印刷して作り、26ナノ秒で切り替わり、6分で溶けて消える人工シナプス。金属を使わない有機分子の「骨組み」でできた脳型素子

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人の脳は、数百兆ともいわれるシナプス(神経細胞どうしのつなぎ目)で計算と記憶を同じ場所でこなし、使う電力は電球1個ぶんの20ワットほどです。この働きを電子部品で真似た「人工シナプス」は、脳型コンピューターの基本部品として研究されていますが、多くは硬いシリコンや重金属でできていて、作るにはクリーンルームが要り、使い終われば電子ごみになります。中国の蘇州科技大学の Yang Li さんたちは、有機分子だけでできた人工シナプスを室温の液体インクで印刷して作り、26ナノ秒で切り替わり、使い終えたら温めた薬液で約6分で溶けてなくなることを示しました。論文は2026年8月10日に International Journal of Extreme Manufacturing に掲載され、9月14日に EurekAlert で発表されました。筆頭著者は Jie Tang さんと Yanqiu Sun さんの2人です。

水素結合だけで積み上がった「骨組み」

材料の中心は、ポルフィリンという平たい有機分子です。葉緑素や血液のヘモグロビンの中にも入っている、環状の分子です。チームはこの分子に4つのカルボキシ基を付けたもの(TCPP)を使い、分子どうしを水素結合だけでつなげて、規則正しく積み重なった結晶のような構造を作りました。水素結合有機骨格(HOF)と呼ばれる種類の材料で、金属を使わず、共有結合のような強い結合にも頼りません。平らな分子のシートが0.35ナノメートルの間隔で積み重なっていて、この層の間を電荷が行き来します。

電圧のパルスを加えると、この材料の電気の通りやすさが段階的に変わり、しかもその状態が保たれます。パルスを重ねれば通りやすくなり、逆向きのパルスで戻る。神経細胞のつなぎ目が、使われるほど強まり、使われなければ弱まる性質に対応する振る舞いです。計算と記憶を1つの素子で兼ねられるので、処理装置と記憶装置の間でデータを往復させる電力がいりません。

26ナノ秒、10段階、10×10

性能の数字を並べます。状態の切り替えにかかる時間は26ナノ秒で、記憶の段階は10段階を安定して区別できました。切り替えが速いことと、段階が多いことは、脳型の計算で重みを細かく持たせるために両方必要な性質です。

チームはこの素子を、曲がるポリイミンという高分子のフィルムの上に10×10の格子に並べて、手書きの数字を見分ける課題を解かせました。正答率は97.23%で、同じ課題を通常のソフトウェアで解いたときの理論上の上限99.24%に近い値です。フィルムは曲率半径5ミリメートルで200回曲げても動き続けました。製造は、真空装置を使わず、スプレー塗布やインクジェット印刷といった普通の方法で、室温の液体インクから作れます。

6分で消える

この研究の読みどころは、性能そのものより、使い終わったあとにあります。温めた薬液で洗うと、素子は約6分で分解して、わずかな不活性な残りかすしか残りません。水素結合だけでつながった骨組みは、条件を整えれば簡単にほどける。硬くて壊れにくいシリコンのチップとは、ここが正反対です。

チームが想定している使い先は、曲がる医療用のパッチや、短い期間だけ体に貼って健康状態を測り、その場で処理する装着型のモニターです。数日使って役目を終えたら、回収して分別する手間をかけずに、洗って消す。毎年何百万トンも出る電子ごみの中に、こうした使い捨ての電子部品が積み上がらないようにする、という考え方です。

残っている課題

10×10 の格子は、実用の脳型チップに比べればとても小さく、チームも次の目標として、もっと大きなクロスバー配列に拡大することを挙げています。もう一つは湿気です。水素結合で組まれた材料は水に弱く、屋外の湿った空気の中で使うには、ごく薄い防湿の膜が要ります。溶けやすさと耐久性は裏表の関係で、どこで折り合いをつけるかがこの材料の勝負どころになりそうです。

溶ける電子部品の研究は、以前からシルクや金属酸化物を使ったものがありました。今回のものは、金属を使わない有機の骨組みを、印刷だけで作って、性能の数字を一通りそろえたところに特徴があります。計算する部品が、役目を終えたら水に流せる。そういう電子機器の作り方が、少しずつ形になってきています。

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