格の一部です。つまり虫の化石は、楽器そのものを残している。しかも音の高さと刻み方には、はっきりした関係があります。刻み目の数、その間隔、そして震える翅の面積。この三つが決まれば、出る音の高さとリズムも決まってきます。

レーザーと計算機による音の割り出し

研究チームが調べたのは、中国・内モンゴル自治区の九龍山累層から出た20点の化石です。年代は中期ジュラ紀、およそ1億6,500万年前。9種が含まれ、そのうち7種はプロファランゴプシス科、残る2種はハグリダエ科という、三畳紀から白亜紀まで生きて絶滅したグループのものでした。いずれもコオロギやキリギリスに連なる仲間です。同じ時代の同じ場所で暮らしていた9種が、そろって翅の細部まで残っていた——これがまず幸運でした。

ここから音を出すのに、チームは四つの方法を重ねています。まず現生の約100種と化石を系統的に比べ、近い関係にある種どうしで刻み目と音の高さがどう対応するかを押さえる。次に生きている虫の翅にレーザーを当て、鳴いているときに翅がどう震えているかを実測する。その測定をもとに、化石の翅が震えたらどうなるかを計算機で再現する。最後に、翅の形から鳴き方のパターンを予測するAIモデルにかける。

出てきた答えは、一色ではありませんでした。9種の多くは5キロヘルツ前後の低めの音で、現生のコオロギに近い。しかもそのほとんどが「純音」——ひとつの周波数だけでできた、澄んだ音でした。ザーッとした雑音まじりの音ではなく、笛のような、はっきりした高さを持つ声だったということです。

コウモリより1億年早い超音波

ところが1種だけ、桁が違いました。Sigmaboilus peregrinus という種の翅からは、20〜22キロヘルツという値が出てきたのです。人間の耳が聞き取れるのは20ヘルツから20キロヘルツまでで、その上限のすぐ外側。つまりこの虫の声は、ジュラ紀の森に人間が立っていたとしても、何も聞こえなかったことになります。

問題は、これがいつの話かという点です。

虫の超音波については、長らく分かりやすい説明がありました。コウモリです。コウモリは超音波を出して跳ね返りを聞き、暗闇でも虫を正確に捕らえます。虫の側もそれに応じて、高い周波数で聞き、高い周波数で鳴くようになった——捕食者との軍拡競争の産物だ、と。実際、キリギリスの仲間が高い音へ移っていく時期と、コウモリが増えていく時期は、大づかみには重なります。

しかし S. peregrinus が鳴いていたのは、コウモリが化石記録に現れるより約1億年も前です。追いかけてくる相手がまだ存在しない時代に、すでに超音波は使われていた。コウモリが飛び始めたとき、空はとっくに超音波で埋まっていた、ということになります。

盗み聞きしていた相手

では、何が虫を高い音へ追いやったのか。研究チームが挙げるのは、初期の哺乳類です。

チームは哺乳類の可聴域が時代とともにどう変わってきたかも調べていて、コウモリよりずっと前から、高い音を聞ける耳を持つ捕食者がいた可能性を指摘しています。虫にとって鳴き声は、相手を呼ぶための信号であると同時に、居場所を知らせる看板でもあります。呼びたい相手にだけ届き、聞かれたくない相手には届きにくい音——高くて、小さくて、方向をつかみにくい純音は、その条件をかなり満たします。

もうひとつ、混雑を避けるための移動という見方もあります。同じ森で何種類もが同時に鳴けば、声はぶつかり合って埋もれる。誰も使っていない高さの帯域へ移れば、自分の声は目立つ。研究チームはこの可能性にも触れています。

どちらにせよ、超音波の出どころをコウモリ一つで説明するのは無理がある、というのが今回の結論です。論文はコウモリが唯一の推進力だったという仮説を明確に退けていますが、では具体的にどの捕食者がどれだけ効いたのかまでは、まだ言えていません。

ジュラ紀の森の聞こえ方

この研究が描き直したのは、恐竜時代の音の風景そのものです。足音とシダの揺れる音だけの世界ではなく、あちこちから澄んだ鳴き声が上がり、その中に人間には届かない音も混じっていた。研究チームは、動物の超音波コミュニケーションとしてはこれが今のところ最古の記録だとしています。

もちろん、これは録音ではありません。翅の形から逆算した推定であり、論文自身も「低い可聴音から中程度の超音波まで、幅広い周波数で交信していたことが確認できるにとどまる」と書いています。一匹一匹の鳴き方の癖まで再現できたわけではない。

それでも、硬い外骨格を持つ生き物なら同じ手が使えます。共著者ではない立場からコメントしたロンドン自然史博物館のエドムンド・ヤジェンボフスキー氏は、甲虫やアリの化石にも同じ方法を向けてみたいと話しています。化石を「見る」だけでなく「聞く」対象として扱えるなら、まだ手つかずのものがかなり残っていることになります。

出典

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