英BBCが、ラジオ4を長く流してきた長波(ロングウェーブ)放送を止めました。2026年6月27日の午前1時(英国夏時間)、周波数198kHzの送信が停止し、100年近く続いた帯域での放送が終わりました。いまは「放送は終了しました」という録音メッセージが流れていますが、それも遠からず切られる見込みです。
多くの人には気づかれないうちに過ぎた出来事ですが、ある種のラジオ好きにとっては、ひとつの時代の終わりでした。止まった理由が「需要が消えたから」ではなく「部品が尽きたから」だった、というのがこの話の妙でもあります。

ロングウェーブ放送のしくみ
長波は、153〜279kHzというとても低い周波数を使う放送方式です。北米には割り当てがなく、アメリカの読者にはなじみの薄い帯域でもあります。使われ始めたのは、高出力放送が立ち上がった1920年代。低い周波数ほど電波が遠くまで届くので、ひとつの送信所で広い範囲をカバーできるのが利点でした。
BBCの主力送信所は、イングランド中部ウスターシャーのドロイットウィッチ(Droitwich)にあります。ここが立ち上がったのは1934年9月。スコットランドのウェスターグレン(スターリング近郊)とバーグヘッド(モレー湾沿い)の2局を合わせて、英国のほぼ全域に届く体制を組んでいました。周波数は時代とともに動き、1920年代半ばの187.5kHz(波長1600m)から、1934年に200kHz(波長1500m)へ、そして1988年に現在の198kHzへと移っています。番組名も、国民向けサービス、ライト・プログラム、そして現在のラジオ4へと移り変わってきました。報道によれば、ラジオ4が長波を担うようになったのは1978年です。
停波を招いた真空管の枯渇
止める理由は、意外なほど物理的なものでした。ドロイットウィッチの高出力送信機に使う真空管(送信用の大型バルブ)の交換部品が、もう手に入らないのです。世界のどこでも製造されておらず、残った在庫でだましだまし動かしてきましたが、それも限界に来ていました。BBCは、長波技術が「寿命の終わりに近づいている」とし、ごく一部の利用者のために維持を続けるのは「相当な投資」になる、と説明しています。
つまり、聴く人が一気に消えたというより、装置を支える部品の供給が先に尽きた、という幕引きでした。BBCは2022年の時点で長波の終了を見込むと表明しており、2024年にはラジオ4の長波向けの独自編成をやめて、今回に備えていました。停波が告知されたのは2026年5月11日です。
長波が支えてきたもの
長波が運んでいたのは、番組だけではありませんでした。なかでも有名なのが「シッピング・フォーキャスト(Shipping Forecast)」。沖合の漁師に向けた海の天気予報で、独特の読み上げが陸の人にも親しまれ、いまはFMやデジタルでも聞けます。クリケットの実況「テスト・マッチ・スペシャル」も、長波と結びついた番組でした。
変わったところでは、電力会社がこの198kHzの信号を使って、家庭の「深夜の安い電気」用メーターを切り替えていました。放送波が、料金プランを制御するインフラも兼ねていたわけです。第二次大戦中には、フランスのレジスタンスへ暗号メッセージを送るのにも使われたと伝えられています。さらに198kHz(かつての200kHz)は原子時計で精密に制御されていたため、機器を校正するときの周波数の基準としても重宝されました。
真偽のはっきりしない逸話もあります。英国の原子力潜水艦の艦長が、この放送が聞こえるかどうかで「核戦争が起きたか」を判断していた、という話です。事実かは確かめようがありませんが、長波がそれだけ「いつもそこにある電波」として受け止められていた、という証ともいえます。
中波(AM)局の相次ぐ退潮
長波の停波は、ぽつんと孤立した出来事ではありません。中波(AM)の放送局も、各地で次々に電波を止めています。背景にあるのは、スイッチング電源やLED照明など、現代の電子機器が出すノイズの増加です。低い周波数ほどこうした雑音を拾いやすく、都市では聞き取りにくくなりました。そこへFMやデジタル、ネット配信といった高音質な代替手段が広まり、わざわざAMで聞く理由が薄れていきました。長波の真空管問題は引き金にすぎず、その奥には、こうした古い放送技術全体の地盤沈下があります。
日本のAM停波との重なり
同じ流れは、日本のラジオでも進んでいます。全国の民放AM47局のうち44局が、2028年秋までにFMへ転換することを目指すと表明しています。挙げている理由はBBCと驚くほど似ていて、送信設備の老朽化と維持費の重さ、そしてワイドFMの普及です。中波帯(531〜1602kHz)がノイズに弱いという弱点も共通しています。すでに半数を超える局が、AMを一定期間止める「停波の実証実験」に参加しています。
公共放送のNHKも、2026年3月30日にラジオ3波を2波(NHK AMとNHK FM)へ再編し、ラジオ第2放送を止めました。日本の場合は「止めて即終了」ではなく、当面はAMを補完的に残す局も多い見込みですが、AMからFMへという大きな向きは、英国の長波の幕引きと地続きです。海の向こうの話と片づけにくいのは、そのためです。
留意点
長波そのものが世界から消えたわけではありません。たとえばポーランドでは、ポーランド放送の第1番組が225kHzで放送を続けています。こちらはトランジスタを使った新しい送信機で、いまのところ停止の予定はないとされています。「真空管が尽きたから止める」というBBCの事情は、すべての長波局に当てはまるものではない、ということです。技術そのものの寿命というより、老朽化した特定の設備の寿命だった、という見方もできます。
日本のAM停波も、各局の経営判断で進められるもので、時期や進め方にはばらつきがあります。「2028年に一斉に消える」と単純化はできません。とはいえ、ある放送技術がその役目を終えていく様子を、英国の長波はわかりやすく見せてくれました。長く聞いてきた人にとっては、ダイヤルの片隅から、ひとつの音が静かに消えた日だったといえます。
出典・もっと知りたい人へ
・Requiem For Long Wave, As The BBC Goes Silent(Hackaday)
・BBC Long Wave Shutdown(Radio Society of Great Britain)
・Radio 4 broadcasts on long wave to end(BBC Media Centre)
・AM局の運用休止に係る特例措置(総務省)
・民放AMラジオ44局が2028年秋までにFM化へ(日経クロステック)


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