全長6メートルの「幽霊クラゲ」に、稚魚の群れが乗っていた。50年前の推測に、アルゼンチン沖の深海で初めて映像がついた

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深海には、傘の直径が1メートルを超え、4本の口腕(こうわん)が10メートル以上も伸びる巨大なクラゲがいます。学名を Stygiomedusa gigantea といい、英語では「巨大な幽霊クラゲ」と呼ばれます。刺す触手を持たず、幕のような口腕でプランクトンや小さな魚を包み込んで食べる種で、1899年に最初の標本が採られてから、世界じゅうで目撃された回数は120回に届きません。ブエノスアイレス大学の M. Emilia Bravo さんたちは、アルゼンチン沖の深海でこのクラゲに出会い、そのスカートのような口腕の間を、小さな魚の群れが泳ぎ回っているところを記録しました。論文は2026年10月14日に学術誌 Ecology に出ています。

アルゼンチン沖、水深250メートルの出会い

記録は、2025年12月から2026年1月にかけての調査航海で取られました。米国のシュミット海洋研究所の調査船「ファルコー(too)」がブエノスアイレスを出てティエラ・デル・フエゴへ向かい、アルゼンチンの大陸縁辺に沿った海底谷やサンゴの礁に、遠隔操作の無人潜水機(ROV)「サバスチャン」を繰り返し降ろしました。航海では新種の候補が28種見つかり、国内の海では初めてとなるクジラの死骸に集まる生物の群れも、水深3,890メートルで記録されています。

幽霊クラゲが現れたのは、水深250メートルほどの、太陽の光がかすかに届く薄明かりの層でした。全長およそ6メートルの体が、長い口腕を流れに預けて静かに漂っていました。その周りを、青灰色の小さな魚が19匹ほど、付き従うように泳いでいました。傘の下に入っては出て、口腕の間をすり抜ける魚たちは、イボダイ科の魚 Centrolophus niger(英語では rudderfish)の幼魚でした。

50年前の「推測」に、初めて映像がついた

この組み合わせは、実は半世紀前から疑われていました。1973年、北大西洋でのトロール漁の網に、幽霊クラゲと Centrolophus niger が一緒に入ってくることから、両者が付き合っているのではないかと指摘した研究者がいたのです。ただ、網に入った標本を見ただけでは、海の中で本当に一緒にいたのか、たまたま同じ場所で捕まっただけなのかは分かりません。生きたまま、自然の中で観察する手段がなかったからです。

その後、断片的な観察は積み重なっていました。北半球では、別の種の成魚が幽霊クラゲのそばに身を寄せ、クラゲに付いた寄生虫を食べている様子が記録されています。一方、Centrolophus niger の幼魚のほうは、アドリア海の浅い海で、タル型の別のクラゲ(Rhizostoma pulmo)に付き従うことが知られていました。幽霊クラゲと、この魚の幼魚の群れ。その2つが深海で一緒にいる映像は、今回が初めてです。

著者たちは論文で、どちらも世界じゅうに分布していながら、ほとんど観察されない中深層の種であり、深海でこの関係が記録されたのは今回が最初だと書いています。北大西洋の網の中で始まった推測に、パタゴニア沖の映像が50年越しの答えを出した形です。

隠れ家か、食堂か

幼魚にとって、深海の水中は危ない場所です。暗闇のどこからでも捕食者が飛び出してきます。研究チームは、幼魚たちがこの巨大なクラゲを、持ち運べる隠れ家のように使っているとみています。幽霊クラゲは強い毒針を持ちませんが、巨大な体と長く垂れた口腕は、小魚を狙う捕食者にとって十分に邪魔な障害物になるはずです。

映像には、もう一つ気になる場面がありました。幼魚の1匹が、クラゲの口腕の表面で何かをついばんでいたのです。クラゲが捕らえた餌を横取りしていたのか、口腕に付いた寄生虫や小さな生き物を食べていたのか、あるいはクラゲの体そのものをかじっていたのか、映像からは判別できませんでした。浅い海のクラゲと魚の関係には、魚が寄生虫を取ってやり、代わりに餌と隠れ家をもらう「お互いさま」の例があります。今回のクラゲが魚から何かを得ていたのかどうかは、分かっていません。

著者たちはこの点を、はっきり「未解決」としています。この関係が魚に隠れ場所を与えるだけなのか、食べ物のやりとりや互いの利益まで含むのかは決められないが、こうした観察が深海の生き物の知られざる暮らしについて新しい仮説を生む、というのが論文の結びです。

深海の「付き合い」は、相手しだいで変わる

今回の観察が示すのは、海の生き物どうしの関係が、思われているより柔軟だということでもあります。同じ魚の幼魚が、アドリア海ではタル型のクラゲに、大西洋では幽霊クラゲに付き従う。そこにいる相手に合わせて、組む相手を変えているように見えます。

そして、こうした関係が見えてきたのは、ROV が深海の生き物を「捕る」のではなく「見る」道具になったからです。網で引き上げた標本では、誰が誰と一緒にいたかは残りません。カメラを積んだ潜水機が水深数百メートルの暗闇を静かに進むようになって、深海の生き物が互いにどう関わって生きているかが、ようやく少しずつ記録され始めています。幽霊クラゲのスカートに隠れる小魚の群れは、その一例です。

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