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オニボウズギスという深海魚がいます。英語では「黒い丸のみ屋」(black swallower)。体長はふつう15〜20センチほど、大きくても25センチの小さな魚ですが、自分より長い獲物を丸ごとのみ込みます。ただし、この魚の「食事中」の姿を見た人はほとんどいません。知られている標本の大半は、のみ込んだ獲物を消化しきれず、海面に浮いて死んでいたものだからです。シュミット海洋研究所の調査船が2026年7月にカリブ海のトリニダード・トバゴ沖で行った深海調査で、遠隔操作探査機が水深1,259メートルを泳ぐオニボウズギスを撮影しました。腹には、半透明に伸びきった胃袋が、サイドカーのようにぶら下がっていました。
自分の4.5倍の長さの魚をのむ
オニボウズギス(学名 Chiasmodon niger)は、熱帯から亜熱帯の海の水深700〜2,700メートルあたりに世界中に分布しています。深海魚としてはむしろありふれた種ですが、暗く広い深海で小さな魚に出会うこと自体がまれで、生きた姿の記録はごくわずかです。
この魚の体は、まれにしか巡ってこない食事の機会を逃さないようにできています。下あごは上あごより前に突き出し、上あごは頭の骨から離れて下に大きく開くので、自分の頭より幅のある獲物をくわえられます。歯は内側に倒れる鋭い牙で、口を閉じるとかみ合い、のみ込んだ獲物を逃がしません。そして胃は風船のように伸びて、自分の長さの2倍以上、重さにして10倍ほどの獲物を収めます。よく引かれる記録は2007年、ケイマン諸島のグランドケイマン沖で死んで見つかった個体です。体長19センチのオニボウズギスの胃に、86センチのクロタチカマスが入っていました。自分の4.5倍の長さの魚を、丸ごとのみ込んでいたことになります。
のみ込みすぎには代償があります。獲物が大きすぎると、消化が終わる前に胃の中で腐り始め、発生したガスで魚は風船のように浮き上がります。知られている標本の多くが海面で死んだ状態で採集されているのはそのためです。ウッズホール海洋研究所は、この膨らんだ胃を「腹からぶら下がった半透明のスペアタイヤ」と表現しています。

カリブ海で初めての、地元主導の深海調査
撮影したのは、シュミット海洋研究所の調査船ファルコー(too)に載った遠隔操作探査機スバスチャンです。この航海は、トリニダード・トバゴの海域を地元の科学者が主導して調べる初めての深海調査で、首席研究者はトリニダード・トバゴ出身の海洋生物学者、Diva Amonさんが務めました。約1か月の航海で、海底1万1,335平方キロメートル(同国の海洋領域の約13%)の地図を作り、メタンなどが湧き出す冷水湧出帯を25か所確認し、新種とみられる生物を20種以上、同国の海で初めて記録される種を54種以上見つけています。700点を超える標本は西インド諸島大学の動物学博物館に収められ、同館の深海の収蔵品は一度に12倍になりました。
その航海の映像のひとつが、水深1,259メートルで泳ぐオニボウズギスでした。腹の皮は透けるほど伸び、内臓や腸が外から見えます。しかも生きて、自然の棲みかで泳いでいます。これまでの生きた映像に比べても、胃の膨らみ方はかなり大きいものです。Amonさんは、最初にオニボウズギスを見たのは10年近く前のメキシコ湾で、二度目の機会があるとは思っていなかった、と話しています。
何を食べたかは、分からないまま
海の底で撮っただけなので、胃の中身は分かりません。Amonさんは「船にCTスキャナーがあればよかった。この子が昼に何を食べたのかは、永遠の謎かもしれない」と話しています。どうやって獲物をのみ込むのかも、実は見た人がいません。内側に倒れる牙で獲物を尻尾から少しずつ胃へ送り込むのではないか、という説がありますが、口の構造から推測しているだけで、捕食の瞬間の記録はまだありません。
今回の映像は、深海でこの魚が「のみ込みすぎ」をどう抱えて泳いでいるかを示す数少ない記録です。論文になった発見ではなく、研究所の発表と映像が一次情報ですが、海面に浮いた死骸からしか知られてこなかった魚の生きた姿として、専門家の目を集めています。

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出典
- Schmidt Ocean Institute “First Caribbean-led expedition to explore Trinidad and Tobago’s deep sea unveils rich ecosystems”(2026年8月25日)https://schmidtocean.org/first-caribbean-led-expedition-to-explore-trinidad-and-tobagos-deep-sea-unveils-rich-ecosystems/
- Woods Hole Oceanographic Institution, Ocean Twilight Zone “Black swallower” https://twilightzone.whoi.edu/explore-the-otz/creature-features/black-swallower/
- ScienceAlert “A Little Fish in The Deep Sea Swallowed a Meal Way Bigger Than Itself. Scientists Caught It on Camera.”(2026年10月11日)https://www.sciencealert.com/a-little-fish-in-the-deep-sea-swallowed-a-meal-way-bigger-than-itself-scientists-caught-it-on-camera


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