水深4,700mの放射性廃棄物ドラム缶は、腐食して中身が漏れ出していた

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1949年から1982年にかけて、ヨーロッパ各国は放射性廃棄物を詰めたドラム缶を北東大西洋の深海に沈めていました。本数にして20万本以上、重さにして15万トン以上。多くは水深3,000〜5,000mの海底に投棄されています。投棄が止まってから40年あまり、それらがどうなったのかを直接確かめた人はほとんどいませんでした。

フランス国立科学研究センター(CNRS)が主導する調査計画「NODSSUM」は、2025年と2026年の2度にわたって現場に船を出し、ドラム缶を探し、写真に収め、周囲の砂と水と生き物を持ち帰りました。2026年7月にCNRSが出した発表と、計画を率いる研究者たち自身の解説をもとに、何が見つかったのかをまとめます。

海底に沈めるという当時の判断

20世紀後半は原子力の技術がいっせいに広がった時期で、発電のほか、医療や工業、研究の現場でも放射性物質が使われるようになりました。そこから出る廃棄物の行き先として、ヨーロッパでは深海が選ばれました。

沈められたのは「低レベル」に分類される廃棄物です。低レベルといっても無害という意味ではなく、病院や工場などから出た、寿命の長い放射性物質の割合が比較的少ないもの、という区分です。中身は樹脂やアスファルト、セメントで固められ、鋼鉄のドラム缶に詰められていました。

意外かもしれませんが、ドラム缶が海底で崩れて中身が出ることは、当時の考え方では想定の範囲内でした。当時の指針が求めていたのは、容器が海底まで壊れずに届き、寿命の短い放射性物質が十分に弱まるまで密閉が保たれること。その先は、残った中身がゆっくり海に溶け出して薄まっていく、と見込まれていたのです。

ただし、中身のすべてが都合よく弱まってくれるわけではありません。ドラム缶にはセシウム137やプルトニウムの同位体、トリチウムなどが混ざっていて、なかには数千年単位で残るものもあります。それでも1980年代に投棄が終わると、正確な位置も、その後の状態も、詳しくは調べられないまま時間が過ぎました。

自律型の潜水ロボットでドラム缶を探す

この「その後」を確かめようと考えたのが、CNRSの原子力計測技術者パトリック・シャルドン氏と海洋地質学者ハビエル・エスカルティン氏です。二人の問いはやがてNODSSUM(Nuclear Ocean Dump Site Survey Monitoring)という計画になり、核物理・地質・海洋・生物・海洋化学の研究者が集まりました。

まず必要だったのは、ドラム缶がどこにあるかを知ることでした。投棄された海域はおよそ14,500平方キロメートル。東京都の6倍以上の広さです。2025年6月から7月にかけての最初の航海では、研究船「ラタラント」から自律型潜水機「UlyX(ユリックス)」を海底へ送り込みました。UlyXは水深6,000mまで潜れ、海底から約70mの高さを飛びながら、5cmの細かさでソナー地図を作れる機体です。

1か月ほどで地図にできたのは約165平方キロメートル、投棄海域全体の2%にも満たない範囲でした。それでも、その中から3,355本のドラム缶が見つかりました。ドラム缶は投棄した船の航跡に沿って列をなしていたといいます。UlyXは海底から8〜10mまで降りて撮影も行い、5つの区域でおよそ50本を写しています。この時点で、すでに中身が缶の外へにじみ出している様子が写っていました。

船からは、ドラム缶から離れた場所の堆積物も採取されました。分析すると、投棄に由来すると思われる人工の放射性物質が、深海で見込まれる量を上回って含まれていました。腐食したドラム缶の画像と、放射能の値が高かった堆積物の場所。この二つを重ねて、翌年に人が潜る先が決まりました。

有人潜水艇で水深4,700mへ

2026年5月27日から6月28日まで、今度は研究船「プルコワ・パ?」に約30人の研究者が乗り込みました。使ったのは有人潜水艇「ノティール」。3人乗りで水深6,000mまで潜れる機体で、この航海では20回の潜航を行い、4,700mを超える深さまで降りています。

ノティールが撮影したドラム缶は100本を超えました。多くは激しく腐食し、変形していました。中身をとじ込めていた樹脂やアスファルト、セメントが見分けられる状態のものもあり、いくつかの缶では中身が周囲の砂の上に流れ出しているのが、はっきりと見て取れました。

