火星の砂は、探査車にとっていちばん厄介な相手のひとつです。やわらかい砂地に車輪を取られて動けなくなれば、数億円規模の探査機がそのまま立ち往生しかねません。その難所を、サハラ砂漠に住む小さなトカゲのやり方で乗り越えようという研究が出てきました。ドイツの研究チームが作ったのは、転がらずに砂を「泳ぐ」車輪を持った火星ローバーの試作機です。

火星で車輪が「はまる」問題
火星を走るローバーは、砂・小石・斜面・でこぼこした地面を相手にしながら、転ばず、沈まず、効率よく進み続けなければなりません。ところが砂というのは、固体のようでいて液体のようにも振る舞う、扱いの難しい相手です。こうした砂や粉のように、粒の集まりでできていて流れたり固まったりする状態のものを、専門的には「粒状体(りゅうじょうたい)」と呼びます。
とくにやわらかい砂地は、普通の車輪にとって鬼門です。ヴュルツブルク大学のアメノシス・ロペス研究員は、従来の車輪設計は低速走行に合わせて最適化されていることが多く、やわらかい地面では滑ったり沈んだり、はまり込んだりしがちだと指摘しています。地球の砂浜で車のタイヤが空転して動けなくなるのと同じことが、火星では誰も助けに来られない場所で起きるわけです。
砂を泳ぐトカゲ「スナトカゲ」
この問題に対して、自然界はとっくに答えを出していました。サハラ砂漠に住むスナトカゲ(学名 Scincus scincus)です。名前に「フィッシュ(魚)」と付きますが、れっきとしたトカゲの仲間で、砂の中に潜り込み、まるで魚のように砂の中を泳いで進みます。獲物を捕らえるときや、敵から逃げるときに使う移動術です。
この「砂を泳ぐ」動きの仕組みが詳しく分かってきたのは、ここ数年のことです。ドイツ・ヴュルツブルク大学のマルコ・シュミット教授(組み込みシステム・地球観測センサー研究グループ)のチームは、ブレーメンの研究者たちと組み、このトカゲの移動メカニズムを車輪という形に置き換えました。生き物の動きや構造をまねて工学に応用するこうした手法は、バイオミメティクス(生物模倣)と呼ばれます。
転がらずに「泳ぐ」車輪
このローバーにも、ちゃんと車輪は付いています。ただし普通の丸いタイヤのように転がるのではなく、トカゲが体をくねらせて砂を進むのと同じように、地面とやり取りしながら進みます。シュミット教授によれば、この車輪は前へ進む力(縦方向の力)と横へずらす力(横方向の力)の両方を生み出すのが特徴です。
うまく働いているかどうかは、砂の上に残る跡で確かめられます。この車輪は、砂の表面に波打つような跡(サインカーブ状の跡)を残します。研究チームは、この跡こそが「狙いどおり砂を泳ぐ動きができている」証拠だとしています。実際に緩い砂の上で走らせたところ、従来型の車輪を付けた同じような車両より良い走破性を示しました。つまり、いちばん苦手とされてきたやわらかい砂地で、まねた動きがちゃんと効いたということです。
試作機で見つかった課題と改良
もっとも、最初からすべて順調だったわけではありません。試験はブレーメンのドイツ人工知能研究センター(DFKI)やブレーメン大学と協力して、砂の上と屋外のフィールドで行われました。その結果、車両は砂の上で安定して動くことが確かめられた一方で、改良すべき点もはっきり見えてきました。
初期のスナトカゲ型車輪は、比べる相手にした空気入りタイヤより重く、幅も狭いものでした。そのため地面にかかる圧力が大きくなり、ローバーが砂に沈み込みやすくなります。沈むことと滑ることが連鎖して、思った方向に進ませる「操りやすさ」が損なわれてしまいました。そこで車輪の幅を広げ、重さを減らす方向に設計を直したところ、地面への圧力が下がって滑りも減り、安定性と操作性が改善しました。研究チームは、車輪の表面をさらに作り込めば、砂だけでなく岩や小石が混じった地形でも性能を伸ばせるだろうと見ています。
火星探査計画「VaMEx」での位置づけ
この研究は、ドイツ航空宇宙センター(DLR)の探査構想「VaMEx(Valles Marineris Explorer=マリネリス峡谷探査)」の一部です。VaMExは、火星にある巨大な峡谷「マリネリス峡谷」の谷や洞窟を、走る・歩く・飛ぶといった役割の異なるロボットの群れで探ろうという計画です。狙いのひとつは、液体の水の痕跡を探すこと。日の当たりにくい物陰のような場所に水が残っていれば、それは生命が存在しうる条件のひとつになります。
峡谷や洞窟といった入り組んだ地形を進むには、砂に強い足回りがそのまま生死を分けます。砂を泳ぐ車輪は、その鍵になる技術の候補というわけです。チームは今後、車輪というハードだけでなく、滑りや沈み込み、地面と車輪のやり取りをあらかじめ計算に入れて動きを制御するソフトウェアの開発にも広げていくとしています。
現時点での留意点
面白い成果ですが、受け取り方には少し注意が要ります。今回のローバーは、あくまで地上での試作・試験の段階にあるもので、火星に向かう探査機にこの車輪が採用されたという話ではありません。「従来型より良かった」という比較も、緩い砂地という条件での試験結果です。岩や小石が混じった現実の火星の地形でどこまで通用するかは、これからの改良と検証にかかっています。生き物に学ぶ発想が、宇宙開発の地味だが重要な部分で形になり始めた——いまはその一歩を見ている段階、というのが正直なところです。
出典・もっと知りたい人へ
研究の発表元(ヴュルツブルク大学プレスリリース、走行動画あり):
Planetary research: Innovative Mars rovers ‘swim’ through the sand(University of Würzburg)
解説記事:
Lizard-inspired wiggly wheels let Mars rover swim through sand(New Atlas)
探査計画 VaMEx について:
VaMEx(Valles Marineris Explorer)


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