私たちが吸っている酸素は、地球が生まれたときの大気にはほとんどありませんでした。酸素が大気に定着しはじめたのは約24億年前、地球がいまの半分くらいの年齢だったころで、「大酸化イベント」と呼ばれます。ただし、酸素が「出た」ことと「保たれた」ことは別の問題です。いちど増えた酸素は、どうして元に戻らなかったのか。あるいは本当に戻らなかったのか。
英国ブリストル大学のルイス・アルコットと米カリフォルニア大学リバーサイド校(UCR)のアンドレイ・ベッカーらは、南アフリカの約23億年前の岩石から、海の中のリンの行き先を追うことでこの問いに答えようとしました。見えてきたのは、酸素を支えていたのが海の「リンの使い回し」であり、しかもその使い回しは効きすぎたり止まったりして、酸素の量を大きく揺らしていた、という筋書きです。論文は2026年8月27日の Nature Communications に掲載されました。
酸素を保つ鍵は、いちばん足りない栄養
海で酸素を作るのは光合成をする微生物です。彼らが増えて、死んだあとの有機物が海底に埋まると、その分だけ酸素が大気に残ります。だから酸素の量は、生き物がどれだけ育てるかで決まり、育つ量を決めるのは栄養です。地質学的な長い時間で考えたとき、いちばん足りなくなる栄養がリンでした。「生き物はリンがなければ育つことも、ちゃんと働くこともできない」とベッカーは UCR の発表で話しています。
当時の海は、深いところは酸素がなく鉄イオンに富む状態でした。こうした海では、リンは鉄の鉱物にくっついて海底に沈み、生き物が使えないまま閉じ込められてしまいます。鉄がリンを捕まえる「わな」です。
ところが、このわなには抜け道があります。海水に硫酸塩があると、海底の泥の中で微生物が硫酸塩を使って有機物を分解し、硫化水素を出します。硫化水素は鉄の鉱物を溶かすので、くっついていたリンが海水へ戻ります。戻ったリンはまた生き物を育て、有機物が埋まり、酸素が増える。酸素が増えれば陸の岩石の風化が進んで、海に流れ込む硫酸塩がさらに増える。ひとまわりすると、酸素が自分で自分を増やす循環になります。
理屈としては知られていた話です。ただ、大酸化イベントの時代について、この循環が実際に働いていたかを調べた研究はありませんでした。
岩の中のリンを、「使えた分」と「使えなかった分」に分ける
難しかったのは測り方です。昔の岩石に含まれるリンの総量は測れますが、そのリンのうちどれだけが当時の生き物に使えたかは、総量だけでは分かりません。鉄にくっついたリン、生き物の体に由来するリン、海底の泥の中で新しくできた鉱物(リン灰石など)に固定されたリン、もとの砂や泥に混ざっていたリンは、意味がまったく違います。
チームはこれを、リンがどの鉱物に結びついているかで順番に分ける手法で解きました。岩石の粉を何段階かの溶液で順に処理し、鉱物の種類ごとに溶かし出してリンを測ります。「生き物に使えたリンと、閉じ込められていたリンを分けられるようになった。昔の海の栄養の量について、これまでよりずっとはっきりした絵が描ける」とベッカーは言います。

試料は南アフリカのトランスバール累層群から掘り出された掘削コアで、約23億2,000万〜22億5,000万年前のローイホーフテ層とタイムボールヒル層の泥岩です。この地層は、大酸化イベントの最後の広域的な氷河期が終わったあとの海を記録し、その上には最後の地域的な氷河期の堆積物(レイトフォンテイン・ダイアミクタイト)が重なっています。チームは、レニウム・ウラン・モリブデンなど酸素の有無に敏感な元素の比、黄鉄鉱の硫黄同位体、硫黄同位体の「質量に依存しない分別」(大気に酸素がないときだけ現れる印)といった既存の記録と、新しいリンのデータを並べました。

