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| 名前 | エウリプテルス(Eurypterus、「幅の広いヒレ」の意。模式種の種小名 remipes は「オールの足」) |
| 分類 | 節足動物門 鋏角類 ウミサソリ目 ウミサソリ科 |
| 時代 | シルル紀(約4億3200万〜4億1800万年前)。代表的な化石産地は約4億2000万年前のシルル紀末 |
| 発見地 | アメリカ・ニューヨーク州を中心に、カナダ・オンタリオ州、ノルウェー、エストニア、ウクライナなど |
| 全長 | ふつう13〜23cm。最大の個体は推定60cm前後 |
| 知られている標本 | ウミサソリ類全体の化石の9割以上を占める |
エウリプテルスは、シルル紀の浅い海にいたウミサソリのなかまです。ウミサソリと呼ばれるグループの中でもっとも多くの化石が見つかっており、図鑑や博物館で「ウミサソリ」として描かれる姿の多くはこの属がもとになっています。1984年にはニューヨーク州の「州の化石」に指定されました。ニューヨーク州からカナダ・オンタリオ州にかけての地層からは数千点規模の標本が出ていますが、その大半は死んだ個体ではなく、脱皮のあとに残った抜け殻です。
姿と暮らし
体はカブトガニの甲羅を前後に引き伸ばしたような形をしています。前半分の頭胸部(とうきょうぶ)は半円形の甲羅で覆われ、その上に大きな複眼がひと組と、小さな単眼がふたつ並びます。後半分は12の節からなる腹部で、前のほうが幅広く、後ろへ向かって細くなり、先端は槍のようにとがった尾節(びせつ)で終わります。この尾節の形が、サソリの尾を連想させる「ウミサソリ」という呼び名のもとになりました。ただし毒針ではなく、舵や姿勢の安定に使われたと考えられています。
頭胸部の下には6対の付属肢があります。いちばん前の1対は小さな鋏角(きょうかく)で、口もとで餌をつまむための器官です。続く4対は歩くための脚で、棘が並んでいます。そして最後の1対は幅広く平たいオールの形をしていて、学名の「幅の広いヒレ」はこの脚を指しています。この脚を水中で漕ぐようにして泳ぎ、ふだんは海底を歩き回っていたと復元されています。
鋏角が小さいため、大きな獲物を捕らえる捕食者ではなかったと考えられています。同じ地層からは小型のカブトガニ類、海にすむサソリ、藻類の化石も出ており、海底の小さな無脊椎動物や死骸を食べていたという見方が一般的です。同じ時代のウミサソリには、大きなハサミを持つプテリゴトゥス類のような大型捕食者もいましたが、エウリプテルスはそうした大型種とは別の、小型でごく普通の種類でした。
呼吸の器官も特徴的です。腹部の下面に書鰓(しょさい)と呼ばれる本のページ状のえらを持つ一方で、空気中でも短時間なら呼吸できる別の組織を備えていたとする研究があります。この二重の仕組みは、水辺を短い距離なら歩いて移動できたことを示すものとして、後述する暮らしぶりの復元に関わってきます。
ニューヨークの浅い潟
エウリプテルスの化石がもっとも多く出るのは、ニューヨーク州からカナダ・オンタリオ州にかけて分布するバーティー層群です。約4億2000万年前、シルル紀の終わりごろの地層で、当時この一帯は赤道近くにありました。地層はドロマイトという炭酸塩岩が主体で、岩塩の結晶の跡や干上がってできたひび割れが見つかります。潮の満ち引きの影響を受ける浅い潟(かた)や干潟で、ときおり塩分が海水より濃くなる環境だったと解釈されています。
この環境がエウリプテルスの保存状態に深く関わっています。塩分の濃い水の中では、死骸や抜け殻を分解する細菌や、海底を掘り返す生物の活動が抑えられます。そのため、キチン質というふつうなら残りにくい材質でできた外骨格が、脚の棘やえらの構造まで見える状態で残りました。同じ地層からは、陸上植物の最初期のなかまであるクックソニアの化石も出ています。
この層群からは1818年に最初の化石が見つかりました。発見者はこれをナマズのなかまの魚だと考え、正しく節足動物として記載されたのは7年後の1825年です。このときに属名エウリプテルスが与えられました。ウミサソリ類という生物群の存在が科学的に認められた、最初の一歩にあたります。
化石のほとんどは抜け殻
バーティー層群から出るエウリプテルスの化石は、ウミサソリ類としては例外的に数が多く、1枚の岩の面に何個体分もの標本が並ぶことがあります。この大量の化石が、死んだ個体の集まりなのか、脱皮したあとの殻なのかは、20世紀初頭からの検討課題でした。
現在では、そのほとんどが脱皮殻だという見方で一致しています。2011年、ブリストル大学のマシュー・ヴラゾとサイモン・ブラディは、ニューヨーク州とオンタリオ州の3つの採石場から集められた632点の標本を調べ、死骸と判断できたのは1点だけだったと報告しました。節足動物は成長のたびに外骨格を脱ぎ捨てます。エウリプテルスの場合、カブトガニと同じように頭胸部の甲羅の縁が割れ、そこから前へ抜け出すかたちで脱皮したと考えられており、残された殻は甲羅と腹部の最初の節だけがつながった状態で見つかることが多くあります。この壊れ方のパターンが、潮や波で壊れたのではなく脱皮そのものの結果であることを示しています。
