地球“最古”の隕石クレーター、ついに年代特定 ―― 西オーストラリアの極小ジルコンが手がかり

宇宙・天文
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地球で見つかっているなかで、いちばん古い隕石クレーターの「正確な年代」が、ようやく絞り込まれました。決め手になったのは、肉眼ではほとんど見えないほど小さなジルコンという鉱物のかけらです。場所は西オーストラリア。ここに刻まれた傷跡が、いまから約30億年前のものだと突き止められました。地球が生まれたのが約46億年前なので、その3分の2ほどもさかのぼった時代の出来事です。

古いクレーターが残りにくい理由

月の表面を見ると、大小のクレーターがびっしり残っています。地球も昔は同じように、たくさんの天体がぶつかっていたはずです。ところが地球では、古い時代のクレーターがほとんど見つかりません。理由は単純で、雨や風による侵食、プレート(地殻の板)の動き、それに熱や圧力による岩石の変質で、衝突の痕跡が長い時間のうちに消されたり、書き換えられたりしてしまうからです。

だから、残っている数少ない痕跡でも「いつぶつかったのか」を年代として言い当てるのは、とても難しい作業になります。今回の舞台になった西オーストラリアのピルバラ地域は、地球でも数えるほどしかない、太古の岩石がそのまま残る場所です。その中心にあるのが「ノースポール・ドーム(North Pole Dome)」と呼ばれる一帯で、ミラルガ(Miralga)という別名でも知られています。地表には、衝突の衝撃波が岩を円錐状に割った「シャッターコーン」という独特の模様が広がっていて、ここで大きな天体衝突があったこと自体は、以前からわかっていました。

ジルコンが示した約30億年前

研究チーム(カーティン大学のクリス・カークランド氏らと、西オーストラリア地質調査所の共同)は、この衝突が起きた年代を、30億2400万年前ごろ(誤差は約700万年)と突き止めました。これほど古い岩石の年代としては、かなり精密な数字です。

この結果によって、それまで最古とされてきた同じ西オーストラリアのヤラバブ(Yarrabubba)クレーター(約22億年前)を、およそ8億年もさかのぼることになります。つまりノースポール・ドームは、地球で確認されているなかで最も古い隕石クレーターであり、しかも太古代(たいこだい/約40億〜25億年前)に残る唯一の例ということになりました。

鉱物を“時計”に使う手法

年代を読み解く鍵になったのが、ジルコンの性質です。ジルコンは結晶の中にウランをわずかに取り込みます。そのウランは一定のペースで鉛に変わっていくので、ウランと鉛の比率を測れば、結晶ができてからどれだけ時間が経ったかがわかります。岩石の年代測定では定番の“時計”です。

ノースポール・ドームのジルコンには、枝分かれした骨のような、変わった形のものが交じっていました。研究チームはこれを、衝突の激しい熱で古いジルコンがいったん壊れ、一部が溶けて作り直された結晶だと解釈しています。つまり衝突の瞬間に“時計”がリセットされ、そこから時を刻み直した結晶というわけです。その時計が指していたのが、約30億年前でした。

さらにチームは、アパタイトという別の鉱物でも年代を測りました。アパタイトは、衝突で傷んだ岩の割れ目を熱い流体が通るときに育った鉱物です。こちらも、ジルコンとほぼ同じ年代を示しました。種類の違う二つの鉱物が同じ答えを返したことで、これは長い時間をかけた別々の出来事ではなく、隕石衝突という単発の大きなイベントの跡だ、という見立ての確からしさが増しました。

初期の地球にとっての意味

約30億年前の地球は、いまの姿とはまるで違います。大気にはほとんど酸素がなく、地表の多くは海に覆われ、あちこちで火山が活動していました。生命はまだ微生物がようやく足場を築き始めたころで、その痕跡はストロマトライト(微生物が層状に積み重なってできた構造)として残っています。

カークランド氏によれば、これだけ大きな衝突は単に地面に穴を開けるだけでなく、熱水だまり(熱いお湯のたまり場)のような、微生物が暮らしやすい環境を作り出した可能性があるといいます。生命がどこで始まったのかを考えるうえでの手がかりになるかもしれません。また、放出された莫大なエネルギーが、地殻の一部を別の部分の下へ押し込んだり、地下深くのマグマを上へ押し上げたりして、初期の地殻のかたちづくりや、大陸の土台になるクラトン(安定した広い陸塊)の形成にも関わったのではないか、とも指摘しています。いずれもまだ「そうかもしれない」という段階ですが、たった一発の衝突が、その後の地球の歴史にまで響いていた可能性があるわけです。

年代をめぐる論争

この年代は、すんなり決まったわけではありません。最初にこの構造が報告された2025年3月の研究では、約34億7000万年前と見積もられていました。ところがその後、別のチームが「それは古すぎる。どんなに古くても27億年前より新しいはずだ」と反論し、27億7000万年前から4億年前という、地球の歴史のおよそ半分にもまたがる幅で見直しを迫りました。今回の30億2400万年前という数字は、当初の見積もりより新しくはなったものの、最古の座は揺るがない、という決着のつけ方になっています。

今回の研究は、Geologyという査読付きの専門誌に発表されたものです。ただ、これでこの衝突跡の年代が完全に確定したと言い切れるわけではありません。研究チーム自身も、ジルコンだけに頼った結論ではなく、衝撃を受けた石英やアパタイトの年代、その時代に大きな加熱を起こすような別の出来事が知られていないことなど、複数の根拠を挙げて補強しています。それでも「最古の有力候補であり、同時に議論の対象でもある」というのが、いまの正直な立ち位置です。今後さらに検証が進むことで、評価が固まっていくことになりそうです。

出典・参考リンク

カーティン大学プレスリリース:Oldest Known Asteroid Impact on Earth Precisely Dated to 3 Billion Years(無料で読めます)

元論文(Geology 誌):How Old is the North Pole Dome Impact, Western Australia?(本文は有料の場合があります)

Universe Today:Crystalline Clocks Confirm Earth’s Oldest Crater

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