ブラジルで見つかった翼竜(よくりゅう)の化石から、これまで誰も取り出せなかったものが見つかりました。骨そのものの微細な構造に加えて、その翼竜が生きていたときの体に由来する分子——いわば「化学的な痕跡」です。しかもその分子は、何を食べていたかまで教えてくれました。骨の形を眺めるだけだった古生物学が、化石から化学のサインを読み取る段階に入りつつあります。
化石は約1億1300万年前、恐竜と同じ時代を飛んでいた翼竜のもの。翼竜から分子が回収されたのは、これが初めてだとされます。

翼竜という空の古生物
翼竜は、恐竜と同じ時代に空を飛んでいた爬虫類です。恐竜の仲間とよく混同されますが別のグループで、背骨を持つ動物として初めて自力で羽ばたいて飛んだ存在とされています。スズメほどの小型種から、翼を広げると小型機ほどになる大型種まで、サイズの幅はとても大きいことが知られています。
今回の化石は、ブラジル北東部のアラリペ盆地、ロムアルド層と呼ばれる地層から出たものです。ここは魚やカメ、ワニの仲間、そして数多くの翼竜が、おどろくほど良い状態で見つかることで世界的に有名な場所です。標本は左の翼の一部で、翼を支える指の骨(指骨)にあたります。石灰質の塊(コンクリーション)の中に閉じ込められ、ぺしゃんこにつぶれずに立体のまま残っていました。化石はふつう長い年月の重みで平たくつぶれてしまうので、立体で残っていること自体が珍しいことです。研究チームはこの翼竜を、魚食性とみられるアンハングエラ類のものと見ています。
骨に残っていた微細構造
高解像度の分析で骨の内部を調べると、コラーゲン繊維——骨に強さを与えるタンパク質の骨組み——に似た微細な構造が見つかりました。長い時間で化学的には変質しているものの、その繊維の並び方の模様はまだ見て取れて、現生の鳥のものに似ていたといいます。鳥は翼竜とは遠い親戚にあたる動物です。あわせて、鉱物に置き換わった軟組織(やわらかい組織)の痕跡も確認されました。
食べ物を示した分子の痕跡
さらに注目されたのが、生き物に由来する分子の目印(バイオマーカー)です。骨の中から、ステランと呼ばれる分子が検出されました。これは生きた細胞にあったステロイド系の脂質に由来するもので、翼竜の化石からステロイド由来のバイオマーカーが報告されたのは、これが初めてだとされます。
この分子は、食べ物の手がかりも運んでいました。コレステロールに由来する成分の炭素同位体(重さの違う炭素の比率)を調べると、この翼竜は魚やイカのような海の生き物を主に食べていたらしいとわかったのです。歯やあごの形から予想される食性とも合っていて、食物連鎖の中ではわりと上のほうにいたと考えられています。研究を率いたカーティン大学のクリティ・グライス教授は、この化石を「本物のタイムカプセルのよう」と表現しています。
保存をめぐる意外なしくみ
この化石がここまで残った理由も、これまでの常識とは少し違っていました。化学・同位体・高解像度の画像をあわせて化石になる過程をたどると、死んだ体が海底で腐っていく中で、まわりに特別な化学環境ができていたことが見えてきました。微生物の活動で生じた酸性の状態がリン酸塩の鉱物を作って組織を安定させ、その後に炭酸塩の鉱物が幾重にもおおって、内部の有機物を分解からまもった、というのです。
化石がきれいに残るには「酸素の少ない環境が必要」と長く考えられてきました。今回の研究は、むしろ酸化する状態と還元する状態が局所的に入れ替わったことが保存のカギだったと指摘しています。小さな微生物が大きな役割を果たしていた、という見方です。
分子から過去を読む古生物学
骨の形だけを見ていた時代から、化石に残る化学や分子の「指紋」まで読み取れる時代へ——研究チームはそんな変化を強調しています。今回いちばん大きいのは、1億年以上前の生き物の分子レベルの痕跡が、条件さえそろえば残りうると示したことです。どんな化石なら古い分子が残りやすいのかが分かれば、ほかの標本から似た情報を引き出せる可能性も出てきます。軟らかい組織の生物学がよく分かっていない翼竜にとって、化学を読むことは前に進む一歩になりそうです。
解釈上の留意点
今回はあくまで1点の標本から得られた結果です。食べ物についても「魚やイカを食べていたらしい」という推定で、断定ではありません。検出された分子も長い年月で変質しており、当時のままの姿ではない点には注意がいります。とはいえ、これまで形でしか語れなかった翼竜について、化学からも語れるようになった意味は小さくありません。
出典
Kliti Grice et al. “Multi-staged mineralization and biomarker preservation in a 113-million-year-old pterosaur bone via redox shifts in diagenesis.” iScience, 2026.(オープンアクセス)
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