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火星には、かつて川や湖があったとされています。30億年以上前の火星は分厚い二酸化炭素の大気に包まれ、その温室効果で地表に液体の水が流れていた、というのが今の標準的な見方です。ところが現在の火星の大気はとても薄く、地表に水はほとんど存在できません。あれだけあったはずの二酸化炭素はどこへ行ったのか。この問いは、火星の研究では昔からの宿題のひとつです。
行き先の候補としてまず考えられるのが、岩の中です。二酸化炭素を含んだ水が岩と反応すると、炭酸塩(たんさんえん)という鉱物ができます。地球でいえば石灰岩の仲間で、大気の炭素を固体として閉じ込める役目を果たします。火星でも同じことが起きていたなら、地表には炭酸塩がたっぷり残っているはずでした。
実際には、周回機や探査車が見つけた炭酸塩の量は、古代火星の気候モデルが予測する量を大きく下回っています。JAXA宇宙科学研究所と東京大学、東京科学大学 地球生命研究所(ELSI)のチームが、この「足りない炭酸塩」の行方を地球化学シミュレーションで追いかけた結果が、Journal of Geophysical Research: Planets に掲載されました。東京大学の博士課程に在籍するChang-Chin Wangさんが筆頭で、JAXA・東京大学の臼井寛裕教授、ELSIとSETI研究所を兼ねるMohit Melwani Daswani准教授が加わっています。
火星の炭酸塩にある二つの顔
火星で見つかっている炭酸塩には、はっきり二つの系統があります。カルシウムと鉄に富むものと、マグネシウムに富むものです。同じ「炭酸塩」でも、中に入っている金属が違うわけです。
この違いをどう説明するかで、これまでの研究はやや苦しんでいました。火星でいちばんありふれた岩は苦鉄質岩(くてつしつがん)と呼ばれる、鉄とマグネシウムを多く含む黒っぽい火山岩です。水と岩の反応を計算する研究の多くは、水がこの苦鉄質岩と反応したという前提で組まれてきました。ところが苦鉄質岩には、カンラン石というマグネシウムに富む鉱物が含まれています。この岩が水と反応してカルシウム・鉄に富む炭酸塩ができたのなら、そばにはまだカンラン石が残っているはずです。しかし火星には、カルシウム・鉄に富む炭酸塩はあるのにカンラン石が見当たらない場所がありました。従来の前提では、ここがうまく説明できていなかったのです。
研究チームが目をつけたのは、出発点になる岩の種類でした。近年、周回機や探査車の観測で、長石(ちょうせき)に富む岩が火星のあちこちで見つかるようになっています。長石は地球の地殻の6割ほどを占める、白っぽい鉱物のグループです。カルシウム・ナトリウム・アルミニウムが多く、鉄やマグネシウムは少ないという、苦鉄質岩とは逆の性格を持っています。古代火星ではこの長石に富む岩がかなり広く分布していた可能性も指摘されていて、それなら水は苦鉄質岩だけでなく長石に富む岩とも反応していたはずです。
二種類の岩と二種類の水で回した計算
チームは、水が岩の柱にしみ込んでいくときの化学反応を追う一次元の熱化学モデルを組みました。土台にしたのはアメリカ地質調査所が公開している地球化学計算コード PHREEQC で、水に溶けている成分と鉱物のあいだで何が溶けて何が沈殿するかを、段階を追って計算できるものです。環境は古代火星を想定した、低温で二酸化炭素に富む条件に設定しています。
比べたのは二つの軸です。ひとつは岩の種類で、苦鉄質岩と長石に富む岩。もうひとつは水の動き方で、水がほとんど動かず成分だけが広がっていく「溜まった水」の場合と、地下水の流れをまねて水そのものが下向きにしみ通っていく場合です。反応が続く時間は、数年で終わる短いものから10万年に及ぶ長いものまで幅を持たせました。
結果はわりあい素直に出ました。長石に富む岩では、ほとんどの条件でカルシウム・鉄に富む炭酸塩ができます。苦鉄質岩でも反応の初期には同じ炭酸塩ができるのですが、時間がたつとカンラン石などからマグネシウムが溶け出して水中のマグネシウム濃度が上がり、できる炭酸塩がマグネシウムに富むものへ切り替わっていきます。つまり、火星で見つかる二系統の炭酸塩は、水の性質の違いというより、水が通った岩の違いを映している可能性があるということです。カルシウム・鉄に富む炭酸塩があるのにカンラン石がない場所も、その炭酸塩が長石に富む岩からできたと考えれば自然につながります。
炭酸塩を作った地下水が、その炭酸塩を地下へ運んでいた
