腸の中にすむ細菌を、健康な人のものと入れ替える。たったそれだけの治療で、自閉スペクトラム症(自閉症)の症状が和らぎ、しかも2年後にはさらに改善していた——そんな研究結果が、いま改めて注目を集めている。手がけているのはアリゾナ州立大学(ASU)のチームで、最終段階にあたる第3相試験への移行を目指している。
ただ、先に大事なことを書いておきたい。これは「自閉症が治る治療」ではないし、まだ承認もされていない。有望な手がかりがある、という段階の話だ。
腸と脳をつなぐ「腸脳相関」
ここ数年、腸内にすむ細菌(腸内細菌)の状態が、心や脳のはたらきと深く関わっているらしい、という研究が次々に出ている。うつやPTSD、自己免疫疾患との関連が指摘され、その一つとして自閉症との結びつきにも目が向けられてきた。腸と脳が互いに信号をやり取りしているという考え方は「腸脳相関」と呼ばれる。
きっかけは、自閉症の人に胃腸の不調が多いという観察だった。ASUによれば、自閉症の人のおよそ30〜50%が、便秘や下痢、腹痛といった慢性的なお腹のトラブルを抱えている。研究チームのロサ・クライマルニク=ブラウン氏は、こうした胃腸の問題を治療すると行動面も良くなる例が少なくない、と早くから述べていた。
自閉症の人に見られる腸内細菌の偏り
自閉症の子どもの腸内細菌を調べると、定型発達の子どもに比べて細菌の種類(多様性)が乏しく、体に良いはたらきをする菌が少ない傾向があった。腸内細菌は消化を助けるだけでなく、さまざまな物質を作って全身に影響を与えている。その“顔ぶれ”が偏っていることが、お腹の不調や、ひいては行動面とも関係しているのではないか——そこから、菌そのものを入れ替えてみる、という発想が生まれた。

2年後も続いた症状の変化
2017年、研究チームは18人の自閉症の子どもに腸内細菌の移植を行い、社会性や多動、コミュニケーションなどを評価する質問票で明らかな改善が見られたと報告した。効果は少なくとも8週間続いた。
注目されたのは、その後の追跡だ。2019年に学術誌『Scientific Reports』で発表された2年後の評価では、効果が消えるどころか、むしろ伸びていた。治療から8週間の時点で専門家の評価では自閉症の症状が24%下がっていたが、2年後にはおよそ45%の低下になっていた(いずれも治療前との比較)。治療前は参加者の83%が「重度」と判定されていたのに対し、2年後に重度は17%まで減り、39%が軽〜中等度、残る44%は軽度の基準すら下回ったという。
つまり、一度きりの集中的な治療のあと、時間をかけて少しずつ良くなっていったように見えた——これがこの研究のいちばんのインパクトだ。ただし、この数字の読み方には大きな但し書きが付く(後で詳しく触れる)。
治療の中身(MTT)
この治療は「腸内細菌移植療法(MTT=Microbiota Transplant Therapy)」と呼ばれる。流れはおおまかに、まず約2週間の抗生物質(バンコマイシン)でいまの腸内細菌をいったん大きく減らし、腸を洗浄したうえで、健康な提供者の腸内細菌を高用量で1〜2日かけて入れ、その後7〜8週間にわたって少量を毎日とり続ける(胃酸を抑える薬も併用する)、というもの。家庭で気軽に試せるものではなく、医療機関で行う本格的な手順だ。
第2相から第3相へ
2022年、研究チームは特定の細菌の配合を特許化し、「Gut-Brain-Axis Therapeutics」という会社を立ち上げた。代表のジェームズ・アダムス氏には自閉症の娘がおり、それが25年来この研究に取り組む動機になっているという。
その後、大人の自閉症の人を対象にしたプラセボ対照の第2相試験では、治療群がプラセボ群より、主要評価項目である自閉症の症状でも、副次評価項目である毎日の排便記録でも改善が大きかったと報告されている。胃腸症状や受容言語(言葉の理解)、全症状の平均では、統計的に意味のある差が出たとされる。
会社は現在、最終段階である第3相試験に進むための資金を募っている段階にある。第3相は2026年中の開始を目標に掲げ、その先にFDA(米食品医薬品局)への承認申請を見据えている。承認されれば誰でも受けられるようになり、保険の対象になる可能性もある、というのが彼らの描く道筋だ。ただし、これはあくまで「目標」であって、第3相が始まることや承認が下りることが決まったわけではない。
解釈上の留意点
話題性のある研究だけに、ここは冷静に見ておきたい。
まず、印象的な「2年後に45%低下」という数字は、プラセボを置かない非盲検(オープンラベル)の試験から出たものだ。参加者も評価する側も「治療を受けている」と分かっているため、期待による効果(プラセボ)や、子ども自身の自然な発達による変化が混じり込む余地が大きい。だから、この45%をそのまま治療の実力と読むのは早い。
実際、より厳密な比較を行った最近の研究では、保護者が答える尺度や胃腸症状は改善した一方で、臨床家が直接観察して採点する標準的な指標(ADOS)には差が出なかった。論文の著者自身が「探索的な結果として解釈すべきで、効果を確かめるにはより大規模な無作為化比較試験が必要」と明記している。複数の試験をまとめた系統的レビューでも、きちんと対照を置いた試験の結果はまちまちで、良好な結果が並ぶ前後比較の研究はバイアスのリスクが高い、と評価されている。
そもそも、胃腸の不調と自閉症の症状が「関連している」ことと、「腸が原因だ」ということは別の話で、因果関係はまだ確立していない。
もう一つ触れておきたいのは、言葉づかいの問題だ。自閉症を「病気」ではなく自分という人間の一部・特性と捉える当事者も多く、“治療”という枠組みそのものに違和感を持つ声もある。この研究が見ているのは、つらい胃腸症状の軽減や、本人や家族が暮らしやすくなるかどうかであって、人格を変えるものではない。報じられる「症状◯%減」という数字も、こうした前提のうえで受け止めたい。
出典・もっと知りたい人へ
New Atlas: Fecal transplants for autism deliver success in clinical trials
Gut-Brain-Axis Therapeutics(開発元・治験の進捗)
対照つき観察研究(2025): Fecal Microbiota Transplantation for Autism Spectrum Disorder in Children


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