上の画像は想像図です。実際にノティールが撮影した写真は、記事末尾のCNRSの発表ページで見られます。

研究チームは5つの地点を選び、ドラム缶のすぐそば、さらには缶に触れている場所から、堆積物、水、生き物、微生物を採りました。比べるための基準として、近くの岩場の生き物も調べています。持ち帰ったものは、数百本の堆積物コア、数十匹の魚、ろ過した数千リットルの海水、イソギンチャクやナマコなどの多数の生物と、かなりの量にのぼります。

ドラム缶を選んで住みついた生き物たち

船に積んだ放射線の測定器は、ドラム缶の周辺からコバルト60とニオブ94の信号をはっきりと捉えました。この二つは、投棄された廃棄物に特有のもので、由来をたどれます。セシウム137とアメリシウム241も検出されました。こちらは大気圏内の核実験や原子力事故でも世界中にばらまかれたものですが、ここで見つかった量は、そうした背景の値をかなり上回っていました。中身が容器の外に出ていることは、写真だけでなく数値でも裏づけられたわけです。

ここまでは、想定の範囲内といえます。研究チームが向き合うことになったのは、その先でした。

深海の砂地は、生き物がまばらな場所です。ところが腐食したドラム缶には、イソギンチャクがびっしりと付いていました。周りには海綿、ナマコ、魚、甲殻類が集まり、とくにカニは缶を隠れ場所として気に入っている様子だったといいます。ドラム缶は、何もない砂地に置かれた硬い足場として、生き物の小さなすみかになっていたのです。

これは、当時の見込みとは違う展開です。中身がただ海水に溶けて薄まっていくのではなく、缶そのものが生態系の一部になっている。そうなると、漏れ出た放射性物質が、そこに住む生き物の体にどれだけ移っているのかが、次の問いになります。ドラム缶に触れた場所から生き物や微生物を採ったのは、まさにこれを調べるためでした。

汚染はどこまで広がっているか

数値がはっきり出たのは「漏れているかどうか」までで、「どこまで広がったか」の答えはまだ出ていません。現時点でわかっているのは、次の範囲です。

航海中の測定では、放射能の値は、試料を扱う研究者の放射線防護に大きな制約がいらない程度にとどまっていました。潜航を終えたノティールや測定機器を調べても、汚染は見つかっていません。ドラム缶のすぐそばでは背景を上回る値が出ている一方で、船の上で試料を扱える程度の低さである、というのが現場での結果です。

参考になる前例として、科学メディアのScienceAlertは、ノルウェー沖に沈んだ旧ソ連の原子力潜水艦「コムソモレツ」の調査を挙げています。そこでは、漏れている原子炉の直近では背景の数十万倍という値が出た一方、数メートル離れると海水に薄まって急激に下がっていました。ただし、これは別の場所の別の調査であって、NODSSUMのドラム缶で同じことが確かめられたわけではありません。ドラム缶からどの距離でどう値が変わるのかは、これから持ち帰った試料を測って初めてわかります。

分析はこれから

試料の分析は今後数か月かけて行われます。フランス国内の研究機関に加え、ノルウェー、ドイツ、スペインの研究者も加わって、どの放射性物質がどれだけ含まれるかを測り、ドラム缶から周囲の環境へどう広がっているかを追う予定です。撮影した画像からは、ドラム缶の上と周辺、そして離れた場所とで生き物の種類や構成がどう違うかも調べられます。

研究チームはこの調査を、深海を舞台にした放射生態学としては最初期のものと位置づけています。深海での試料の採り方から船上での放射線防護まで、手順を一から組み立てる必要があったためです。今回の発表は調査航海の報告であり、査読を経た論文としてまとまるのはこれからになります。

捨てた側の当時の見込みは「ゆっくり漏れて薄まる」でした。半世紀後に潜ってみると、たしかに漏れていて、たしかに周囲以外では低い値だった。ただ、その缶を住まいにしている生き物がいました。海に捨てたものがその後どうなるのか、その答えの最初の部分が、写真と測定値の形で戻ってきたところです。

出典

CNRSの発表(2026年7月2日):Radioactive waste dumped in the Atlantic: a scientific mission to document its interactions with ecosystems

研究者本人による解説(エスカルティン氏・シャルドン氏、The Conversation掲載、ENSサイト転載):Que deviennent les fûts de déchets radioactifs immergés dans l’Atlantique dans les années 1970 et 1980 ?

ScienceAlertの記事(2026年9月21日):150,000 Tons of Radioactive Waste Were Dumped in The Atlantic. Decades Later, It’s Visibly Oozing.

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