1929年にロサンゼルスのラ・ブレア・タールピットから掘り出された小さな骨のかけらが、97年たって新種として記載されました。氷期のスキアシガエル、Spea labreae(スペア・ラブレアエ)。種小名はラ・ブレアにちなんでいます。論文は2026年8月4日付で Journal of Vertebrate Paleontology に掲載されました。
書いたのは、ラ・ブレア・タールピットの研究員で、メキシコの国立人類学歴史学研究所(INAH)とパレオントロジー研究センター(CIPAQ)に所属する J・アルベルト・クルス氏と、同じくラ・ブレアの学芸員でエミリー・リンジー氏の2人。骨そのものは博物館の収蔵庫に眠ったままで、クルス氏が中身を見直しはじめたのは2023年のことでした。

見過ごされてきた小型動物の化石
ラ・ブレア・タールピットは、ロサンゼルスの市街地にある天然アスファルトの湧き出し地です。地面から染み出した黒くねばついた液体に動物がはまり込み、そのまま保存される。100年以上にわたる発掘で、マンモス、オオナマケモノ、ダイアウルフ、サーベルタイガーといった大型動物の骨が大量に掘り出されてきました。
その一方で、カエルやトカゲのような小さい動物は、ずっと後回しになっていました。理由のひとつは骨の性質です。カエルの骨格はきわめて薄く壊れやすく、ふつうの地層ではまず化石として残りません。アスファルトのように急に密封される環境でしか、かたちを保ったまま残らないのです。もうひとつは、単純に注目されにくいこと。数センチの骨のかけらは、全長数メートルの動物の骨と同じ引き出しに入っていても、順番が回ってきません。ラ・ブレアの両生類・爬虫類コレクションは、30年近く本格的な見直しを受けていませんでした。
クルス氏はもともと分類学者ではなく、古生態学——過去の生き物と環境の関係を調べる分野——を専門にしています。新種を探していたわけではなく、手つかずの棚を順に確認していただけでした。そこで、かたちの合わない骨に行き当たります。骨盤とつながる背骨の末端部分(仙椎から尾杆骨にかけての部位)が、知られているどのスキアシガエルとも違っていた。
最初に疑ったのは、新種ではなく病気やケガでした。生きているあいだに骨が変形した個体なら、見慣れないかたちになるのは当然です。そこでクルス氏は、ロサンゼルス郡自然史博物館とカリフォルニア大学バークレー校の脊椎動物学博物館が持つ現生スキアシガエル80点と、かたちや大きさを一つずつ照らし合わせました。結果、変形では説明がつかない特徴が残った。ホロタイプ(新種を定義する基準となる標本)に指定されたのは、この不完全な骨1点です。
気候の証人としてのカエル
ここで、この小さな骨がなぜ重要なのかという話になります。答えは、体の大きさとはほとんど逆の方向にあります。
マンモスやサーベルタイガーは、気候が変われば移動できます。寒くなれば南へ、乾けば水のある方へ。だから彼らの骨が出たからといって、その土地がどんな気候だったかを細かく言い当てるのは難しい。たまたま通りかかっただけかもしれないからです。
カエルはそうはいきません。生涯のうちに移動する距離が短く、繁殖のためには水辺から離れられない。しかも変温動物で、体温を周囲の環境に頼っています。気温や湿り気が変われば、その影響をまともに受ける。クルス氏は、環境が変われば植生が変わり、気温が上がったり下がったりすれば、こうした動物には直接効いてくる、と説明しています。
つまり、そこにカエルがいたという事実そのものが、当時その場所に水があり、いまとは違う気候だったことの証拠になります。ラ・ブレアの一帯は現在、乾いた地中海性気候の土地です。そこに氷期のスキアシガエルが暮らしていたということは、当時のロサンゼルスがいまよりも冷たく、湿っていたことを示している——リンジー氏は、氷期のロサンゼルスがどんな場所だったかを知ろうとするなら、こうした小さな化石がもっとも有力な手がかりになる、と述べています。何トンもある動物ではなく、数センチのカエルのほうが、気候についてはよほど多くを語るわけです。
ちなみに S. labreae は、現在のロサンゼルス周辺にいるスキアシガエル(Spea hammondii)より、7%ほど大きかったと見積もられています。近い姿かたちで、少しだけ大きい別種。それが氷期のこの土地にいて、いまはいません。
2,400キロ南へ移った分布
同じ調査から、もう1つの記録が出ています。メキシコジムグリガエル(Rhinophrynus dorsalis)の骨です。こちらは新種ではなく、いまも生きている種ですが、アメリカ南西部から見つかったのはこれが初めてでした。
現在、この種にいちばん近い生息地はメキシコ南部。ロサンゼルスからおよそ2,400キロ(1,500マイル)離れています。東京から台北まででおよそ2,100キロなので、それよりさらに遠い。氷期にはそれがロサンゼルスにいた。分布がそれだけ動いた、ということになります。
リンジー氏は、この移動の背景として、氷期の終わりごろの気候変化や、人類の到達といった要因があったのではないかと述べています。ただし、どれがどの程度効いたのかは、この研究から決められるものではありません。
年代と解釈の留意点
いくつか、押さえておいたほうがいい制約があります。
まず年代です。この骨そのものは、直接年代を測っていません。放射性炭素年代測定は標本の一部を壊す必要があり、たった数点しかない骨には使えないためです。年代は、同じアスファルト堆積から出た他の化石をもとに、少なくとも4万5,000年前ごろと見積もられています。報道によっては別の数字も出ていますが、根拠が示されているのはこの共伴標本からの推定です。
次に、標本の少なさ。今回の記載に使われたのは、同じ部位の骨のかけら2点です。カエルの骨格の一部だけで、頭骨も四肢も手元にありません。姿の復元は、近縁の現生種から補ったものになります。
「当時は冷たく湿っていた」という結論も、骨から直接読み取ったものではなく、この仲間の生態から導いた推定です。カエルが気候の指標として使いやすいのは確かですが、そこから復元できるのは大まかな傾向であって、気温が何度だったといった精度の話ではありません。
研究に加わっていないフロリダ自然史博物館の両生類・爬虫類学芸員デイヴィッド・ブラックバーン氏は、ラ・ブレアからこれまで回収されたカエルの化石が少ないことのほうがむしろ意外で、今後さらに見つかるはずだとコメントしています。クルス氏自身も、壊れやすさゆえに記録に残らなかった両生類・爬虫類がまだ相当いるはずだと考えています。

この新種は、新しく掘り出されたものではありません。1929年に土から出て、そのあと97年ぶんの時間を博物館の引き出しで過ごし、誰かが手に取るのを待っていた骨です。発掘現場ではなく収蔵庫が発見の場になる——博物館という場所が持っているのは、標本そのものだけでなく、まだ読まれていない情報でもある、ということになります。
出典
J. Alberto Cruz, Emily L. Lindsey, “A new extinct Pleistocene species of spadefoot toad and comments on the paleoecology and paleobiogeography of anurans from Rancho La Brea, California,” Journal of Vertebrate Paleontology, 2026年8月4日オンライン公開。DOI: 10.1080/02724634.2026.2689465
研究の概要は ラ・ブレア・タールピットのプレスリリース(2026年8月5日)、EurekAlert!、Smithsonian Magazine の記事 でも紹介されています。


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