【カンブリア紀の生物】ハイコウイクチス – 最古の魚には目が4つあった

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名前ハイコウイクチス(学名 Haikouichthys ercaicunensis/「耳材村(アルツァイツン)産の、海口(ハイコウ)の魚」の意味)
分類脊索動物門 ミロクンミンギア科。あごを持たない無顎類(むがくるい)で、最古級の脊椎動物とされる
時代カンブリア紀(約5億1800万年前)
発見地中国・雲南省昆明市西山区 海口の耳材村(澄江(チェンジャン)生物群)
全長約2.5cm
記載1999年(Luo, Hu & Shu)

ハイコウイクチスは、カンブリア紀の海を泳いでいた小さな無顎類です。あごも左右一対のヒレも持たず、体の中心を通る脊索(せきさく)に沿って小さな脊椎の要素が並び、体側にはV字に折れた筋節(きんせつ)が刻まれています。脊椎動物の化石としては最も古い部類に入り、一般向けの図鑑や博物館では「最初の魚」として紹介されることが多い生物です。

姿と暮らし

体は細長く、成体でも全長2.5cmほどしかありません。頭にあたる部分にはやや大きな目が左右に1つずつあり、その後ろに鰓(えら)の並びがあります。背中から尾、そして腹側の一部にかけては、ひと続きの薄いヒレのひだが走っています。左右に張り出す胸びれや腹びれはなく、体をくねらせて泳いでいたと考えられています。

あごがないため、口は円く開いたままの構造でした。現生のヤツメウナギやヌタウナギに近い形で、大きな獲物にかみつくことはできません。海水に漂う有機物や小さなプランクトンを取り込んでいたとみられます。

体の内部には脊索が保存されており、その脊索に沿って小さな軟骨質の要素が並んでいます。これが背骨の原型にあたる構造です。筋肉は前後にV字型の節として並び、この筋節の形が、近縁のミロクンミンギアと区別する根拠のひとつにされてきました。

同じ地層からは、大型の捕食者アノマロカリス、三葉虫、とげを背負ったハルキゲニア、多様な海綿などが出ています。数センチのハイコウイクチスは、この海では食べられる側にいた小動物です。2026年に報告されたミロクンミンギア科の別種の標本では、同じ石板の上に多数の個体が密集して残っており、群れをつくって泳いでいた可能性が指摘されています。

ホロタイプ1点から500点超へ

1999年、中国と英国の研究チームが澄江生物群から2種の魚型動物を報告しました。ミロクンミンギアとハイコウイクチスで、どちらも同じ論文のなかで新種として記載されています。ただしこのときハイコウイクチスの根拠となっていたのは、保存の不完全な標本1点だけでした。頭部の構造や内部の解剖についての結論は暫定的なものだと、当時から指摘されています。

状況が変わったのは2003年です。海口近くの産地から500点を超える標本が集まり、同じチームが改めて記載を行いました。300点以上の標本で、頭の前端にある1mmに満たない葉状の張り出しが確認され、そこに目と、鼻の袋らしき構造、さらに耳の器官(耳胞)の可能性がある部分が見つかっています。脊索とそれに伴う脊椎要素、鰓を支える骨格も、このときはっきりと示されました。翌2004年には、背びれ・腹側のひだ・尾がそろって残った標本が別に報告されています。

一方で、名前をめぐる問題は残ったままです。2002年、ハイコウイクチスとミロクンミンギアの特徴を併せ持つ標本が見つかり、両者は同じ生物で、違いは死後の分解や押しつぶされ方の差にすぎないという説が出されました。2種は同じ日に同じ論文で発表されたため、もし1種にまとめるなら、どちらの名前を残すかは後の研究者の判断に委ねられます。この立場をとる研究者はミロクンミンギアの名を採用しており、2017年に出た澄江生物群の専門書でも両者はミロクンミンギアの名で扱われました。逆に、鰓の配置や筋節の形の違いは本物だとして、別の属のままにしている研究者もいます。決着はついていません。

正中に並んだ、もう一対の目

2003年の記載以来、ハイコウイクチスの頭部には、左右の目のあいだに黒い小さな部分が2つあることが知られていました。これは長いあいだ、においを感じる鼻の袋(鼻嚢)だと解釈されてきました。

2026年1月、雲南大学を中心とする研究チームがこの部分を調べ直した結果を発表しました。対象はハイコウイクチスの標本6点と、名前の付いていないミロクンミンギア科1種の石板4枚です。

調べられたのは、化石に残るメラノソームという微小な粒でした。これはメラニン色素を詰めた細胞内の袋で、目のなかでは網膜の後ろの色素層に密集しています。正中の黒い部分から取り出した粒は、大きさも形も、同じ個体の左右の目のものと一致しました。質量分析やラマン分光でも、その正体がメラニン由来の有機物であることが確かめられています。さらに、粒の集まりのなかに、規則正しい卵形の構造がありました。研究チームはこれをレンズだと判断しています。

色素層とレンズがそろっているということは、この2つも像を結ぶことのできる目だったということになります。つまりハイコウイクチスには、大きな目が左右に1対、小さな目が頭の真ん中に1対、合わせて4つの目があったことになります。

正中の一対は、位置と形から、現生の脊椎動物の松果体(しょうかたい)と傍松果体にあたります。ヒトではこれが脳の奥に埋もれた小さな器官になり、暗くなるとメラトニンを出して睡眠のリズムを調整する役目を担っています。ヤツメウナギや一部のトカゲでは今も光を感じ取ることができ、「第三の目」と呼ばれてきました。今回の報告は、その「第三の目」がもともと2つあり、しかも光を感じるだけでなく像を見ることができた本物の目だった、という筋道を示しています。

4つの目は、それぞれ違う方向をカバーしていたと考えられます。真上を含む広い視野は、アノマロカリスのような捕食者が近づくのを察知するのにも、体の向きを保つのにも役立ったはずです。

ただし、これは押しつぶされた化石に残る色素構造からの解釈です。査読を経て発表された内容ではありますが、レンズとされた構造の見方や、正中の器官が本当に画像を結んでいたかどうかは、今後の標本で検証される段階にあります。あごも骨も持たないこの2.5cmの動物について、分かっていないことはまだ多く残っています。

出典

最初の記載:Shu et al., “Lower Cambrian vertebrates from south China”(Nature 402, 42–46, 1999)

500点超の標本による再記載:Shu et al., “Head and backbone of the Early Cambrian vertebrate Haikouichthys”(Nature 421, 526–529, 2003)/PubMed

ミロクンミンギアとの同種説:Hou et al., “New evidence on the anatomy and phylogeny of the earliest vertebrates”(Proceedings of the Royal Society B 269, 1865–1869, 2002)

ヒレと尾の保存された標本:Zhang & Hou, “Evidence for a single median fin-fold and tail in the Lower Cambrian vertebrate, Haikouichthys ercaicunensis”(Journal of Evolutionary Biology 17, 1162–1166, 2004)

4つのカメラ眼の報告:Lei et al., “Four camera-type eyes in the earliest vertebrates from the Cambrian Period”(Nature 650, 150–155, 2026)/同誌の解説記事(News & Views)/Phys.org の紹介記事(無料で読めます)

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