シカゴ郊外の草原に現れた一羽
2026年5月10日の日曜日、イリノイ州バリントンヒルズ近郊にあるヒル・アンド・デール保護区で、ルーク・ダールバーグさんはカメラを構えていました。シカゴの中心部から北西へおよそ40マイル、車で1時間ほどの草地です。保全団体シチズンズ・フォー・コンサベーションで種子プログラムを担当している人で、休日の「職場」がそのまま撮影地になった格好です。狙いは、南米から渡ってきたばかりのボボリンク(コメクイドリ)のオスでした。
ボボリンクはスズメ目ムクドリモドキ科の小さな鳥で、日本では見られません。ブラジルやアルゼンチンの草原で冬を越し、春に北米へ渡って草地で繁殖します。渡りの距離は鳥のなかでも屈指の長さです。繁殖期のオスはかなり目立つ姿をしていて、体の下側が黒、背中側に白、そして後頭部に淡い黄褐色の斑が乗ります。ダールバーグさんはこれを「タキシードを後ろ前に着ているよう」と表現しています。いっぽうメスは、全身が地味な黄褐色。この時期のオスはよく歌い、よく姿を見せるので、撮るなら今というタイミングでした。

ところが家に帰って写真を見返すと、1羽だけ様子の違う鳥が写っていました。顔を向けたその個体は、繁殖期らしくない淡い色をしている。オスは繁殖期を外れるとメスと同じような黄褐色になるので、そのときは「変わった換羽をしている個体だろう」と考えて、それ以上は気に留めませんでした。
数週間後、同じ保護区にイリノイ・オーデュボン協会の人たちが訪ねてきました。ダールバーグさんが例の妙な鳥を指して説明したところ、そこで初めて、自分が撮っていたものの正体を知ることになります。
その鳥は、体の右半分がオスの羽、左半分がメスの羽でした。境目は、体の真ん中を縦にまっすぐ通っています。「ユニコーンを撮影するほうが、まだ確率が高かった」とダールバーグさんは振り返っています。
雌雄モザイクという現象
この状態は「雌雄モザイク」(両側性雌雄同体、bilateral gynandromorph)と呼ばれています。体の左右で、オスの細胞とメスの細胞が分かれて存在している状態です。羽の色に性差のある種だと、その境目が見た目にはっきり出ます。
仕組みを理解するには、鳥の性の決まり方を先に押さえておく必要があります。人間はXXが女性、XYが男性ですが、鳥は逆で、2種類の染色体を持つほうがメスです。ZZの組み合わせがオス、ZWがメスになります。
ここからが有力とされている説明です。メスの体の中で卵のもとになる細胞ができるとき、減数分裂という細胞分裂が起こります。ZとWの染色体が振り分けられ、片方は卵になり、もう片方は「極体」という小さな細胞になって、やがて壊れてなくなります。この振り分けがうまくいかないと、卵のほうに染色体が余分に残ってしまうことがある。そこへZを持つ精子が2つ入り込むと、生まれてくる胚のなかにZZの細胞とZWの細胞が混ざった状態ができあがります。胚が育っていく過程で、この2種類の細胞がそれぞれ体の左右をつくる——というのが、いま考えられている筋道です。

