【シルル紀の生物】ハチノスサンゴ – ルーペひとつで地球の自転を測った蜂の巣

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名前ハチノスサンゴ(学名 Favosites=「蜂の巣のようなもの」。ラテン語の favus「蜂の巣」から)
分類刺胞動物門 花虫綱 床板サンゴ類(絶滅)
時代オルドビス紀後期〜ペルム紀後期(約4億5000万年前〜約2億6000万年前)。もっとも栄えたのはシルル紀とデボン紀
発見地世界各地。基準となる種はスウェーデンのゴットランド島。日本では岩手県や岐阜県のシルル紀の地層など
群体の大きさ手のひらに載る程度から直径数十センチまで。半球形・ドーム形・板状など
個体(ポリプ)の大きさそれぞれの穴の径は1〜2ミリ前後。個体ごとに12本の触手を持つ

ハチノスサンゴは、古生代の海にいた床板(しょうばん)サンゴのなかまです。数ミリの六角形の筒がびっしりと束ねられた群体をつくり、割った断面が蜂の巣にそっくりなことからこの名前がつきました。シルル紀からデボン紀にかけての浅い海で礁(しょう)をつくった主役のひとつで、その骨格に刻まれた細い成長線は、地球の1日の長さが昔はいまより短かったことを示す証拠として使われました。

姿と暮らし

群体をつくる筒のひとつひとつは「莢(さや)」と呼ばれ、そこに1匹ずつポリプ(サンゴの個体)が入っていました。筒の中には一定の間隔で水平な板が張られています。ポリプは上へ上へと骨格を伸ばしながら、使わなくなった下の空間を板で仕切っていったもので、床板サンゴという名前はこの板に由来します。隣どうしの筒の壁には小さな穴が並んでいて、この穴を通して個体どうしの組織がつながっていたと考えられています。現在のサンゴと同じで、群体全体で栄養を分け合う仕組みです。

骨格しか残らないのがふつうのサンゴ化石ですが、ハチノスサンゴにはポリプそのものが石になった標本があります。カナダ・ケベック州のアンティコスティ島にある約4億3000万年前(シルル紀前期)の地層から見つかったもので、1985年に報告されました。筒の口に、12本の触手を広げたポリプの形が、そのまま石灰化して残っていました。11本や13本の個体もわずかに混じっていましたが、基本は12本です。この発見には別の意味もありました。1970年代に骨格のつくりがよく似た海綿が生きて見つかり、床板サンゴはサンゴではなく海綿のなかまではないかという説が出ていたからです。触手を持ったポリプが確認されたことで、床板サンゴが刺胞動物、つまりサンゴであることは決着しました。

ポリプは触手でプランクトンを捕まえて食べていました。それに加えて、体内に光合成をする藻類を住まわせていた可能性も指摘されています。2014年にシルル紀からペルム紀の床板サンゴの骨格を調べた研究では、ハチノスサンゴを含むいくつかの種で、炭素と酸素の同位体の値が、藻類と共生している現在のサンゴに近いことが分かりました。現在の造礁サンゴが浅い海で大きな礁を築けるのは共生藻のおかげですが、同じ仕組みが少なくともシルル紀にはあったことになります。

ハチノスサンゴが暮らしていたのは、赤道近くの暖かく浅い海です。シルル紀の礁をいっしょに築いていたのは、海綿のなかまの層孔虫(そうこうちゅう)、鎖の模様をつくるクサリサンゴ、太い角のような形の四射サンゴなどで、ハチノスサンゴはそのなかで塊をつくる役を担っていました。礁のまわりには柄の先に花のような体を広げるウミユリ、海底を這う三葉虫、貝に似た腕足動物が群れ、1メートルを超えるウミサソリも泳いでいました。現在の礁をつくるイシサンゴ(六放サンゴ)が現れるのは三畳紀からで、古生代の礁はこれとは別の顔ぶれが築いたものです。床板サンゴはデボン紀後期の大量絶滅で大きく数を減らし、ペルム紀の終わりに絶滅しました。現在のサンゴの直接の祖先ではありません。

世界中の石灰岩に残る化石

ハチノスサンゴの属名は1816年、フランスの博物学者ラマルクがつけました。基準となる種はスウェーデン・ゴットランド島のシルル紀の石灰岩から記載されたもので、種名の gothlandicus もこの島にちなみます。ゴットランド島はシルル紀の礁がまるごと保存されている場所として知られ、ハチノスサンゴはその代表的な化石です。

