歩いている人の脳の信号をその場で読み取り、一歩ごとに刺激の強さを変える——そんな体内の装置を、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)が作りました。狙うのは、パーキンソン病のなかでもとくに治りにくいとされる「歩きにくさ」の改善です。心臓のペースメーカーが心臓のリズムに合わせて働くように、この装置は歩行のリズムに合わせて脳への刺激を調整します。

パーキンソン病で治りにくい歩行障害
パーキンソン病は、脳の中でドーパミンという物質を作る神経細胞が減っていくことで、手の震え、体のこわばり、動きの遅さといった症状が出る病気です。世界で1000万人以上が抱えているとされます。
この病気の治療のひとつに、脳深部刺激(DBS=脳の奥に細い電極を埋め込んで電気で刺激する方法)があります。震え・こわばり・動きの遅さには、しばしば劇的に効きます。ところが、歩きにくさ——とくに足が地面に張り付いたように出なくなる「すくみ足」や、転倒——には効きにくいことが多く、ここが長年の課題でした。歩行の問題は、生活の自立を奪う大きな原因になります。
「流しっぱなし」の刺激という限界
UCSFのチームは、従来のDBSが歩行に効きにくい理由を、刺激のしかたに見ました。歩くという動作は刻一刻と変わり、一歩ごとに脳・脊髄・筋肉が左右のタイミングを細かく合わせています。それに対して、従来のDBSは本人が何をしていても同じパターンの刺激を流し続けます。つまり、変化し続ける歩行に対して、刺激のほうは固定されたままだったわけです。
一歩ごとに応える適応型の仕組み
そこで開発されたのが、一人ひとりに合わせた適応型DBS(aDBS)です。研究チームはまず、左右それぞれの足の動きに結びつく脳の信号を見つけ出しました。その信号を、埋め込んだ刺激装置そのものに直接組み込みます。すると装置は、歩行の各局面に合わせて、コンマ数秒の単位で自動的に刺激を変えられるようになります。外部のコンピュータをつなぐ必要はなく、装置が単体で判断するため、実験室の外の日常生活でも使えます。
筆頭著者のケネス・ルイ氏は、脳には動きについての豊かな情報が含まれていて、一歩ごとの神経の特徴をとらえて刺激の手がかりに使えた、と説明しています。つまりこの装置は、刺激を「流しっぱなしにする」のではなく、歩く動作そのものに合わせて「応える」ようになった、というのが核心です。
5人での検証と転倒の減少
研究には、すでにDBS手術を受け、UCSFの研究プログラムに参加していたパーキンソン病の患者5人が加わりました。治療用の電極に加えて、運動に関わる脳の領域に研究用の電極を置き、一人ひとりの歩行に対応する脳信号を特定したうえで、装置をその人専用にプログラムしています。
実験室での測定では、左右の足の動きの対称性が改善し、歩き方のばらつきが減りました。どちらも、より安定して効率のよい歩行を示す目安です。さらに参加者は、日常生活のなかで複数日にわたる盲検クロスオーバー試験(本人にも、適応型がオンかオフか分からない状態で切り替えて比べる試験)を行いました。その結果、適応型が働いている期間は転倒が減り、しかもパーキンソン病の他の症状のコントロールは保たれていました。重い有害事象は起きず、患者は素早い刺激の切り替えにも問題なく耐えられたといいます。
歩行の先にある応用
この研究は、脳刺激の考え方そのものの転換でもあります。これまでの適応型DBSの多くは、病状のゆっくりした変化に反応するものでした。今回のUCSFの方法は、「行動そのもの」に直接反応する点が新しいところです。
上級著者のドリス・ワン氏は、これは歩行だけの話ではなく、脳刺激が「その人がいま何をしているか」にリアルタイムで合わせられることを示したものだ、と述べています。将来的には、動作だけでなく、発話・気分・認知といった脳の働きに応じて刺激を調整する治療につながる可能性がある、という展望です。必要なときに、必要な場所にだけ刺激を届ける——そんな次世代の脳治療への一歩、という位置づけです。
現時点での留意点
もっとも、これは参加者5人の小規模な研究です。効果をはっきり確かめるには、より大きな試験が必要だと研究チーム自身が述べています。研究で使われたのは試験用の装置で、すぐに一般の治療として受けられるものではありません。早い段階の有望な結果として受け止めるのが、ちょうどよい距離感だと思います。なお、この成果は医学誌『Nature Medicine』に2026年6月15日付で掲載された、査読を経た研究です。
出典・もっと知りたい人へ
研究論文(Nature Medicine):Adaptive deep brain stimulation for gait in Parkinson’s disease
UCSFプレスリリース:Brain Stimulation That Adapts to Parkinson’s Patients’ Every Step
解説記事(New Atlas):New Atlas(医療カテゴリ)


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