月がどうやってできたのか。教科書的な答えは「約45億年前、火星くらいの大きさの原始惑星が地球にぶつかり、飛び散った破片が集まって月になった」です。この巨大衝突説(ジャイアント・インパクト説)は1970年代に提案され、2001年に計算機シミュレーションで標準的な形が固まりました。
ただ、破片が集まって月になるまでにどれくらいかかったのかは、はっきりしていませんでした。2026年9月1日、サウスウエスト研究所(SwRI)の Adeene Denton 氏らが、この衝突を計算し直した結果を The Astrophysical Journal Letters に発表しました。査読済みの論文です。変えたのは一点、「ぶつかる岩に硬さがある」という条件を計算に入れたことでした。すると、条件によっては月がまとまるまでの時間が5時間まで縮んだのです。
月の起源をめぐる定説と残された問い
まず、これまでの筋書きを確認しておきます。太陽系ができて1億年ほどたったころ、まだ若い地球に、火星サイズの原始惑星がぶつかりました。この天体はテイア(Theia)と呼ばれています。アポロ計画で持ち帰った月の石を調べると、月の年齢は約45億年。衝突はその時期に起きたと考えられています。
衝突でテイアは砕け、その材料の多くは地球に飲み込まれ、一部が地球のまわりに円盤状に散らばりました。この円盤の中で破片どうしが集まり、やがて月になった。これが標準的なシナリオで、円盤から月ができるまでには、それなりの時間がかかると見られていました。
一方で、この説には昔からの宿題があります。円盤の材料はおもにテイア由来のはずなのに、月の石と地球の石は同位体の組成がほとんど区別できないのです。テイアと地球が太陽系の同じ場所で生まれたのなら説明がつく、という考え方はありますが、決着はついていません。
「強度のない流体」という前提
2001年以来、巨大衝突の計算はある前提を置いてきました。ぶつかる地球とテイアを、硬さのない流体として扱う、という前提です。
理由は単純で、衝突のエネルギーがあまりに大きいからです。地球とテイアの大部分が溶けたり蒸発したりするほどの衝突では、岩が固いかどうかは結果に影響しないだろう。そう考えられてきました。共著者の Erik Asphaug 氏(アリゾナ大学)は、当時の論文はそういう理由で流体近似を使っていた、と説明しています。
ところが、小さな天体の衝突では話が違います。小惑星どうしの衝突や、準惑星とその衛星の形成を計算するとき、物質の強度を入れるかどうかで結果は大きく変わります。Denton 氏は以前、冥王星とその衛星カロンの形成を強度つきで計算した経験があり、同じことが月にも当てはまるのかどうかは分からなかった、と話しています。当てはまらないかもしれないし、当てはまるかもしれない。試してみるまでは、どちらとも言えない状態でした。
硬さを入れた計算で残った月
研究チームは、ベルン大学とアリゾナ大学で開発された計算手法を使い、温度によって変わる岩の強度を組み込んだ衝突シミュレーションを行いました。この方法で巨大衝突を計算したのは、これが初めてです。
結果は、前提が外れたほうでした。流体として計算すると、テイアの91%が地球に吸収され、残りは円盤になります。円盤の中に、テイアの2%より大きな塊はありません。ここまでは従来の結果どおりです。ところが同じ条件で強度を入れると、地球に吸収されるのは84%に減り、テイアのかけらが砕けずに、月1個分の質量のまま軌道に残りました。月の質量は火星の1割ほどですから、テイアの1割ほどが丸ごと残った計算になります。
効いていたのは、テイアの外側数百kmの部分の硬さでした。天体の深部にかかる圧力に比べれば無視できるほど小さな強度ですが、それでも外側が変形しにくくなることで、衝突の際の運動量の受け渡しが変わり、月のでき方そのものが変わります。Denton 氏によれば、2001年の計算と同じパラメータ——両天体の内部の温度構造まで同じ条件——に強度を加えただけで、およそ5時間のうちに無傷の月が現れました。

つまり、月は円盤の中で少しずつ育ったのではなく、衝突でちぎれたテイアの一部がそのまま月になった可能性がある、ということです。円盤ができて月が育つのを待つ必要がないので、時間が一気に縮みます。
熱さが決める衝突の時期
ただし、5時間という数字はひとつの条件での結果です。計算では温度をいろいろ変えていて、結果は温度に左右されます。岩は熱いほど柔らかく、冷えるほど硬くなるからです。論文によれば、熱いけれど固体のテイアなら無傷の月ができ、もっと冷えて硬くなったテイアなら、従来どおり円盤ができて、そこから月が育ちます。
ここで、温度が「時期」につながります。できたばかりの原始惑星は熱く、時間とともに冷えていきます。テイアがまだ熱いうちにぶつかったなら無傷の月、冷えてからなら円盤。月がどちらの生まれ方をしたかが、衝突がいつ起きたかの手がかりになる、というわけです。2001年の論文の著者で、今回の研究には関わっていない Robin Canup 氏は、月の揮発性物質の量といった現在の月の性質が、衝突当時の地球とテイアの温度と結びつくかもしれず、衝突の時期を絞り込む助けになりうる、とコメントしています。
とはいえ、当時の地球とテイアが実際どれくらい熱かったのか、つまりどれくらい硬かったのかを直接知る方法はありません。5時間はあくまで「その条件なら」の話です。月と地球の組成がなぜここまで似ているのかという宿題も、今回の計算で解けたわけではありません。
それでも、「衝突が激しすぎるから岩の硬さは無視していい」という25年来の前提が崩れたことの意味は大きいでしょう。同じ前提は、木星の衛星ガニメデの軸をずらした衝突や、土星の衛星タイタンの誕生など、太陽系のほかの大きな衝突の計算にも使われてきました。もし月の材料が円盤としてほとんど残らずに済むのなら、系外惑星のまわりの衛星(系外衛星)を探す際に頼りにしてきた「衝突の破片の円盤」も、思ったよりずっと短命で見つけにくいのかもしれません。
出典
C. Adeene Denton, Erik Asphaug, Namya Baijal, Robert E. Melikyan, “Collisional Capture of an Intact Moon Depends on Strength”, The Astrophysical Journal Letters 1008, L30(2026年9月1日)
https://doi.org/10.3847/2041-8213/ae91e9
SwRI プレスリリース(2026年9月1日)
SwRI-led modeling identifies new scenarios for Moon formation
Live Science(2026年9月9日、Harry Baker)
The moon may have formed in just 5 hours, new simulations suggest
Universe Today(2026年9月8日、Evan Gough)
Scientists Are Still Trying To Understand How the Moon Formed


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