化石は南極を除く全大陸から見つかっていて、北アメリカのニューヨーク州、ミシガン州、オンタリオ州などのシルル紀・デボン紀の石灰岩では、川原や採石場の転石として拾えるほどふつうに出ます。日本でも岩手県の南部北上山地や岐阜県の飛騨外縁帯にあるシルル紀の地層から、ハチノスサンゴのなかまが報告されています。磨くと蜂の巣の模様がきれいに浮き出るため、装飾用の石材として加工されることもあります。

成長線に刻まれた1年の長さ

地球の自転は、月の引力が海水を引っぱることでわずかずつ遅くなっています。理屈のうえでは昔の1日はいまより短く、1年に含まれる日数は365日より多かったはずです。しかし20世紀半ばまで、それを直接たしかめる手段はありませんでした。

この問題に答えを出したのは、アメリカ・コーネル大学の古生物学者ジョン・ウェルズです。太平洋の島々で現在のサンゴを調べていたウェルズは、サンゴが昼と夜で活動を変え、骨格の表面に1日1本の細い線を刻むことを知っていました。さらにサンゴには、季節の変化に応じて年に1本、太い帯のような段ができます。木の年輪と同じです。年輪1本分の中に細い線が何本あるかを数えれば、そのサンゴが生きていた時代の1年の日数が読めることになります。

ウェルズはニューヨーク州のデボン紀中期の地層から出る保存のよいサンゴを材料に選び、ハチノスサンゴのほか、四射サンゴのヘリオフィルムやエリドフィルムなど複数の属で線を数えました。結果は、年輪1本あたり385〜410本、平均でおよそ400本でした。同じ方法で数えた現在のサンゴは平均でおよそ360本です。さらに、デボン紀の次の石炭紀のサンゴでは平均390本でした。時代が新しくなるほど日数が減っていく、という予想どおりの並びです。この結果は1963年3月に『ネイチャー』に3ページ足らずの論文として発表され、天文学者や地球物理学者の注目を集めました。1年が400日なら、1日はおよそ22時間だったことになります。

使った道具は、手持ちのルーペだけでした。巨大な装置と莫大な予算で研究が進められていた時代に、化石と拡大鏡で地球の自転の歴史を測ったこの仕事は、当時の科学者にも強い印象を残しました。その後、二枚貝やストロマトライトなど別の生物の成長線でも同じ手法が試されるようになり、化石を「時計」として使う研究分野がここから始まりました。

ウェルズの数え方には、線を目で数えるぶんの誤差があります。それでも大筋は、のちのより精密な測定と合っています。2020年には白亜紀後期(約7000万年前)の二枚貝の殻を、レーザーで削りながら化学組成の変化を追う方法で調べた研究があり、当時の1年は372日、1日は23時間半ほどだったという結果が出ました。デボン紀に約400日、白亜紀に372日、現在は365日。ハチノスサンゴの成長線が示した数字は、この流れの中にきちんと収まっています。

ウェルズが数えた標本は、彼が1994年に亡くなったあとコーネル大学からニューヨーク州イサカの古生物学研究所(PRI)に移されましたが、膨大な収蔵品の中で長く行方が分からなくなっていました。2019年11月、別の標本を探していた職員が「サンゴ年代学の材料」と書かれた2つの箱を見つけ、中の標本とラベルの筆跡から、それが論文に使われた本物だと確認されています。

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出典

Wells, J. W. (1963) Coral Growth and Geochronometry. Nature 197, 948–950

Paleontological Research Institution「John W. Wells & Coral Geochronometry」(論文60周年の解説と標本再発見の経緯)

Copper, P. (1985) Fossilized polyps in 430-Myr-old Favosites corals. Nature 316, 142–144

Zapalski, M. K. (2014) Evidence of photosymbiosis in Palaeozoic tabulate corals. Proceedings of the Royal Society B 281: 20132663

Digital Atlas of Ancient Life「Tabulate corals (Tabulata)」

AGUプレスリリース「Ancient shell shows days were half-hour shorter 70 million years ago」(2020年)

国立科学博物館研究報告 C類 30巻「Late Silurian Favositida from the Hitoegane Formation, Gifu」(岐阜県・岩手県のシルル紀床板サンゴ)

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