普段使っているスマホやパソコンの部品は、じつは寒さにも暑さにも、思ったより狭い範囲でしか耐えられません。だいたい-173℃あたりを下回ると電子部品はうまく動かなくなり、逆に熱のほうも、たいていの部品は200℃に届く前に音を上げます。その「効く温度の幅」を大きく広げる材料が報告されました。サウジアラビアのキング・アブドラ科学技術大学(KAUST)のチームが、宇宙空間より冷たい-271℃でも、500℃の高温でも動く電子素子を作った、という研究です。使ったのは「酸化ガリウム(β-Ga₂O₃)」という半導体(電気を通す・通さないを切り替えられる材料)でした。

電子回路が苦手な二つの温度
半導体が電気を流すには、中の電子が「電気を運べる状態」に移れるだけのエネルギーを持っている必要があります。この移動のために越えるべきエネルギーの隙間を、バンドギャップと呼びます。ふだんはこの隙間を、まわりの熱が電子に少しだけエネルギーを分けることで越えさせています。
ところが温度を下げていくと、その熱が足りなくなります。電子が動けなくなって材料の中に閉じ込められてしまう、この現象は「キャリア凍結(freeze-out)」と呼ばれます。研究チームによれば、ふつうの電子回路は約-173℃(100ケルビン)を下回るあたりから動作が怪しくなり始めるそうです。だから深宇宙や量子コンピューターのような冷たい現場では、専用の電子部品や大がかりな温度管理が必要になり、その分だけ装置がかさばってコストもかかります。
逆に温度が上がりすぎても問題が起きます。高温だと電子があり余るほどエネルギーを得て、本来「オフ」にしておきたいときでも勝手に電気が漏れたり、スイッチの動作が不安定になったりして、最後は壊れてしまう。つまり、冷たすぎても熱すぎても、ふつうの半導体は使い物になりません。今回の研究は、その両側を一つの材料でカバーしようとした点が面白いところです。
低温対策としてのドーピング
チームが選んだ酸化ガリウムは、バンドギャップがとても広い「ウルトラワイドバンドギャップ」と呼ばれるタイプの半導体です。隙間が広い、つまり電子が簡単には電気を運ぶ状態に上がれないので、高温でも勝手に電気が漏れにくく、500℃あたりまで安定して使えるという強みがあります。高温側は、この素材の素直な性質で押さえられるわけです。
難しいのは低温側でした。そこでチームが使ったのがドーピング——材料にわざと別の原子を少量混ぜて、電気の流れ方を変える操作です。今回はシリコンの原子を高い濃度で混ぜ込みました。すると、シリコンに関係した「電子の中継地点」が材料の中に近い間隔でたくさんできます。電子は、まわりの熱の力でバンドギャップを飛び越えるのではなく、この中継地点を飛び石づたいに渡るようにして移動できます(この中継地点の集まりを不純物バンドといいます)。熱の助けがほとんどない極低温でも、飛び石さえあれば電子は渡っていける、というわけです。
2ケルビンでの動作実証
この仕組みを使って、チームは二つの素子を作りました。一つはフィン(ひれ)状のチャネルを持つトランジスタ(電気のスイッチ)で、FinFETと呼ばれる形です。もう一つはインバータ(NOTゲート)という、入力された信号を反転させる論理素子で、コンピューターの回路をつくる基本部品の一つです。
この二つが、2ケルビン(約-271℃)でもきちんと動いたと報告されています。2ケルビンは、絶対零度(-273.15℃)のすぐそば。宇宙にいつも満ちている放射の温度(約-270℃)よりも、なお冷たい領域です。研究チームのXiaohangLi氏は、この温度では電子をバンドギャップへ押し上げる熱がほとんどなく、代わりにシリコンが作った不純物バンドを電子が伝っていくことで電流が流れている、と説明しています。極低温で動く電子素子そのものは過去にもありましたが、ウルトラワイドバンドギャップ半導体を使ったトランジスタと論理インバータが、ここまで低い温度で動いたのは初めてだとされています。
量子計算との接点
この話が量子コンピューターと結びつくのは、多くの量子コンピューターが極端に冷たい環境で動くからです。たとえば超伝導方式では、計算の心臓部を数ケルビンよりさらに低い温度まで冷やします。一方で、その心臓部を操作する制御用の電子回路は、ふつうの半導体が動く常温あたりに置かれていて、両者を大量の配線でつないでいます。量子コンピューターを大きくしていくとき、この「冷たい中心」と「温かい制御回路」をつなぐ配線の多さが、設計上のネックの一つになっています。
もし冷たい場所でそのまま動く電子部品があれば、制御回路を計算部の近く(冷たい側)に置けるようになり、配線や冷却の負担を減らせる可能性があります。今回の酸化ガリウム素子は、そうした「冷たい環境向けの周辺部品」の候補になりうる、という位置づけです。同じ強みは宇宙開発にも効きます。探査機は日なたと日陰で大きな温度差にさらされるので、広い温度に耐える部品があれば、重い断熱材や温度管理の仕組みを軽くできるかもしれない、とチームは話しています。
現段階での位置づけ
とはいえ、できたのはトランジスタとインバータという基本素子を作り、2ケルビンで動くことを確かめた段階です。研究チーム自身も、基本の部品を示せたので、次はこれを複雑なチップへとスケールアップし、超低温での性能を詰めていくのが今後の仕事だ、と述べています。すぐに量子コンピューターや宇宙機に載るという話ではなく、その土台になりうる一歩、と受け取るのがちょうどよさそうです。なお、この成果は学術誌『Nano Letters』に2026年に掲載された、査読を経た研究です。
出典・もっと知りたい人へ
研究の発表元(KAUST)の解説:Gallium oxide electronics withstand extreme cold(KAUST Discovery, 2026年4月27日)
元論文:Khandelwal, V. ほか「2 Kelvin operation of ultrawide-bandgap β-Ga₂O₃ FinFETs and logic inverter integrated circuits」, Nano Letters(2026年)。上のKAUSTの記事から論文ページにたどれます。
わかりやすい解説記事:Tom’s Hardware の記事(英語)


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