海の底で切り離された小さな組織が、3年以上たっても腐らず、栄養を取り込みながら育ち続けていた——。ナマコのある一種で、そんな現象が確認されました。生き物の一部だけがこれほど長く「生きた」状態を保つのは珍しく、老化や組織の寿命を調べる新しいモデルになるかもしれません。

発見のきっかけ
始まりは、研究室でのちょっとした気づきでした。カナダ・メモリアル大学のチームがスカーレットナマコ(Psolus fabricii、大西洋や北極海の冷たい海にすむ赤いナマコ)を別の水槽へ移したとき、水槽の底に管足(かんそく=移動に使う細いチューブ状の足)がいくつか残されていた。ナマコは自然界でも管足や触手(しょくしゅ)を落とすことがあるので、それ自体は珍しくありません。ふつうなら数日でぼろぼろに崩れて消えていくはず。ところが、数日たっても残っていた。
気になったチームは、メスで切り取った触手や体壁(たいへき=胴体の壁)でも同じことが起きるのかを調べ始めます。
3年以上生き続けた組織
結果はきれいに分かれました。体壁の組織は数週間で死んでしまったのに、管足と触手は3年以上も生きたまま残ったのです。しかも、切り口の傷はきれいにふさがり、古い死んだ細胞は片づけられ、生きた細胞は分裂していた。1年目が終わるころには、もとの大きさより少し大きく育っていたものもあったといいます。研究チームはこれを「ゾンビ・プロジェクト」と呼ぶようになりました。
「生きている」といえる根拠
口も内臓もない、ただの切れはしが、どうやって生きていたのか。研究チームが目印になる原子で標識したアミノ酸(=タンパク質のもとになる栄養素)を海水に加えると、組織がそれを吸い込んでいるのが見えました。まわりの海水に溶けている栄養を、体の表面から直接取り込んでまかなっていたわけです。数センチの泥に埋もれても腐らなかった。触手にいたっては、切り離されてから何年たっても、触れられると伸び縮みで反応した——神経のネットワークが生きたまま保たれている、ということです。
つまりこの切れはしは、腐らないだけでなく、傷を治し、栄養を取り、かたちを作り替えるという「生きているらしいこと」をひと通りやっていた。ただし新しいナマコに育つわけではなく、ふつうの意味での「生き物」とも言いきれない、宙ぶらりんな状態です。
老化を調べる新しい足がかり
研究に関わっていない再生生物学者のホセ・ガルシア=アララス氏(プエルトリコ大学)は、これが老化を調べる新しい道になりうると話しています。理由は、同じ1つの組織から「切り取って1週間のもの」と「3年たったもの」がそろって手に入るから。出どころが同じで年齢だけが違う組織を並べて比べられるというのは、時間とともに細胞に何が起きるかを追う材料として扱いやすい、というわけです。
研究チームは論文で、自然の環境のなかでこれほど長く生き延びて成長した組織は、これまで報告がなかったとしています。無菌にした実験室ではなく、バクテリアだらけの「ふつうの海水」でこれが起きたことも、見方を変えるポイントです。汚れた環境どころか、その豊かな海水こそが組織を養っていたことになります。
解釈上の留意点
派手な話ですが、範囲は冷静に見ておきたいところ。論文のタイトルには「不死(immortality)」という強い言葉が使われていますが、これはあくまで研究チームの表現で、人間の若返りや延命にそのまま結びつく話ではありません。ガルシア=アララス氏も、次の一歩として「その組織のなかにどんな細胞がいるのかを正確に突き止めること」が必要だと指摘しています。中身がわからないうちは、何が起きているのかも本当には言えない、というわけです。
同じチームがほかのナマコでも試したところ、多くは3か月半ほどで死んでしまったという報告もあり、この能力はスカーレットナマコに特有のものである可能性があります。今回の研究は査読を経て学術誌 Science Advances に掲載されたものです。
出典
S. Jobson et al. “Natural tissue immortality: Indefinite survival of sea cucumber explants.” Science Advances, 2026年5月29日. https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.aeb1394
Science News「Sea cucumbers harbor ‘zombie’ tissues that won’t die」 https://www.sciencenews.org/article/sea-cucumber-zombie-tissues-tentacles


コメント