火星の衛星デイモスはなぜ「のっぺり」? 一発の衝突で謎が解けるかもしれない

スポンサーリンク

この記事には広告(Amazon アソシエイトのリンク)を含みます。

火星の衛星デイモスは、なぜあんなに「のっぺり」しているのか——。長年の謎に、「たった一発の衝突で説明がつく」という答えが出されました。スイス・ベルン大学のSabina Raducan氏らの研究チームが、2026年8月18日付でNature Astronomyに発表した論文です。しかもこの説、遠くない未来に答え合わせができます。確かめに行くのは、今年10月に打ち上げられる日本の探査機です。

火星のふたつの衛星と、のっぺりしたデイモス

火星にはふたつの衛星があります。内側を回るフォボスと、外側を回るデイモスです。どちらもじゃがいものようにいびつな形をした小さな天体で、フォボスは差し渡し約22キロ、デイモスはさらに小さく約12キロしかありません。

このふたつ、兄弟のようでいて見た目がずいぶん違います。フォボスの表面はクレーターと溝だらけで、いかにも殴られ続けてきた顔をしています。ところがデイモスは、細かい砂に覆われたなめらかな表面で、クレーターが目立ちません。太陽系の小天体は例外なく衝突を浴びてきたはずなのに、デイモスだけがどうしてこんなに穏やかな顔をしているのか。これが長年の謎でした。

表面を覆う砂の層——専門用語でレゴリスと呼ばれます——がどこから来たのかについては、これまでもいくつか説がありました。火星やフォボスに何かがぶつかったときの破片が降り注いだ、という説。かつて存在した別の衛星が壊れて、その残骸が積もったという説。何十億年もかけて微小な隕石が降り続け、少しずつ表面を砕いて砂にしたという説。ただ、どの説も「これほど厚く、これほどまんべんなく」積もっている理由をうまく説明できずにいました。

南極を占める巨大なくぼみ

ここで注目されたのが、デイモスの南極にある巨大なくぼみです。差し渡しおよそ10キロ、深さ数百メートル。本体が12キロしかないのですから、体のほとんど半分を占める傷ということになります。

もうひとつ、重要な観測がありました。2025年3月、ヨーロッパの探査機Heraが火星の重力を借りて進路を変える際、デイモスのそばを通過して撮影を行ったのです。このとき、なめらかに見えていた表面の砂の下に、古いクレーターがいくつも埋もれていることが分かりました。探査機がまだ見ていなかった裏側には、差し渡し3キロほどの円形のくぼみも見つかっています。

つまりデイモスは、殴られていなかったのではなく、傷を砂で隠していただけでした。では、その砂はどこから来たのか。研究チームは、南極の巨大なくぼみと表面の砂を、別々の出来事ではなく「ひとつの事件」として説明できないかと考えました。

約100回のシミュレーションが導いた筋書き

検証に使われたのは、ベルン大学のスーパーコンピューター上で動く「Bern SPH」という衝突シミュレーションのプログラムです。SPH(平滑化粒子流体力学)は、天体を数百万個の粒の集まりとして扱い、重力や物質の強度、すかすか具合(空隙率)まで含めて衝突の瞬間を再現する手法で、大規模な衝突による変形を扱うのが得意です。

チームはまず、南極のくぼみを埋め戻した「衝突前のデイモス」を計算機の中に作りました。そこへ直径300〜360メートルの小天体を、角度を変えながら秒速8.2キロでぶつけます。この作業を約100回。1回の計算に約1週間かかったといいますから、気の遠くなるような数値実験です。

そして、現在のデイモスの形をもっともよく再現する条件が見つかりました。直径約320メートルの小天体が、斜め45度くらいの角度で南極付近に衝突する、という筋書きです。この一撃でえぐられた破片の大半は宇宙へ逃げず、デイモスの重力に引かれて表面に降り積もりました。計算では、デイモス全体の1割から2割にあたる物質が表面をぐるりと覆い直し、全球で数メートル以上、場所によっては200メートルもの厚さの砂の層になったといいます。

つまり、南極の巨大なくぼみと、古いクレーターを埋めた砂は、同じ一発の衝突の産物だった——それがこの論文の答えです。実際、デイモスの大きなクレーターの深さを測ってみると、どれも本来あるべき深さより浅く、およそ100〜150メートルぶんの砂で埋まっていると見積もられました。シミュレーションが予測する砂の量と、きれいに符合します。