氷河期が終わったあとに起きたこと
データをつなぐと、ひとつの時間の流れが浮かびます。
まず、全球が凍りついたスノーボールアースが融けると、氷に削られた陸から大量のリンが海へ流れ込みました。生き物が増え、有機物が埋まり、大気と海にいったん酸素が入ります。この最初の酸素化は長続きしませんでしたが、陸の岩石の酸化的な風化を進め、硫酸塩を海へ送り込みました。黄鉄鉱の硫黄同位体がおよそ−35‰という、それ以前の地球では見られない低い値を示すことが、海水の硫酸塩が増えた印になっています。
硫酸塩が増えると、浅い海は硫化水素を含む状態になり、鉄のわなが外れて、リンが盛んに海水へ戻りました。有機炭素とリンの比が、生き物の体の標準的な比(106対1)をはるかに超えて高くなっていることが、その証拠です。戻ったリンが生産を押し上げ、有機物がさらに埋まり、大気はローイホーフテ層とタイムボールヒル層の境目で再び酸素のある状態に戻りました。
ところが、この循環は自分で自分の首を締めます。微生物が硫酸塩を使い尽くすと海水の硫酸塩は減り、海はまた鉄イオンに富む状態に戻ります。氷河の融け水に乗ったリンの供給も、時間とともに細ります。鉄のわなが復活し、リンは再び海底に閉じ込められ、生産が落ち、酸素の需要も供給も下がる。地層のうえの部分では、リンが泥の中にしっかり固定された証拠が続き、大気の酸素は低いまま(境目の目安となる現在の100万分の1あたり)だったとみられます。
著者らは、低いながら続いた酸素が大気中のメタンを酸化して温室効果を弱め、最後の地域的な氷河期へ向かう下り坂になった可能性を指摘しています。この一連の流れは、同じ地層で硫黄同位体から読み取られていた酸素の増減の記録とよく一致しました。
酸素は「保たれた」のではなく、揺れていた
生物地球化学のモデルで確かめると、リンの使い回しと海の酸化還元状態と気候が互いに効き合うこの仕組みは、大気の酸素を大きく不安定にする働きをしていました。従来は、大酸化イベントを「酸素が上がって、そのまま高いところで落ち着いた出来事」とみなしがちでしたが、少なくともこの時代の酸素は、リンの出し入れに合わせて大きく上下していたことになります。UCR の発表も、酸素の量はかつて考えられていたよりずっと激しく変動していた、とまとめています。
この見方には、生命の進化についての含みもあります。酸素が長い期間豊富にあったのなら、酸素を使う複雑な生き物の出現が遅れた理由は「酸素が足りなかったから」だけではなく、ほかの環境や生物側の要因を考える必要が出てきます。
また、ベッカーは現在の海にも言及しています。温暖化で海の一部から酸素が失われつつあり、この傾向が続けばリンが再び使いにくくなって海の生産性が落ち、海の生態系の回復力が弱まるおそれがあるという指摘です。地球の歴史では酸素・栄養・生命が一緒に進化してきたことが分かったので、この結びつきを理解することは、ほかの惑星の海で何を探すべきかを考える手がかりにもなる、と話しています。
23億年前の泥岩から、リンが「使えた分」と「使えなかった分」に分けられた。それだけのことで、酸素の歴史は一本の上り坂から、行ったり来たりの揺れに描き直されました。
出典
- Alcott, L. J., Mills, B. J. W., Bekker, A., Peng, Z. et al. (2026). A nutrient control on oxygenation dynamics during Earth’s Great Oxidation Episode. Nature Communications 17, 10294. https://doi.org/10.1038/s41467-026-76597-y(オープンアクセス)
- カリフォルニア大学リバーサイド校の発表(2026年9月29日):How ocean chemistry helped life keep breathing
- Space.com(2026年10月3日):Ocean chemistry on ancient Earth could help scientists search for life on alien worlds


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