この説明をしているのは、スティーブン・F・オースティン州立大学で生物学部長を務めるブライアン・ピアーさん。ただし本人も、実験室で確認できた例がごく少ないうえでの理解だと断っています。今回の個体で実際にそうだったのかは、確かめられていません。
観察例の乏しさと、今回の例外
雌雄モザイク自体は、鳥に限らずチョウやハチでも知られている現象です。ただ、鳥では記録がとにかく少ない。フィールド博物館の鳥類学者・保全生態学者であるキャメロン・ラットさんによると、地球上に1万1,000種以上いる鳥のうち、雌雄モザイクが科学文献に記載されているのは約45種。個体数にすると100羽に届きません。ボボリンクでの記録は、今回が初めてです。
数が少ないのは、現象そのものが稀だからというだけではありません。見つかったとしても、たいていは一瞬で終わるからです。渡りの途中で餌台に立ち寄った、といった程度の目撃が多く、じっくり見る間もなく飛んでいってしまう。
そこが、今回の個体の変わっているところでした。この鳥は保護区に居着いて、なわばりを構えたのです。2か月近くのあいだ、ほぼ決まった場所で見ることができました。しかもその場所は、保護区に1本だけ通っている道のすぐそば。「道の真ん中を歩いていると、頭の上を飛んでいく」という状態です。
同定を確かめるために呼ばれたラットさんは、この鳥を1,000枚ほど撮影しました。「ブラック・アンド・タン」という愛称も付きました。ダールバーグさんは当初「トゥーフェイス」という案も聞いたそうですが、悪役じみているという理由で採らなかったといいます。
ラットさんが語る印象が、この鳥の見え方をよく表しています。飛びながら歌う習性があるので、鳥は空中を旋回する。すると右に飛んだときと左に飛んだときで、まったく別の2羽に見えたというのです。同じ1羽なのに、です。
左右に分かれなかったふるまい
鳥のメスは、体の左側にある卵巣だけが機能します。右側は発達しません。そしてブラック・アンド・タンのメス側は、ちょうど左でした。つまり理屈のうえでは、卵を作る仕組みが揃っている側とメスの体が一致していたことになります。
それでも、この鳥のふるまいはオスそのものでした。よく歌い、求愛の飛行をし、なわばりを守り、メスに寄り添う。ほかのオスのボボリンクと見分けがつかなかった、とラットさんは述べています。そして最終的に、この鳥はメスとつがいになり、巣を作り、ヒナを巣立たせました。
体は真ん中でくっきり分かれていたのに、生き方のほうは分かれなかった、ということです。
もっとも、周りの鳥のほうは少し混乱していたようです。ダールバーグさんによると、ほかのオスたちはブラック・アンド・タンのどちら側を見ているかで反応が変わりました。オスの側から見たときは引き下がるのに、メスの側から見ると、興味を持って近づいてくる。同じ相手を前にしながら、見えている面で態度が変わっていたわけです。
捕獲を選ばなかった観察
雌雄モザイクの鳥について分かっていないことは、まだたくさんあります。体の内側がどうなっているのか、生殖の仕組みが実際にどう働いていたのか——今回の個体についても、そこは分からないままです。
ラットさんによれば、鳥を捕まえて詳しく調べるという選択肢は、関わった全員が採りませんでした。最大限に情報を得ようとすれば、この鳥を犠牲にすることになる。誰もそれを望まなかった、と説明しています。分からないままにしておくことを選んだ、ということです。
鳥はすでに保護区を離れました。ダールバーグさんは、来年の春にまた戻ってくることを期待しています。
この保護区は2022年から草原の復元が進められている場所で、ボボリンクの生息密度は北イリノイでも高いほうです。昨年は80羽を超えたといいます。北米の草原は生態系のなかでもとりわけ失われやすく、その保全が続いている土地に、これだけ珍しい個体が現れて夏を過ごしていった——団体の事務局長であるアビゲイル・ダービー・ルイスさんは、そこに意味を見ています。
解釈上の留意点
いくつか、押さえておきたい点があります。
まず、これは査読を受けた論文にもとづく話ではありません。現場での観察と、専門家への取材で構成された報道です。今後まとまった記録として発表される可能性はありますが、現時点ではその段階に至っていません。
「初めて」の範囲にも注意が要ります。雌雄モザイクという現象そのものは以前から知られていて、鳥ではショウジョウコウカンチョウやミドリミツドリなどの例が報告されています。今回初めてなのは、ボボリンクという種で記録されたことです。
発生の仕組みについても、上に書いた減数分裂の説明は、いまのところ最も有力とされている筋道であって、この個体で確かめられた事実ではありません。「約45種・100羽未満」という数字も、文献に記載がある分の集計です。気づかれずに終わった個体は、当然もっと多いはずです。
最後にひとつ。これは鳥の性染色体と、胚の発生の過程で起きたことについての話です。人間の性のあり方に重ねて読むような話ではありませんし、生物学的にもそういう対応関係はありません。あくまで、鳥の体がどう作られるかという範囲の出来事として受け取るのが正確です。
出典
Just how rare is this half-female, half-male bird sighting?(WBEZ Chicago、2026年8月11日)
Observations of a Bilateral Gynandromorph Northern Cardinal(The Wilson Journal of Ornithology、2014年)


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