キンカチョウ(ゼブラフィンチ)という小さな飼い鳥の鳴き声を、中核となる11種類にまで整理し、その一つひとつの意味まで読み解いた研究者が、2026年の「コラー・ドリトル賞」を受賞しました。動物と人が“双方向”でやり取りする——こちらが動物の声を理解するだけでなく、意図をこちらから伝えて相手にも通じる——ことをめざす国際的な賞です。
受賞したのはカリフォルニア大学バークレー校のジュリー・エリー博士。15年以上この鳥の声を聞き続け、「彼らは何を言っているのか」という素朴な問いに、実験で答えを出しました。「動物と話せる未来」に一歩近づいた仕事、として評価されています。
「動物と話す」に賞金をかける試み
賞の名前にある「ドリトル」は、動物と会話できる医師を描いた童話『ドリトル先生』に由来します。こちらが動物の声を聞き取るだけでなく、こちらの意図も動物に伝わる——その双方向のやり取りをめざす研究をたたえる賞で、2024年にジェレミー・コラー財団がテルアビブ大学と組んで立ち上げました。
毎年の賞金は10万ドル。さらに、人と動物の双方向コミュニケーションを本当に実現した個人・チームには1000万ドルの大賞が用意されていますが、こちらはまだ誰も手にしていません。審査委員長を務めたテルアビブ大学の動物学者ヨッシ・ヨベル氏は、今回の成果を「この分野の節目」と評しています。
キンカチョウが選ばれた理由
キンカチョウはとにかくよくしゃべる鳥です。声のデータが大量にとれるので、解読の材料に困りません。エリー博士自身も「複雑すぎず単純すぎない、ちょうどいい難しさ」と表現しています。イルカのように賢く社会的な動物で同じことをやろうとすると、桁違いに難しくなる。その意味で、キンカチョウは手がかりをつかむのにちょうどよい相手でした。
これまでキンカチョウの研究は、オスが歌う複雑な“さえずり”に注目が集まりがちでした。エリー博士が耳を澄ませたのは、その華やかな歌ではなく、日々のやり取りで交わされる地味な鳴き声のほうです。

解読された11種類の鳴き声
長年の観察から浮かび上がったのは、中核となる11種類の鳴き声でした。ひもじさ(空腹)を伝える声、危険を知らせる声、あいさつ代わりの声、けんかのときの声、仲間との距離を確かめる“距離コール”……といった具合に、場面ごとに使い分けられています。いわば11個の“単語”からなる小さな辞書です。
さらにこの鳥は、同じ種類の鳴き声でも一羽ごとに微妙に違う“声の署名”を持っていて、相手が誰かを声だけで聞き分けられます。「自分が誰で、いま何をしているか」を名乗りながら、同時に相手の個体も特定している。そんな器用なことをやってのけていました。
音ではなく意味で仕分ける「意味の磁石」
ここからが今回いちばん面白いところです。研究チームは、キンカチョウが鳴き声を“音が似ているかどうか”で区別しているのか、それとも“意味”で区別しているのかを調べました。
実験では12羽の鳥に、ある1種類の鳴き声を、ほかの10種類と聞き分けさせました。すると鳥たちは全種類をきちんと区別できただけでなく、間違え方に特徴が出ました。取り違えるのは、音がそっくりな声どうしではなく、意味が近い声どうしだったのです。たとえば「攻撃」のときの声と「助けを求める」声のように、響きは違っても場面の近いものを混同していました。
研究チームはこれを「意味の磁石効果(semantic magnetic effect)」と名づけました。つまりキンカチョウは、鳴き声を単なる音の塊としてではなく、意味のまとまりとして頭の中で捉えているらしい。それがこの研究の答えでした。この成果は2025年に学術誌『Science』に査読を経て掲載されています。
鳥自身への答え合わせ
研究の説得力を支えているのが、「意味の分類が合っているかどうかを、鳥本人に確かめた」という点です。人間が勝手に「この声はあいさつ」「この声は警戒」と決めただけでは、こちらの思い込みかもしれません。そこでエリー博士は、鳴き声を聞かせて鳥がどう反応し分類するかを実験で確かめ、自分の整理と鳥の感じ方が一致することを示しました。審査員の一人、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのジョナサン・バーチ教授は、11個の“中核語”の辞書を作っただけでなく、その意味が正しいかを鳥自身に問い直した点を高く評価しています。
AIが果たした役割
「AIが鳥の言葉を解読した」と聞こえがちですが、実態は少し違います。膨大な鳴き声のデータを整理するのに機械学習(AI)は確かに使われました。ただ、それが効いたのは、10年以上かけて一つひとつの声を場面と結びつけて記録する、地道な観察の積み重ねがあったからです。
エリー博士自身、音の違いを機械で捉えるだけでは足りず、「その声がどんな状況で発せられたか」という行動の文脈があってはじめて意味が見えてくる、と語っています。AIは近道ではなく、大量のデータを扱うための道具として働いた。順番としてはそういう話です。
双方向対話への現在地
今回わかったのは「キンカチョウには意味を持つ11種類の鳴き声があり、本人たちもそれを意味で捉えている」ということ。人間の言葉のような文法や文章を持つとまで示されたわけではありません(鳴き声を文のようにつなげる例は、同じ賞の候補に挙がったボノボの研究などで報告されています)。誇張せず、示されたのはあくまで“意味のある単語の辞書”がある、というところまでです。
それでも、動物の声を「意味のある単語の集まり」として整理し、しかもこちらから声を返して反応を確かめる、という双方向のやり取りの入り口に立った意義は小さくありません。人と動物が本当に会話できる日が来るかどうかはまだ未知数ですが、こちらの呼びかけに鳥が“返事”をする未来は、少しだけ現実味を帯びてきました。
出典・もっと知りたい人へ
コラー・ドリトル賞 公式サイト(テルアビブ大学)
Scientific American の解説記事
研究のプレスリリース(EurekAlert!・無料で読めます)
元論文(Science 2025・本文は有料)


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