都市に木を植えるのは、文句なしに良いことだと思われてきました。日陰ができて涼しくなり、二酸化炭素を吸い、景観も良くなる。ところが2026年8月20日付のScience Advancesに、その前提を揺さぶる研究が載りました。中国・北京の大気を調べたところ、夏のオゾン汚染に対して、街に植えられた木が想像以上に大きく関わっていたというのです。
調べたのは、暨南大学(中国・広州)のビン・ユアン氏らを含む研究チームです。もともとは人間の活動がオゾン汚染にどう影響しているかを調べるつもりだったのに、出てきたデータが示していたのは、都市の植物の思いがけない存在感でした。ユアン氏は「このデータを得たとき、最初は信じられなかった」と率直に語っています。
オゾンができる仕組みと都市の緑
まず前提から整理します。ここで問題になっているオゾンは、上空でお馴染みのオゾン層のことではなく、地表付近にできるオゾンです。日本で夏に「光化学スモッグ注意報」が出るときの、あの主役にあたります。吸い込むと気道に炎症を起こし、とくに喘息や肺の病気がある人には負担になります。
このオゾンは、何かから直接排出されるわけではありません。材料が2つそろい、そこに日光が当たるとできあがります。材料のひとつが、車や工場から出る窒素酸化物(NOx)。もうひとつが、揮発性有機化合物(VOC)と呼ばれる、空気中に蒸発しやすい炭素化合物のグループです。VOCは車や化学工場からも出ますが、実は植物からも出ています。
植物が出すVOCの代表格が、イソプレンという物質です。光合成の副産物として葉から放出されるもので、それ自体に毒性があるわけではありません。ただ、どれくらい出すかは樹種によって大きく違います。よく出すことで知られるのがヤナギの仲間とポプラの仲間で、どちらも成長が速く、環境の変化に強い。つまり、都市の緑化樹としてまさに選ばれやすい木です。北京では、市内に植えられた木のおよそ35%がイソプレンを出す種類だったといいます。
とはいえ、車も工場もひしめく大都市で、木の出すVOCなんて誤差の範囲だろう——研究チームも含めて、そう考えるのが普通でした。実際、排出量だけを見れば、その感覚は間違っていません。
排出量1割、反応では半分超という数字
研究チームは2021年5月から7月にかけて、北京市内の各所で大気を採取してVOCの濃度を測り、市内の観測ステーションのオゾンデータと突き合わせました。すると、植物由来のVOCは、市内のVOC排出量全体の約10%にすぎませんでした。残りの約9割は、車の排ガスや工業用の化学物質など、人間の活動によるものです。ここまでは予想どおりの内訳といえます。
ところが、オゾンが「どれだけできるか」を左右する化学反応の側から見ると、景色が一変します。VOCは大気中でヒドロキシルラジカルという反応性の高い分子と反応し、それが連鎖してNOxと結びつき、日光のもとでオゾンに変わっていきます。この反応の速さをVOCの種類ごとに見積もったところ、オゾン生成につながる化学的な働きの52%を、植物由来のVOCが占めていたのです。中でも効いていたのがイソプレンでした。
つまり、量ではわずか1割なのに、反応では半分以上。イソプレンは他の多くのVOCよりはるかに反応しやすく、少量でもオゾン作りに大きく貢献してしまう、ということです。研究チームが自分たちの結果を疑ったのも無理はありません。
さらに見逃せないのが、気温との関係です。植物のVOC放出は気温が上がるほど増え、反応も速くなります。この研究では、植物由来VOCの反応速度は35℃のとき20℃の7倍に達していました。その結果、化学反応への植物の寄与は、20℃では21%だったものが、35℃では74%まで跳ね上がります。涼しい日には脇役なのに、猛暑日には主役級になる。オゾン汚染がひどくなるのはまさに暑い日ですから、これは効きどころの悪い性質です。

上の図のように、気温が上がるほど、オゾンを作る反応に占める植物の割合が大きくなっていきます。温暖化で猛暑日が増えれば、この問題はさらに強まる方向にあります。加えて論文では、都市特有のヒートアイランド現象の影響も見積もっていて、夏の北京で典型的な0.8℃の気温上昇でも、都市の木のイソプレン排出は12%増えるとしています。
北京だけではない世界の都市
研究チームは、世界24の巨大都市について、植えられている樹種からイソプレンの排出量を推計しています。すると、調べた都市のかなりの割合で、北京より高い排出が予測されました。たとえばオーストラリアのシドニーでは、木の約65%がイソプレンを出す種類。メルボルンも北京を上回ると見積もられています。
シドニーのマッコーリー大学で環境化学を研究するイアン・ジェイミー氏は、この結果に別の角度から光を当てています。車の排ガス規制が進んだことで、人間由来のVOCはこの数十年で大きく減った。その分、相対的に植物由来のVOCの存在感が増している、というのです。街の空気がきれいになったからこそ、これまで無視できた木の影響が浮かび上がってきた、という側面もあるわけです。
樹種選びという答えと残る前提
ここで急いで確認しておきたいのは、この研究が「木を植えるな」と言っているわけではない、ということです。オゾンができるには、そもそもNOxが要ります。NOxの出どころは主に車と工場ですから、元をたどれば原因は人間の側にあります。木はそこに、反応の材料を足しているにすぎません。研究の含意は、都市の緑化そのものの否定ではなく、「NOxの多い都市に、イソプレンを多く出す樹種を大量に植えるのは避けたほうがよい」という、樹種選びの話です。成長の速さや気候への強さだけでなく、その木が何をどれだけ放出するかも、街路樹を選ぶ基準に加えるべきだ、ということになります。
では日本はどうか、と気になるところですが、ここは慎重に見る必要があります。日本の街路樹の主流はイチョウ、サクラ、ケヤキなどで、北京のヤナギ・ポプラ中心の構成とはかなり違います。ただ、日本の主要な街路樹がそれぞれどれだけイソプレンを出すのかは、この研究の範囲外です。日本でも光化学スモッグ注意報は毎年出ていますから、国内の樹種構成でどうなるのかは、日本のデータで確かめる必要があります。
もうひとつ、この研究の主な観測は2021年の5〜7月、つまり北京の夏に行われたものです。イソプレンの放出は気温と日光に強く依存するので、年間を通じて植物が汚染の半分を担っている、という話ではありません。あくまで「オゾンが問題になる暑い季節に、植物の寄与が大きくなる」という結果です。
良かれと思って植えた、成長が速くて丈夫な木が、暑い日の空気を悪くする側に回っていた。都市の緑化が進み、温暖化で夏が長くなるこれからの時代、どの木を植えるかという地味な選択が、思いのほか空気の質を左右するのかもしれません。
出典
元になった論文:He, X. et al. “Tree selection in urban greening shapes air quality for global cities” Science Advances(2026年8月20日)
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.aee5583
解説記事:Mohana Basu “These trees are making air quality in cities worse” Nature ニュース(2026年8月20日)
https://www.nature.com/articles/d41586-026-02586-2


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