ここまでなら「炭酸塩の種類を岩の種類で説明できた」という話なのですが、水の動きの比較から、もうひとつ別の結果が出ています。
まず、水が流れながら岩にしみ込んでいく地下水型のほうが、溜まった水よりも炭酸塩をはるかに効率よく作ります。新しい水が次々に岩へ供給されるので、反応が止まりにくいためです。ここまでは予想の範囲でしょう。
意外なのはその先です。地下水が岩の柱を下っていくとき、いったん地表近くにできた炭酸塩が、あとから来た水に溶かされ、より深いところで再び沈殿していました。炭酸塩を作った水そのものが、その炭酸塩を地表からさらって地下へ持っていく。作る役と、片付ける役を同じ水がやっていたわけです。

上の図のように、地表に近い層では炭酸塩ができては溶けを繰り返し、溶けた分は下へ運ばれて深部に溜まっていきます。このモデルが正しければ、火星の地表に炭酸塩が少ないのは、炭酸塩ができなかったからではなく、できたものが地下へ移されてしまったからだ、ということになります。周回機や探査車が地表をいくら調べても予測量に届かなかった理由に、ひとつの答えが返ってきた形です。
これは、火星の水についての別の議論とも重なります。臼井さんは以前から、火星の水は全部が宇宙に逃げたのではなく、かなりの量が氷などとして今も地下に残っている、という研究を続けてきました。今回の炭酸塩の話は、その「消えた水」の議論と同じ向きを指しています。水も、水が固定した炭素も、地表から見えなくなっただけで火星の中にある、という見立てです。
掘るなら長石の地面
研究チームは、火星の炭酸塩の組成が気候や水の流れの記録であるだけでなく、その水がかつて通った地殻の性質を示す指紋にもなる、とまとめています。そして今後の探査では、長石に富む地域と、その地下を掘って調べることが有望だとしています。地表に露出している炭酸塩だけを探していたのでは、古代火星の炭素の大部分を見逃すかもしれないからです。
いくつか断っておきたい点があります。これはあくまで計算モデルの結果で、火星の地下深くに炭酸塩が実際に埋まっていることを直接見つけたわけではありません。モデルは一次元、つまり岩の柱を上から下へ水が通る単純な設定で、実際の火星の地下のように横方向の流れや地形の複雑さは入っていません。深部に再沈殿した炭酸塩がどれだけの量になるのか、それが消えた二酸化炭素の全部を説明できるのかも、この研究だけでは決まりません。仮説の筋道を示した段階、と受け取っておくのがよさそうです。
それでも、「なぜ地表に炭酸塩が足りないのか」に対して「掘れば出るかもしれない」という具体的な答え方を用意したのは大きいと思います。日本は10月に火星衛星探査計画MMXの打ち上げを控えていて、火星圏への関心が高まる時期です。地表の下に眠っているものを直接確かめる探査は、まだこれからの話になりますが、その候補地を「長石に富む地面」と絞り込めたことは、次の一手を考える上での足がかりになるはずです。
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出典
東京科学大学 地球生命研究所(ELSI)研究ハイライト「古代火星の岩石が明かす、地下に眠る炭酸塩の手がかり」(2026年7月7日)
https://www.elsi.jp/news_events/highlights/2026/ancient_marss_rocks_carbonate_stores/
C. Wang, T. Usui, M. Melwani Daswani, “Alteration of Feldspar-Rich Rocks on Ancient Mars and Its Possible Link to Ca/Fe-Rich Carbonates”, Journal of Geophysical Research: Planets(2026年6月16日公開)
https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/2025JE009358
Universe Today, “Carbon Rocks Deep Underground Could Hold the Evidence of Mars’ Watery Past”(2026年9月26日)
https://www.universetoday.com/articles/carbon-rocks-deep-underground-could-hold-the-evidence-of-mars-watery-past


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