港の危険な仕事を電動で──「世界初」をうたう水先案内艇「EF-12 Pilot」

テクノロジー・エネルギー
スポンサーリンク

大きな船が港に入るとき、地元の海をよく知る「水先人(みずさきにん)」がわざわざ船に乗り込んで舵取りを手伝う、という仕組みがあります。その水先人を沖の船まで送り届ける小さな船を、英ベルファストのArtemis Technologiesが、燃料を使わない完全電動・排出ゼロで作ったと発表しました。しかも水中翼(すいちゅうよく)で船体を海面から持ち上げて走る、変わった形の船です。同社はこれを「世界初の100%電動の水先案内艇」とうたっています。

港の危険な仕事「水先人の送迎」

大型船は、初めて入る港では自力で安全に着岸するのが難しいものです。浅瀬や潮の流れ、他の船との間隔など、その海域を知り尽くした専門家でないと危ない場面が多いからです。そこで登場するのが水先人。船に乗り込んで、狭い航路や港の中を安全に導く役目を持った人たちです。

問題は、その水先人をどうやって船に届けるか。大きな船は港の外で待っていることも多く、そこまで小型のボートで近づき、動いている船の脇にぴたりとつけて、人が乗り移ります。この乗り移りが、海の仕事のなかでもとくに危険とされる瞬間です。波で船が揺れれば、足を滑らせて海に落ちる事故にもつながります。だからこの送迎に使う船(パイロットボート)には、速さと安定、そして頑丈さが同時に求められてきました。

水中翼で船体を浮かせる仕組み

今回のArtemis EF-12 Pilotは、この送迎を電動でこなそうという船です。全長は約12メートル、定員は4名。最大の特徴は、船底に付いた炭素繊維の水中翼です。速度が上がると翼が揚力を生み、船体そのものを海面より上へ持ち上げます。飛行機の翼が機体を空へ持ち上げるのと同じ理屈を、水の中でやっているわけです。

船体が水から抜けると、水の抵抗(ドラッグ)が大きく減ります。すると同じ電力でより速く、より遠くまで進めるようになり、電動でも実用的な速度が出せます。同社によれば最高速度は32ノット前後(時速およそ59キロ)、巡航は28ノットほど、一回の充電で走れる距離はおよそ45〜55海里(約83〜102キロ)。充電は超急速のDC充電で1時間かからないとしています。ただしこれらは条件が最良のときの数値で、実際は積載や海の状態で変わる点は同社も断っています。

船体を浮かせるもう一つの効果が、引き波(ひきなみ)の少なさです。普通の船は走ると大きな波を後ろに残しますが、水中翼で浮けばその波がぐっと減ります。混み合った港でも岸を削らずに速く走れるうえ、翼の姿勢を電子制御で細かく調整して、揺れ・傾き・上下動を抑えます。動いている船の脇で人が乗り移るあの危険な瞬間に、甲板ができるだけ揺れないようにする、というのが狙いです。

従来のディーゼル艇との違い

いちばん分かりやすい違いは、排出ゼロという点です。同社の資料では、一般的なパイロットボートは1日あたり450〜800リットルほどの軽油を使い、年間で最大1,200トンのCO2を出すとされています。EF-12 Pilotはこの燃料由来の排出をなくし、あわせて燃料代とメンテナンスのコストも下げられるとしています。

乗り心地の面でも差があるといいます。同社によれば、模擬試験と実海域での試験で、乗員が受ける振動が従来のディーゼル艇の最大6分の1まで減ったとのこと。エンジンの騒音や震動が少ない静かな船、というわけです。推進ユニットが1基のシングルと2基のデュアル、2種類が用意される予定です。

すでに動き出している導入先

この船は現在、実際に水に浮かべて航行試験の段階にあり、これから本格運用へ進むとされています。導入を決めた顧客として、ベルギーのBrabo、スウェーデン海事局、アブダビのNoatum Maritime、英国のPort of Tyneなどの名前が挙がっています。

Artemis Technologiesの水中翼技術そのものは、この送迎艇が初めてではありません。同じ船体をベースにした作業艇「EF-12 Workboat」は、2025年春からロッテルダム港で日常業務のなかでテストされており、水中翼を電動化する技術には4年以上の運用実績があるとしています。今回はその技術を、送迎という特定の用途向けに仕立て直したかたちです。

「世界初」表現と現段階での留意点

「世界初の100%電動の水先案内艇」という言い回しは、Artemis Technologies自身が発表で用いているものです。New Atlasをはじめ各メディアも「同社が世界初と称する」という伝え方をしており、第三者が検証した称号というより、メーカーの主張として受け取っておくのが正確です。

また、この船は納入・本格運用の前の航行試験の段階にあります。速度や航続距離といった数値も、いまのところメーカー公表の最大値で、媒体によって少しずつ幅があります。実運用でどこまで数字どおりの性能が出るか、複数の港で使われてどんな評価になるかは、これから確かめられていく部分です。とはいえ、危険と隣り合わせだった水先人の送迎を、静かで揺れの少ない電動艇に置き換えようという発想そのものは、港の脱炭素と安全の両方に効きそうな方向ではあります。

出典・関連リンク

Artemis Technologies 公式発表:Artemis Technologies Launches World’s First 100% Electric Hydrofoil Pilot Boat

EF-12 Pilot 製品ページ(スペック):Electric Pilot Boat | Artemis EF-12 Pilot

New Atlas:Artemis Technologies EF-12 electric hydrofoil pilot boat(2026年7月1日付)

コメント

タイトルとURLをコピーしました