NでもSでもない「第3の磁性」を、層のあいだにコバルトを挟んだ結晶で初めて見た

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磁石にはNとSがある。学校で習うこの磁性は、強磁性と呼ばれます。鉄やコバルトの中で、原子ひとつひとつが持つ小さな磁気の向きがそろい、全体として大きな磁場を外に出す状態です。もうひとつ、隣どうしの磁気が反対を向いて打ち消し合い、外から見るとまったく磁石に見えない状態もあります。こちらは反強磁性と呼ばれ、磁石として使えないかわりに、外に磁場を漏らしません。

ここ数年、この2つのどちらでもない3つ目の磁性があることが分かってきました。「交代磁性(altermagnetism)」です。外に磁場を出さないのは反強磁性と同じなのに、電子を磁気の向き(スピン)で分けられるという強磁性の性質を併せ持ちます。セントラルフロリダ大学(UCF)のチームが、この交代磁性を薄い層が重なった物質で初めてはっきり観測し、2026年8月20日の Nature Communications に報告しました。

強磁性と反強磁性、それぞれの困りごと

電子の磁気の向きを情報として使う技術をスピントロニクスと呼びます。ハードディスクの読み取りヘッドのように、すでに身のまわりで使われているものもあります。この分野で強磁性の材料を使うと、材料そのものが出す磁場(漏れ磁場)が隣の素子に干渉して、小さく詰め込むほど問題になります。

では反強磁性にすればよいかというと、今度は信号が弱すぎます。磁気が打ち消し合っているので、電子をスピンの向きで分けることができず、情報を読み出しにくいのです。磁場は漏らしたくない、でもスピンで電子を分けたい。この2つは、長いあいだ両立しないと考えられていました。

打ち消し合っているのに、電子は分かれる

交代磁性は、2020年前後に理論から提案された考え方です。反強磁性と同じように磁気モーメントは打ち消し合っているのですが、打ち消し合う2つの原子の組が、単純な平行移動や点対称ではなく、回転のような結晶の対称操作で結ばれています。この違いが効いて、物質の中を動く電子は、進む方向によってスピンの向きごとにエネルギーが分かれます。全体を足し合わせればゼロに戻るので磁場は漏れない。それでいて、方向を選べば電子をスピンで仕分けできる。これが交代磁性の性質です。

ただし、理論で候補が挙がっても、実験ではっきり確かめられた物質はまだ多くありません。これまでに実験で分裂が見えたのは、テルル化マンガン(MnTe)とアンチモン化クロム(CrSb)が中心でした。

層のあいだにコバルトを挟む

UCF のチームが選んだのは、Co₁/₄TaSe₂ という物質です。セレン化タンタル(TaSe₂)という、原子3つぶんの薄い層が積み重なった結晶に、層と層のすきまへコバルト原子を4分の1の割合で挟み込んであります。層状の結晶に別の原子を挟む「インターカレーション」という手法で、挟む原子の種類と並び方を変えると、磁性や電気の性質を細かく変えられます。

結晶は、コバルト・タンタル・セレンの粉末を真空の石英管に封じて950℃で5日間熱して前駆体を作り、それをヨウ素とともに別の管に封じて940℃で2週間かけて育てました。できた結晶は、磁化率の測定で178K(約マイナス95℃)以下で反強磁性に秩序化し、面の中では磁気がそろい、層をまたぐと反対を向く「A型」の配列をとります。コバルトの磁気モーメントの一部は TaSe₂ の層にもにじみ出て、電気を運ぶ電子にもコバルトが関わっていることが分かりました。

電子の地図に、スピンの分かれ目が見えた

決め手になったのは、角度分解光電子分光(ARPES)という測定です。結晶の表面に紫外線やX線を当てると電子が飛び出してきます。その電子のエネルギーと飛び出す角度を測ると、物質の中で電子がどのエネルギーでどの方向に動けるかという「地図」(バンド構造)が描けます。チームはスタンフォード放射光施設で、結晶を真空中で7Kに冷やして割り、新しい面を出してこの地図を測りました。

測った地図は、密度汎関数理論(DFT)という計算で予測した地図とよく一致しました。計算では、スピンが上向きの電子と下向きの電子でバンドが分かれる場所と、重なったままの場所が、結晶の方向ごとに決まっています。実験の地図にも、その分かれ目が同じ場所に現れました。さらにスピンの向きを識別できる測定で、分かれた2本のバンドが実際に反対のスピンを持つことも確かめています。

もうひとつ、温度を上げていく実験も行いました。178Kの秩序化温度を超えると、分かれていたバンドの位置がずれて、分裂が消えていきます。磁気の秩序とバンドの分裂が同じ温度で消えるのですから、分裂の原因が交代磁性の秩序であることの裏づけになります。

層状であることの意味

MnTe や CrSb での先行研究と比べたとき、今回の物質の持ち味は「層状で、組成を変えやすい」ことです。層のあいだに挟む原子の種類や量を変えれば、交代磁性の強さや、ほかの磁気的な現象との関係を体系的に調べられます。チームも、スピンで分かれた電子状態がほかの磁気現象とどう相互作用するかはまだ議論の途中で、手を加えやすい物質があることが研究を進めやすくする、と述べています。

応用の話としては、漏れ磁場を出さずにスピン流を作って検出できる材料なので、スピントロニクスや高速のメモリー、テラヘルツ帯の素子に向くとされています。ただ、現時点で示されたのは「この物質がたしかに交代磁性を示す」というところまでです。素子として動くかどうかは、これからの話になります。

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