生命の始まりに迫る小さなRNA――45個の部品でできた「QT45」が自分自身をコピーした

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量子力学の土台を築いた物理学者マックス・プランク。その名を冠した研究所が世界中にあるほどの人物ですが、彼が1940年代に発表した論文2本が、いつのまにか「撤回」された状態になっていたことが分かりました。撤回の理由として記されていたのは「著作権侵害」。ノーベル賞をとった物理学者の、しかも80年以上前の論文が、なぜ今ごろ——。調べを進めた科学史の研究者たちがたどり着いたのは、陰謀でも研究不正でもなく、学術誌をデジタル化する過程で動いた自動処理のしくじりでした。人ではなく機械が、歴史的な論文を静かに葬りかけていた、という話です。

撤回されていた1940年代の論文2本

問題になったのは、ドイツ語の科学誌『ナトゥアヴィッセンシャフテン(Naturwissenschaften)』に載った2本の論文です。この雑誌はいまSpringer Natureという大手出版社が所有していて、名前も『The Science of Nature』に変わっています。プランクは1918年に量子の発見でノーベル物理学賞を受けた人物で、業績にも人柄にも、これまでスキャンダルらしい話は一つもありませんでした。

ところがその2本、1940年の論文と1942年の論文が、2011年にひっそりと撤回されていました。撤回の理由はどちらも「著作権侵害」という、それだけ見てもよく意味の分からないものです。しかも扱いが普通ではありませんでした。学術誌が論文を撤回するときは、たいてい本文の上に大きく「RETRACTED(撤回済み)」と印を付けたうえで、記録として本文自体はダウンロードできる状態を保ちます。ところがプランクの2本は本文まるごと消され、残っていたのは白紙のページと中身のない空のPDFだけ。「取り下げられました」という短い注記があるだけの、いわば完全な抹消でした。

発見のきっかけと最初の違和感

気づいたのは、ケベック大学モントリオール校の科学史家イヴ・ギングラスさんです。撤回された論文を追う「Retraction Watch」というサイトに、ノーベル賞受賞者で論文を撤回された人の一覧があり、そこにプランクの名前を見つけて二度見したといいます。人柄でも知られた人物で、1933年にはナチス政権のユダヤ人差別政策に面と向かって異を唱えたことでも語り継がれるほど。そんな人が論文撤回のリストに載っている——「何かおかしい」。そう感じたギングラスさんは、同僚の科学史家マフディ・ケルファウイさんに連絡し、二人で調べ始めました。

調査の結果は、arXivというサイトにプレプリント(査読前の論文)として公開されています。まだ正式な査読を経ていない段階のものですが、そこで示された筋道が、なかなか説得力があります。

自動処理を疑わせた手がかり

2本のうち1942年の論文は「正確な科学の意味と限界」という、科学における確かさとは何かを論じた哲学的な講演でした。この講演は1941年から43年にかけて何度も形を変えて世に出ています。もとは講演として語られ、いくつかの雑誌に載り、本にも二度収められました。同じ内容を場所を変えて繰り返し出す——これは現代の目で見ると「重複出版」や「自己剽窃(じこひょうせつ=自分が過去に書いたものを別の場所で使い回すこと)」に映ります。皮肉なことに、Springer自身も2001年にプランクの講演集としてこの1941年の講演を再刊しているのですが、機械はそこまで文脈を汲んではくれません。

謎が深まったのはもう1本、1940年の論文のほうです。こちらも「著作権侵害」で撤回されているのに、調べてみるとどこにも再録されていない。使い回しようがないのに、なぜ引っかかったのか。ここで手がかりになったのが、論文のタイトルでした。1940年11月、哲学者のアロイス・ミュラーが同じ雑誌でプランクの考え方を批判します。プランクは「観測とは無関係に外の世界は実在する」という立場で、当時ボーアやハイゼンベルクが推した“観測して初めて状態が定まる”という解釈(シュレーディンガーの猫でおなじみの考え方)に反対していました。そのミュラーの批判に、プランクは反論を書きます。ところがこの反論、ミュラーの論文とまったく同じタイトルを付けていたのです。

人が見れば、批判と反論という別々の二つの文章だと一目で分かります。けれど「同じタイトル=同じ論文の重複」と単純に判断する自動チェックなら、これを重複や権利侵害と読み違えてもおかしくありません。つまり、機械的な照合が引き起こしたミスだと考えると、二つの撤回の説明がきれいにつく。ここが、人ではなくアルゴリズム(自動処理の手順)が犯人だと疑わせる決め手になりました。

当時の出版文化と現代の物差し

そもそも20世紀のはじめは、いまとは出版のやり方がずいぶん違いました。研究者は言語も地域もばらばらに散らばっていて、知識をできるだけ広く行きわたらせることが優先されます。だから一つの講演や論考が、講演として、小冊子として、複数の雑誌に、そして翻訳として——いくつもの形で出回るのはごく当たり前のことでした。講演と会議録と論文と論文集の境目も、今ほどはっきりしていません。

一方、現代のデジタル出版はその逆を前提にしています。論文は一つひとつが数えられる独立した単位で、誰のものかがはっきりしていて、固有の識別番号や引用数がひもづく。研究者の採用や昇進、研究費の獲得に論文の数が効いてくるので、使い回しは厳しく管理されます。そのルールを、80年前の論文にさかのぼって当てはめてしまった。時代の物差しの取り違えが、この撤回の正体だったわけです。

消えかけた歴史の記録

さらに言えば、著作権という点でももはや問題は残っていません。プランクは1947年に亡くなっていて、多くの国で彼の著作はすでにパブリックドメイン(誰でも自由に使える状態)に入っています。侵害しようにも守るべき権利がもう存在しないのです。

そして皮肉なのは、消されたはずのこの2本が、今も非営利のInternet Archiveでは読めること。もとの雑誌を出した出版社のプラットフォームからは消え、無償のアーカイブのほうに残っている、という逆転が起きています。ギングラスさんは、誰がやったかの犯人捜しにはこだわらないとしたうえで、記録としてデータベースに戻すべきだ、知的にこれは受け入れられない、と語っています。歴史の一次資料が、誰の悪意もないまま静かに欠けていく——それを元に戻すのは当然だ、という主張です。

この一件が起きたのは2011年ごろ、いまの生成AIが話題になるよりずっと前のことです。それでも、権利侵害の自動検出という仕組みが、人の目を通さずに歴史的な文書を消してしまえた。判断を機械に委ねるほど、その機械が取りこぼす“文脈”のぶんだけ、静かな取り違えが起こりうる。最新のAIの話ではないぶん、かえって自動化の落とし穴を素朴な形で見せてくれる事例だと言えそうです。

解釈上の留意点

「自動処理のしくじりだった」というのは、調査した二人がたどり着いたもっとも筋の通る説明であって、Springer側が公式に認めた結論ではありません。また、この調査自体がまだ査読前のプレプリントの段階です。報じられた時点では2本は元に戻されていません。あくまで「アルゴリズムの誤判定という見立てが有力」という受け止めが妥当で、そこから「だからAIは危ない」と一足飛びに広げる話でもありません。文脈を汲まない自動チェックを、人の確認なしに走らせることの危うさ——論点はそこにあります。

出典

調査のプレプリント(査読前):Yves Gingras & Mahdi Khelfaoui, “The Curious Case of Max Planck retracted papers”(arXiv

Science(AAAS)による報道:Why have papers by one of history’s most famous physicists been retracted?

Ars Technica:Why did this journal retract two 1940s papers by Max Planck?

Hackaday:The Terrifying 2011-Era Case Of Max Planck’s Retracted Papers

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