分光器(ぶんこうき)といえば、机に置けないほど大きくて高価な、研究室の専用機器でした。その分析能力を、砂粒ほどの大きさのチップに丸ごと詰め込んだ、という研究が発表されました。カリフォルニア大学デービス校(UC Davis)のチームによるもので、光学誌『Advanced Photonics』に載っています。
面積はおよそ0.4平方ミリメートル。半平方ミリにも満たない、米粒よりずっと小さなチップが、これまで実験室の据え置き装置でないとできなかった分析をこなします。
分光器が大きくなる理由
分光器は、物が反射したり通したりする光の「色の混ざり具合」を細かく調べて、その物が何でできているかを読み取る装置です。病気の診断、農作物の状態チェック、水や大気の汚染の測定など、使いどころは幅広くあります。
従来の分光器は、プリズムや回折格子(こうかくし=細かい溝で光を分ける部品)を使い、光を虹のように広げてから、色ごとの強さを測ります。ただ、この「光を広げる」工程には、ある程度の距離が要ります。光を進ませるぶんの長さがどうしても必要になるので、装置は大きくならざるを得ませんでした。これが小型化を阻んでいた壁です。
光を閉じ込める表面とAIの組み合わせ
今回のチップは、光を物理的に広げるのをやめました。代わりに使うのが、16個のシリコン製の受光素子(フォトダイオード=光を電気信号に変える部品)と、AIです。
16個の素子は、それぞれ違う波長(光の色)に対して、違った反応を返すように作られています。チップそのものが色を分けるのではなく、「16個がそれぞれどう反応したか」という組み合わせから、元の光のスペクトル(色の内訳)を計算で復元するという発想です。この復元を担うのが、ニューラルネットワーク(脳の神経のつながりをまねた、パターンを学ぶAIの仕組み)です。あらかじめ大量の見本と照らし合わせて学習させてあり、測った信号から逆算して元のスペクトルを組み直します。
もう一つの工夫が、受光素子の表面に施したナノサイズの凹凸です。入ってきた光をこの表面で散らし、薄いシリコンの層の中に閉じ込めます。光を素材の中に長くとどまらせることで、シリコンが光を吸収しやすくなる、という仕掛けです(研究では「フォトン・トラッピング」=光を捕まえる表面、と呼んでいます)。

近赤外まで広げた感度
この表面加工が効くのが、近赤外(きんせきがい=目に見える赤い光より少し波長が長い、人の目には見えない光)の領域です。ふつうのシリコンは、波長が950ナノメートルあたりを超えると光をうまく吸収できなくなり、感度が落ちます。今回のチップは光を閉じ込める工夫のおかげで、その先の波長でもはっきりとした反応を示し、1100ナノメートルあたりまで感度を広げられたといいます。
近赤外は、物の成分を見分けるうえで情報の多い帯域です。ここを安いシリコンでカバーできるのは、実用面で意味のある一歩です。性能の数字でいうと、波長の見分けはおよそ8ナノメートル刻み。さらに、外から強いノイズ(電気的な乱れ)を加えても信号がつぶれにくく、持ち運ぶ機器や低コストの電子部品で起きがちな雑音に強い、という特徴も確認されています。
想定される使い道
第一著者のアハサン・アハメド氏は、分光器の力を「研究室から取り出して、ポケットに入れたかった」と語っています。チップが十分に小さく、ノイズにも強ければ、これまで専用装置でしかできなかった分析を、携帯できる機器に組み込める可能性が出てきます。
研究を率いたサイフ・イスラム教授は、腕時計やスマホが写真を撮るだけでなく、身のまわりの物の成分まで読み取るような未来につながる、という見方を示しています。病気の診断、食品の品質チェック、環境のモニタリングといった場面で、その場ですぐ測れる小型センサーへの道をひらく技術、という位置づけです。
解釈上の留意点
ここで紹介したのは、研究として性能を示した段階の成果です。チップ単体での測定がうまくいったということであり、誰の手元にもすぐ届く製品になった、という話ではありません。実際の機器に組み込んで安定して使えるか、量産できるか、用途ごとにどこまで精度が出るかは、これからの検証にかかっています。「研究室の装置が砂粒サイズになった」というインパクトはたしかですが、過度に期待を先回りせず、こういう方向に進みつつある、と受け止めておくのがちょうどよさそうです。
出典
- Ahasan Ahamed et al., “AI-augmented photon-trapping spectrometer-on-a-chip on silicon platform with extended near-infrared sensitivity,” Advanced Photonics 8(1), 016008 (2026)(元論文)
- Spectrometer on a Chip is a Revolution in Sensing Technology(UC Davis)
- AI-driven ultrafast spectrometer-on-a-chip: A revolution in real-time sensing(SPIE)


コメント