同じ商品なのに、自分と隣の人とで値段が違う。しかもそれが「あなたなら、このくらいまでは払うだろう」とAIに見抜かれた結果だとしたら——。そんな値づけが現実味を帯びてきた、という研究が出ています。
標準価格から個人価格へ
これまで、店頭やネットの値段は需要やコスト、ライバルとの競争で決まってきました。だから同じタイミングなら、だれが見てもだいたい同じ値段が出ます。これが当たり前の「標準価格」です。
ところが最近、別のやり方が育ちつつあります。一人ひとりの消費者に合わせて値段を調整する「アルゴリズム個別価格づけ(algorithmic personalised pricing)」です。狙いは需要に合わせることではなく、「この人は他の店を探しに行かず、この値段でも買ってくれるか」を予測すること。つまり相手を見て値札を変える、という発想です。
支払い意思額を読むしくみ
この研究は、ロンドン大学イースト校(University of East London)のミロスラヴァ・マリノヴァ氏と、コペンハーゲン大学のクリスチャン・ベリクヴィスト氏が、競争法の専門誌「Journal of Competition Law & Economics」に発表したものです。査読を通った論文です。
AIは、閲覧履歴・位置情報・購入履歴といったデータを読み取り、その人の「支払い意思額(willingness to pay)=いくらまでなら出すか」を予測します。すると、まったく同じ商品が、同じ瞬間に、人によって違う値段で表示されうる。こうした値づけ自体は昔からありましたが、AIがそれを格段に精密に、しかも大規模にできるようにした、というのがこの研究の見立てです。一人ひとりに専用の値段が示される世界へ、市場が一歩近づいている、というわけです。

値段より重い「公正さ」の問題
論文がいちばん重く見ているのは、値段が上がること自体ではありません。「公正さ」です。
仮に市場全体として価格が上がらなかったとしても、自分だけが理由もわからないまま他人より高く払っていた、と気づいたとき、人は強く反応します。その不公平感が企業への信頼を損ない、買い方を変える。マリノヴァ氏は、問題は値段が高いことだけではなく、知らないうちに人によって扱いが変わることだと述べ、価格が見えないまま個別化されると公正さが中心の論点になる、と指摘しています。
つまり、いくら高く払わされるかという以上に、「自分だけ違う値段を、気づかないまま受け入れていないか」という不透明さこそが、この問題の芯にある——ということです。
競争法と規制のずれ
競争が働いている市場なら、高ければ別の店に移ればいいだけの話です。ところが市場を支配する企業がこれをやると、話が変わります。透明性も正当な理由もないままの個別価格づけは、EUや英国の競争法がいう「支配的地位の濫用」にあたりうる、と論文は論じています。
法には対応するための道具はそろっているものの、AI主導の値づけにまだ追いついていない、というのが著者らの見方です。実際に英政府も、競争市場庁(CMA)にアルゴリズムを調べる強い権限を持たせるべきか、検討を始めています。技術が先に走り、ルールが後を追う、という構図がここにもあります。
解釈上の留意点
この研究は、特定の企業が実際に個別価格づけをしている現場を暴いたものではありません。法と経済の枠組みでこの動きを分析し、何が論点になるかを整理した論文です。だから「もう、どの店でもやられている」という話として読むのは行きすぎです。あくまで、これから広がりうる事態に法がどう向き合うべきかを問うた内容になります。
研究が主な対象にしているのはEUの競争法ですが、英国も法の枠組みが近いため、同じことが言えるとしています。日本を含めほかの国でどう扱われるかは、それぞれの法律しだいです。
出典
研究プレスリリース:AI pricing could mean everyone pays a different price(EurekAlert! / University of East London)
論文:Marinova, M. and Bergqvist, C. (2026), AI-enabled price discrimination as an exploitative abuse of dominance under EU competition law, Journal of Competition Law & Economics(DOI: 10.1093/joclec/nhag006)


コメント