最も冷たい褐色矮星の「水の雲か、化学か」は、両方だった。JWST が11時間見続けた WISE 0855 の、まだらな雲と深部の一酸化炭素

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太陽系から7.2光年、うみへび座の方向に、星になりそこねた天体があります。WISE 0855(正式には WISE J085510.83−071442.5)という褐色矮星で、2014年にケビン・ルーマンが NASA の広域赤外線探査衛星 WISE のデータから見つけました。大きさは木星と同じくらい、質量は木星の3〜10倍。上層大気の温度は約265K、つまり −8℃ ほどしかなく、知られている褐色矮星のなかで最も冷たい天体です。

この温度には意味があります。水が氷の雲になるには十分に冷たく、アンモニアが凍るにはまだ暖かい。木星と同じ「水の雲ができる温度」に、太陽系の外で手の届く距離にある天体が座っているわけです。ところが、この天体に本当に水の雲があるのかは、発見から10年ほど、決着がついていませんでした。アリゾナ大学の Brittany E. Miles らが2026年9月に arXiv に公開した論文(査読前。The Astronomical Journal に受理済み)は、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)で11時間見続けて、この問いに答えを出そうとしたものです。

最も冷たい褐色矮星の「水の雲か、化学か」は、両方だった。JWST が11時間見続けた WISE 0855 の、まだらな雲と深部の一酸化炭素

10年続いた「雲か、化学か」の論争

WISE 0855 は望遠鏡にとって1つの点でしかありません。分かるのは、その光を波長ごとに分けたスペクトルの形だけです。そこに水の雲があると、深くて暖かい層からの光が遮られ、スペクトルの一部が暗くなります。問題は、同じ形を別の仕組みでも作れることでした。大気の深いところでは一酸化炭素や二酸化炭素、ホスフィン(リン化水素)が多く、上昇気流がこれらを上層まで持ち上げると、本来なら上層に少ないはずの分子がスペクトルに現れます。「非平衡化学」と呼ばれる現象で、雲がなくても似た形になります。

これまでの観測は、明るさを何色かで測る測光か、波長の分解能が低い分光が中心で、雲と化学のどちらにも「だいたい合う」けれど「完全には合わない」状態が続いていました。2016年にスピッツァー宇宙望遠鏡で明るさの時間変化が測られたときも、雲の面積が数%変わるだけで説明がつくとされつつ、物理を確かめるにはもっと良い模型が要る、と結論は保留でした。

15分おきに44回、JWST で撮り続けた

Miles らは JWST の近赤外線分光器 NIRSpec を、明るい天体を時系列で追う BOTS モードで使いました。2023年12月2日、2.87〜5.27μm の波長を分解能およそ1,000で、15分ごとに44回、11時間にわたって記録しています。スペクトル1本あたりの信号対雑音比は80〜100です。WISE 0855 が自転して表面の模様が視野を出入りすれば、スペクトルのどの部分がどれだけ変わるかが波長ごとに分かる。雲が変わるのか、分子の量が変わるのか、温度が変わるのかを、ここで初めて切り分けられる観測でした。

最も冷たい褐色矮星の「水の雲か、化学か」は、両方だった。JWST が11時間見続けた WISE 0855 の、まだらな雲と深部の一酸化炭素

いちばん動いたのは一酸化炭素で、水はほとんど動かなかった

11時間のあいだに、スペクトルは1〜10%の幅で変わりました。いちばん大きく上下したのは4.5〜4.8μm、一酸化炭素が光を吸収する帯で、最大で10%の振れ幅があります。二酸化炭素の帯(4.25μm 付近)も同じ型で動き、ホスフィンの帯も一酸化炭素と連動して動いています。いっぽう、メタン、アンモニア、そして水蒸気の吸収帯は、全体の明るさの変化より小さな動きしか見せませんでした。

著者らは主成分分析で、この変化を「型」に分けています。変化の60.5%は、スペクトル全体の形を保ったまま明るさが上下する型で、見かけの温度か雲の量が全体として変わる動きに相当します。次の4.7%は、一酸化炭素とホスフィンの帯だけが強く動く型でした。2つの型は時間変化の形も違い、別々の表面の特徴から来ていると著者らは読んでいます。残りの約35%は2つの型では説明できず、観測の雑音と、もっと複雑な振る舞いの両方が混ざっています。

答えは「両方」。ただし高さが違う

ここで論争に答えが出ます。大気模型 PICASO と coolTLUSTY の2系統で平均スペクトルを合わせると、どちらの系統でも、水の雲を入れた模型のほうが雲なしの模型より常によく合いました。最もよく合ったのは、雲と非平衡化学の両方を入れた coolTLUSTY の模型で、有効温度250K のものです。つまり雲は要る。

ところが、時間変化のほうは雲だけでは説明できませんでした。全体の明るさの上下は、見かけの温度が0.6〜1.3K ほど動き、雲の厚さが最大で半分ほどに薄くなったり戻ったりする、という変化で再現できます。しかし一酸化炭素とホスフィンの帯の大きな動きは、雲の厚さや温度を動かしても出てきません。これらの分子の量そのものが、もっと深い、対流が分子の量を決めている層で変わっている必要がありました。

著者らの描く WISE 0855 の姿はこうです。上層には水氷だけでできた雲が、厚いところと薄いところのまだらに広がっている。雲の薄い場所からは、一酸化炭素とホスフィンの多い深い層が顔を出す。そして雲の変化と分子の変化は、それぞれ別の高さで起きている。雲か化学かの二択ではなく、両方が別の層で同時に働いていた、という答えです。coolTLUSTY の模型は、水蒸気の帯がほとんど動かない点までよく再現し、雲の高さは PICASO の仮定より低い(圧力の高い)ところにあると示しました。

自転の速さは、まだ分からない

11時間の明るさの変化からは、5.4〜5.6時間の周期に信号が出ています。ただし観測時間の半分ほどの周期なので、それより長い周期も否定できません。2015年にスピッツァーで2回測られた記録と合わせても、3回の観測で一貫した周期は見つかっておらず、著者らは20時間を超える観測が要ると書いています。JWST の観測時間の取り合いを考えると、簡単な要求ではありません。

向きについては手がかりがあります。一酸化炭素の帯がこれだけ大きく動くのは、極を正面から見ているときには起きにくく、横向きに近い向きで、赤道から中緯度のジェット気流に乗った模様が回ってくるときに起きやすい。著者らは WISE 0855 を横向きに近い天体と推定しています。縞模様のある冷たい世界に、水氷の雲が浮かび、その切れ目から深い層が見える。木星をもっと冷やしたような天体が、7.2光年先にあることになります。

冷たい褐色矮星の大気は、模型のほうがまだ追いついていない分野です。近傍の褐色矮星37個を並べて、どの大気模型も合わなかったというSPHEREx の研究も、同じ問題を別の角度から示していました。今回の論文は査読前の版で、The Astronomical Journal に受理されています。結論の細部は掲載版で変わる可能性があります。

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