機内モードにし忘れたまま離陸して、ふと画面を見たら電波が立っている。高度3万フィート、雲の上を時速800kmで飛んでいるのに、地上にいるときと同じように通知が届く――。たまにこういうことが起きます。地上の基地局の電波がたまたま届いたわけではありません。その飛行機が、自分の機内に小さな携帯基地局を積んでいるのです。

上空で電波が届きにくい理由
そもそも、巡航中の旅客機ではふつう携帯の電波はほとんど入りません。理由は大きく2つあります。
1つは速さです。旅客機は時速800km前後で飛んでいるので、ひとつの基地局のカバー範囲を一瞬で通り過ぎてしまいます。スマホが「この基地局につなごう」と判断する間もなく、その基地局は後ろへ流れていきます。
もう1つは高さと、アンテナの向きです。地上の基地局のアンテナは、地面を歩いている人や走っている車に向けて、下向き・横向きに電波を飛ばすよう設計されています。空に向けては飛ばしていません。巡航高度の3万フィートはおよそ9km上空で、つまり機体は基地局のアンテナがそもそも狙っていない方向にいます。届く電波がもともと少ないうえに、その薄い電波にしがみつく前に通り過ぎてしまう。だから上空では圏外になるのがふつうなのです。
機内の小型基地局という答え
この問題を、機内にとても小さな基地局を置くことで解決しているのが、一部の航空会社が採用している「AeroMobile(エアロモバイル)」というしくみです。座席の上のどこかに、ピコセルと呼ばれる小型の基地局が積まれています。ピコセルは、ごく狭い範囲だけをカバーする弱い携帯基地局のことです。
機内モードを解除すると、スマホはこのピコセルに「いちばん近くて入りやすい基地局」としてつなぎにいきます。地上の基地局を遠くから無理やり拾っているのではなく、すぐ頭上の機内基地局につないでいるわけです。だから速度や高度に邪魔されず、安定して電波が立ちます。
つなぎ方は機材によって違い、最初は3G、新しいものでは4Gや5Gが使われます。機内Wi‑Fiのように専用ページ(ログイン画面)を経由せず、ふだんスマホが基地局につなぐのと同じ手順で、そのまま通信が始まります。
地上ではなく衛星につながる経路
ここがいちばんおもしろいところです。機内のピコセルにつないだあと、そのデータはどこへ行くのか。答えは、地上ではなく上の衛星です。
機体の上面にあるアンテナが衛星と通信し、衛星を経由して地上のインターネットへ抜けます。実は、この「外への出口」の部分は機内Wi‑Fiとまったく同じしくみです。違うのは、客室の中で乗客に配る方法がWi‑Fiか携帯電波か、という一点だけ。AeroMobileは、その配り方を携帯電波にしたものだと考えると分かりやすいです。
AeroMobileを運営しているのは、機内エンターテインメント大手パナソニック・アビオニクスの子会社です。衛星との通信にはKuバンドとLバンドという周波数帯を使い、パナソニックが利用できる複数の衛星とやりとりします。近年は、上空のずっと高いところに静止している静止軌道衛星と、地球の近くを速く回る低軌道衛星(Eutelsat OneWeb)を、状況に応じて自動で切り替える方向で開発が進んでいます。静止軌道は広い範囲をカバーでき、低軌道は通信の遅れが小さく速度も出やすい、という役割の違いがあります。
このしくみ自体は急に登場したものではありません。AeroMobileが機内向けの通信ハードを最初にデモしたのは2005年、当時のGSM/GPRSという規格でした。3Gに対応した機体が飛び始めたのは2015年で、地上で3Gが当たり前になってから10年以上あとのこと。機内の通信は、地上より数年遅れて追いかける形で進んできました。
料金面の注意点
機内Wi‑Fiの数千円〜という有料ページを通らずに外に出られるので、一見おトクに思えます。ただし、ここには見落としやすい落とし穴があります。
機内モードを解除して機内基地局につなぐと、その通信は自分の契約している携帯会社の「国際ローミング」として扱われます。つまり、海外で現地の電波を使ったときと同じ課金になり得ます。Wi‑Fiの利用料を払わずに済んだ代わりに、ローミング料金が乗ってくる、ということです。
しかもこれが使えるかどうかは、自分の契約している携帯会社がAeroMobile側と提携しているかにもよります。提携があれば(料金は別として)つながり、なければそもそもつながりません。準備せずに機内モードを切ると、知らないうちに高額なローミング料金が発生する可能性があるので、出発前に自分の契約内容を確認しておくのが無難です。
利用上の留意点
通信の品質も、いつでも快適というわけではありません。飛行ルートやその日の天候、衛星のカバー状況によって、よく入る日もあれば不安定な日もあります。さらに、同じ1本の衛星回線を機内の何十人・何百人で分け合うため、混雑すると一人あたりの速度はぐっと落ちます。動画をなめらかに見られるほどの速度が常に出るとは限りません。
機内でどうしても見たいものがあるなら、回線に頼るより離陸前にダウンロードしておくほうが確実です。機内の通信は「うまく入ったらラッキー」くらいに考えて、大事な連絡の手段としては当てにしすぎないのがちょうどいい距離感だと思います。
出典・もっと知りたい人へ
この記事は、以下の情報をもとにまとめました。


コメント