毎年くり返す、クラゲ刺されの問題
夏の海で足に走る、ちくっとした痛み。クラゲに刺されると赤く腫れ、ひどいときは病院に駆け込むことになる。世界では年間およそ1億5000万件もの刺傷が起きているという見積もりもあり、その多くは軽い痛みで済むものの、種類によっては命に関わる。オーストラリアのハコクラゲのように、刺されると大人でも数分で命を落としかねない猛毒種もいる。
これまでの定番の対策は、海に張るクラゲ除けのネットだった。ただしネットは、クラゲ以外の魚や生き物まで通せんぼしてしまうし、設置と手入れの手間も大きい。そこでスペインの研究チームが持ち込んだのが、電気の力でクラゲだけを遠ざける「ブイ」というアイデアだ。バレンシア工科大学(UPV)とアリカンテ大学が、電磁場を出してクラゲを一時的に動けなくする浮きを開発した。

電磁場でクラゲの動きを止める仕組み
ポイントは、クラゲの泳ぎ方そのものにある。クラゲは傘(かさ)をぎゅっと縮めて水を押し出し、その反動で進む。拍動(はくどう)と呼ばれる、あの独特のふわふわした動きだ。
開発チームによれば、ブイが電磁場を発生させると、この拍動の回数が減り、強く効かせれば動きを止めることもできる。つまりクラゲは、自分の力で前に進んだり、その場に留まったりできなくなる。研究を率いるUPVのハイメ・ジョレット氏は、電磁場でクラゲの拍動を抑えることで、動きと位置取りの能力を制限できると説明している。
大事なのは、これがクラゲを傷つけるものではないという点だ。効果はあくまで一時的で、装置の届く範囲から外れれば、重力と潮の流れでクラゲは元どおりに動けるようになる。ネットのように物理的に閉じ込めるのではなく、近づいてきたときだけそっと足止めする、という発想になっている。
ブイの構造と守れる範囲
装置は大きく三つの部分でできている。海面に浮かぶブイ本体には、電子機器と電源が収められている。そこから下へ、重りのついた鎖が垂直に伸び、海底側の重りで全体を安定させる。そして鎖に沿って、電磁場を出すコイルが深さ違いで複数取り付けられ、水中の広い範囲に場を届ける。
ブイを1台起動すると、200〜300メートルほどの“見えない壁”ができるという。もっと長い区間を守りたければ、複数のブイを並べればいい。コイルを縦に積む数で、届く範囲や深さも調整できる仕組みだ。
この方式の利点は、対象がクラゲに絞られていること。すべての生き物を遮ってしまうネットと違い、周りの海の生態系に手を出さずに済む。電源は太陽光や波のエネルギーでまかなう想定で、ケーブルや燃料を引かなくても動き続けられる。海藻やゴミを引っかけにくく、主要な部品がブイ本体に集まっているため、点検や交換もしやすいとされる。おまけに、水温・濁り・クロロフィル・酸素濃度といった海のデータを測るセンサーも積んでいる。
想定されている使い道
研究チームが挙げる使いどころは、海水浴場だけではない。むしろ発電所や海水淡水化プラントのように、海水を取り込む設備での需要が大きい。こうした施設ではクラゲの大群が取水口に詰まり、稼働を止めてしまう事故が実際に起きている。ブイでクラゲを寄せつけなければ、この目詰まりを防げる可能性がある。
もう一つが養殖だ。いけすにクラゲの群れが押し寄せると、魚が傷ついたり弱ったりする。その被害を減らす守り手としても期待されている。
現時点での限界
ただし、期待をふくらませすぎないための注意もいる。この装置はまだ試作段階で、拍動を止める効果が確かめられているのは、管理された水槽の中での実験に限られる。海に浮かべての本格的な検証はこれからで、チームは屋外用の1号機を作るための協力企業やスポンサーを探している段階だ。
仕組みの上での弱点もある。ブイが止められるのは、クラゲが自分で泳ぐ動きだけ。ところがクラゲは、強い潮の流れに乗って“漂って”岸に運ばれることも多い。動きを止められたクラゲが波に押し流されて浜に打ち上げられることはあり得るし、やっかいなことに、死んだクラゲも刺すことがある。そのため研究チーム自身も、混雑する観光ビーチではこのブイだけに頼らず、従来のネットと組み合わせる“合わせ技”をすすめている。ブイは万能の解決策というより、既存の対策を補う一手、という位置づけだ。
それでも、生き物を傷つけず、クラゲだけを選んで一時的に遠ざけるという方向性は新しい。海のレジャーと、取水設備や養殖の現場、その両方でクラゲとの付き合い方を変えるかもしれない技術として、屋外での検証結果を待ちたい。
出典
Universitat Politècnica de València(UPV)プレスリリース
New Atlas「Electromagnetic buoy paralyzes jellyfish to prevent painful stinging」


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