トンネルを抜けた瞬間、外の光がまぶしくて一瞬まわりが見えなくなる——そんな経験は誰にでもあると思います。人の目はこうした明暗の急な変化に、自分でも気づかないうちにわりと素早く慣れてくれます。ところが、自動運転車やロボットに積まれたカメラは、これがとても苦手です。明るい部分は真っ白に飛び、暗い部分は真っ黒につぶれて、肝心なものを見落としてしまう。
ペンシルベニア州立大学などの研究チームが、この弱点を人の目のしくみをまねて克服する部品を作り、2026年6月9日付の科学誌『Nature Communications』に発表しました。明暗が入り混じった環境でも、数秒で順応してものを見分けられたといいます。

明暗の急変に弱い“人工の目”
自動運転車や高機能なロボットは、カメラとコンピューターのアルゴリズム、それにAIを組み合わせて周囲を「見て」います。ただ、この人工の目には弱点があります。明るさが一定の場所ならうまく働くのに、明るい部分と暗い部分が同時にあると、とたんに信頼性が落ちるのです。
研究を率いた Larry Cheng 准教授は、夜の運転を例に挙げています。暗い空を背景に、対向車のヘッドライトがまぶしく光る。そんな混在した光のなかでは、たとえば赤信号のかすかな光のような細かい情報を、人工の目が拾い分けるのは難しい。人にとっては何でもない場面でも、機械にとっては手ごわい状況というわけです。
桿体と錐体をまねた発想
そもそも人の目は、なぜ明暗の変化に強いのでしょうか。網膜には、暗いところで働く桿体(かんたい)細胞と、明るいところで色や細部を見分ける錐体(すいたい)細胞があります。暗い場所では桿体細胞のなかの色素が働いて細部を捉え、明るい場所に出るとその色素はいったん「退色」してゆっくり元に戻り、そのあいだは錐体細胞が引き継いでコントラストを見分ける。この役割分担のおかげで、私たちは明暗が混ざった場面でも見えなくならずに済んでいます。
研究チームは、この切り替えのしくみを「フォトメモリスタ」という小さな電子部品の上で再現しようとしました。メモリスタは memory(記憶)と resistor(抵抗)を合わせた言葉で、電源を切っても情報を保ち続けられる素子です。脳の神経細胞が情報を処理して覚えておくのに似たふるまいをします。フォトメモリスタはそのうち、光を感じ取って電流に変える働きを持つものを指します。
水の出入りで感度を変える仕組み
新しいフォトメモリスタは、主に2つの材料でできています。やわらかくゲルのような導電性プラスチック「PEDOT:PSS」と、チタンから作られる白い粉末「酸化チタン(TiO2)」です。
仕組みはこうです。まず酸化チタンが周囲の光を受け取り、電流に変えます。その電流がプラスチックの表面を通ると、プラスチックが周りからどれだけ水を吸い込むかが変わる。暗いところでは素早く水を吸い、明るいところでは逆に水を放して乾く。この水の出入りによって、部品が自分で光への感度を調整します。決まった明るさ専用に作り込まれた従来の部品と違い、状況に合わせて感度がひとりでに動く、というのがいちばんの違いです。
この部品ひとつの大きさは約0.5mmで、クレジットカードの厚さより少し小さいくらい。用途に合わせて大きくも小さくもでき、複数つなげてアレイ(碁盤目状の並び)にすれば、部品自体を大きくしなくても広い範囲の光の模様を捉えられます。
視力検査に似たテストでの結果
チームはまず、強さの異なる紫外線を当てて性能を確かめました。新しいフォトメモリスタは紫外線の強さをより正確に読み取り、しかも周囲の湿度が変わっても安定した値を出したそうです。
次に行ったのが、眼科の視力検査を思わせるテストです。4×4の16個のフォトメモリスタを並べたアレイに、パターンを見分けるためのニューラルネットワーク(神経細胞のしくみをまねたAI)を組み合わせ、車やロボットに積むような簡易的な視覚システムを作りました。そして、明るさを自由に変えられるLEDの背景の前に、アルファベットの「F」の形に並べたLEDを置き、その文字を読み取らせます。視力検査でおなじみの「E」ではなく「F」を選んだのは、向きの違いを見分けやすいからとのこと。わずか7回の学習を重ねただけで、混在した光のなかでも95%を超える精度で文字を当てられたといいます。
人の目も明暗にはよく順応しますが、完全に慣れきるまでには20〜30分かかることがあります。それに対してこのフォトメモリスタは、細かい情報を捉えたまま、人の目よりずっと速く順応できたとされています。
自動運転や視覚補助への応用
うまく育てば、この技術は自動運転車の安全性を高めたり、工場のロボットが暗い場所や光がめまぐるしく変わる場所でもきちんと働けるようにしたりするのに役立つ可能性があります。Cheng 准教授は、もっと先の話として、人工の光学系で視覚に障害のある人の「見る」を助ける使い道にも触れています。
チームは今後、視覚だけでなく触覚の情報も同時に扱える多機能なセンサーへと発展させる計画です。複数の感覚をひとつの部品にまとめられれば、システム全体の消費電力を大きく抑えられる見込みだといいます。なお、この技術については仮特許(暫定出願)も提出済みです。
現時点での注意
とはいえ、今回お披露目されたのは4×4の素子で1文字を読み取る、ごく素朴な試作段階のシステムです。実際のカメラが扱う情報量とはまだ開きがあり、製品として街なかを走るところまでには相応の時間がかかります。「人の目より速い」というのも、人が完全に順応するまでの時間と比べての話で、具体的な速さの数字が示されているわけではありません。研究チーム自身も、まだやるべきことは多いとしています。期待をふくらませすぎず、人の目に学んだ新しい見え方の芽として眺めるのがちょうどよさそうです。
出典
The human eye may hold the fix for self-driving cars(New Atlas)
Artificial eyes could bring human-like sight to self-driving cars, robots(ペンシルベニア州立大学 プレスリリース)


コメント