浮かび上がった「がれきの寄せ集め」という素顔

このシミュレーションからは、もうひとつ興味深いことが見えてきました。デイモスの中身です。

直径12キロの天体に10キロのくぼみを作るほどの衝突が起きれば、衝撃波が全体を揺さぶって、既存のクレーターは消えてしまいそうなものです。ところが実際のデイモスには、衝突より古いクレーターがちゃんと残っています。計算で確かめたところ、これが成り立つのは、内部がすかすかで衝撃を吸収しやすい場合だけでした。月の砂のように締まった中身を仮定すると、衝撃波が素通しになって古い地形は消えてしまうのです。

表面の砂も同じ方向を指しています。くぼみのふちが崩れてなだらかになった現在の形を再現するには、砂どうしがほとんどくっつく力を持たない、さらさらの状態でなければなりませんでした。実際、デイモスの密度は水の1.5倍ほどしかなく、中身の4〜5割が隙間と見積もられています。

これらを合わせると、デイモスは固い一枚岩ではなく、岩のかけらがゆるく寄り集まった「ラブルパイル(がれきの寄せ集め)」に近い天体だ、という姿が浮かび上がります。日本の探査機はやぶさ2が訪れた小惑星リュウグウや、NASAの探査機が調べたベンヌと、よく似た性質です。ただし研究チームは、だからデイモスが捕獲された小惑星だとは限らない、と釘を刺しています。火星への天体衝突で舞い上がった破片から生まれた衛星でも、時間をかけて似たような姿になりうるからです。生まれが違っても、小さな天体は似た性質に行き着くのかもしれない——チームはそんな見方を示しています。

答え合わせに向かう日本の探査機

ここまでの話は、あくまでシミュレーションが描いた筋書きです。研究チーム自身、これは考えられる複数の説明のうちのひとつだと明記しています。何十億年もの微小隕石の降り積もりで砂の層ができた、という従来の説明も否定されたわけではありません。

ただ、この説には大きな強みがあります。検証可能な予測を出している点です。南極のくぼみが本当に斜め衝突のクレーターなら、それらしい特徴的な地形が残っているはず。砂の層の厚さも、クレーターの埋まり具合から見積もれるはず。そして、それを確かめられる探査機が、もう発射台に向かっています。

JAXAの火星衛星探査計画MMXです。2026年8月20日、JAXAはこの探査機を10月20日にH3ロケット10号機で種子島から打ち上げると発表しました。MMXの最大の目標はフォボスに着陸してサンプルを持ち帰ることですが、デイモスにも接近して観測を行う計画になっています。高解像度のカメラやレーザー高度計による地形の計測が、この「一発の衝突」説の予測と突き合わされることになるでしょう。

海外の研究が立てた予測を、日本の探査機が確かめに行く。数年後、デイモスののっぺりした顔の下から何が見えてくるのか、続報が楽しみです。

なお、この研究にはちょっとした余談もあります。Heraのフライバイ画像から埋もれたクレーターを見つける際に使われた立体視画像を作ったのは、ロックバンド・クイーンのギタリストで天体物理学の博士号を持つブライアン・メイ氏でした。メイ氏はHeraの科学チームの一員で、立体写真の研究家としても知られています。

関連する商品

この記事に関連する本や商品は、Amazon で探せます。

上のリンクから購入されると、このブログに紹介料が入ることがあります。

出典

Raducan, S. D. et al. “Deimos’s shape and geology explained by a subcatastrophic impact” Nature Astronomy (2026年8月18日、オープンアクセス)
https://www.nature.com/articles/s41550-026-02956-w

Universe Today “Mars’s Funky Moon Deimos was Shaped by an Impact”(2026年8月20日)
https://www.universetoday.com/articles/marss-funky-moon-deimos-was-shaped-by-an-impact

ESA “Hera’s Mars flyby guided impact study of Deimos moon”
https://www.esa.int/Space_Safety/Hera/Hera_s_Mars_flyby_guided_impact_study_of_Deimos_moon

JAXA 火星衛星探査計画(MMX)
https://www.jaxa.jp/projects/sas/mmx/index_j.html

コメント

タイトルとURLをコピーしました