残された殻の完全さにも偏りがあります。別の研究では、ニューヨーク州パッセージ・ガルフから集めた1771点の部位のうち、全身がそろった標本は5パーセントにとどまりました。甲羅だけ、尾節だけ、といった部分が潮の流れで浅いくぼみに吹き寄せられて重なり、化石になったと解釈されています。
ここから、ひとつの疑問が出てきます。脱皮殻ばかりが見つかるのに、脱皮の最中や直後に死んだ個体がほとんど出てこないのはなぜか。節足動物にとって脱皮は命を落としやすい時期で、現生のカブトガニやサソリでも脱皮時の死亡はまれではありません。この偏りを説明するために出されたのが、エウリプテルスは脱皮や繁殖のために群れをなして浅瀬へ移動していた、という考えです。
群れで浅瀬へ上がった
この考えは2001年にブラディが「集団脱皮・交尾仮説」として提案しました。現生のカブトガニは、年に一度、特定の時期に大群で浜辺へ上がって産卵します。ウミサソリ類も同じように、ふだん暮らす沖合の海から、捕食者の少ない浅い潟へ集団で移動し、そこで交尾と脱皮をすませてから戻っていたのではないか、という筋書きです。
根拠はいくつかあります。まず、脱皮殻の大量集積そのものです。インド北部のデボン紀前期の地層では、同じ方向へ向かう多数のウミサソリの足跡が短期間につけられた状態で残っており、群れでの移動を示す証拠と見なされています。また、空気中でも短時間なら呼吸できる器官を持っていたことは、潮が引いて浅くなった場所を越えて潟へ入り込めたことを意味します。繁殖器官の作りがサソリに近いことも、交尾のために特定の場所へ集まる行動と矛盾しません。
2011年のヴラゾとブラディの研究は、この仮説を数字で確かめようとしたものです。カブトガニの繁殖地では、メスをめぐって多数のオスが集まるため、オスの比率が高くなります。もし同じ行動なら、ウミサソリの脱皮殻もオスが多いはずでした。ところが、性別を判定できた74点の標本では、どの産地でもメスとされる生殖器官のタイプが有意に多いという結果になりました。集まったあとオスは先に深い海へ戻り、メスは産卵まで浅瀬にとどまって脱皮したのではないか。研究はこの結果を受けて、仮説を「集団で交尾し、産卵し、脱皮する」という順序に修正しています。
ただし、この結論には留保が付いています。ウミサソリの生殖器官のどちらのタイプがオスでどちらがメスかという判定自体に、別の研究者から逆ではないかという異論が出ているためです。もし判定が逆なら、現生のカブトガニと同じくオスが多数派になり、話はまた変わります。絶滅した動物の繁殖行動を化石から復元する作業の難しさが、この一点に表れています。
いずれにしても、博物館のケースに並ぶエウリプテルスの標本の多くは、動物の遺体ではなく、生きた個体がひとまわり大きくなって残していった殻です。ニューヨーク州の「州の化石」は、4億2000万年前の浅い潟で繰り返された、脱皮の季節の記録でもあります。




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出典
Vrazo, M. B. & Braddy, S. J. (2011). Testing the ‘mass-moult-mate’ hypothesis of eurypterid palaeoecology. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology, 311, 63–73.
https://doi.org/10.1016/j.palaeo.2011.07.031
Braddy, S. J. (2001). Eurypterid palaeoecology: palaeobiological, ichnological and comparative evidence for a ‘mass-moult-mate’ hypothesis. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology, 172, 115–132.
https://doi.org/10.1016/S0031-0182(01)00274-7
Tetlie, O. E., Tollerton, V. P. & Ciurca, S. J. (2007). Eurypterus remipes and E. lacustris (Chelicerata: Eurypterida) from the Silurian of North America. Bulletin of the Peabody Museum of Natural History, 48, 139–152.
https://doi.org/10.3374/0079-032X(2007)48[139:ERAELC]2.0.CO;2
Ruebenstahl, A., Mongiardino Koch, N., Lamsdell, J. C. & Briggs, D. E. G. (2024). Convergent evolution of giant size in eurypterids. Proceedings of the Royal Society B.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11330558


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