解毒剤のなかった貝毒に、ウシガエルのタンパク質が効いた

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「貝にあたった」で済まない中毒があります。麻痺性貝毒(まひせいかいどく)です。食べておよそ30分で唇や舌がしびれ始め、重ければ全身が動かなくなり、呼吸が止まって死に至ることもある。日本でも毎年、ホタテやアサリの出荷が止められる原因になっています。そして、この毒には解毒剤がありません。効くのは人工呼吸などの対症療法だけで、毒そのものを消す薬は存在しないままです。

カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)のチームが7月16日、その状況を変えるかもしれない報告を『ネイチャー・コミュニケーションズ』に発表しました。使ったのは、アメリカウシガエルが体内で作っているタンパク質です。これを一度注射するだけで、致死量の毒を打たれたマウスが助かった、という内容でした。

赤潮から二枚貝へ蓄積する毒

問題の毒はサキシトキシンといいます。作っているのは貝ではなく、海や湖で大量に増える有毒なプランクトン——渦鞭毛藻(うずべんもうそう)やシアノバクテリアです。これが大発生した状態が、いわゆる赤潮。二枚貝は海水を吸い込んで餌をこし取る生き方をしているので、そこにプランクトンが混じっていれば、毒だけが体に溜まっていきます。貝自身は平気なまま、中身が危険になる。

上の図の流れで、毒は海から食卓に届きます。厄介なのは、外見でも味でもまったく分からないことと、加熱しても壊れないことです。

サキシトキシンは分子量にしておよそ300と、かなり小さな物質です。それが何をするかというと、神経や筋肉の細胞にある電位依存性ナトリウムチャネル——電気信号を通すための、細胞膜に開いた通り道——にはまり込んで、ふさいでしまう。信号が伝わらなくなれば、筋肉は動きません。呼吸に使う筋肉が止まるところまで進むのが、この中毒で死に至る道筋です。

強さの目安として、サキシトキシンは海の毒のなかで唯一、化学兵器禁止条約の規制物質に指定されています。仲間の毒は50種類以上あり、なかにはサキシトキシンより強いものも含まれます。

解毒剤が作られてこなかった理由

解毒剤を作ろうという試みは、以前からありました。よくある手は、毒に結合する抗体を動物に作らせ、その血清を薬にする方法です。ヘビの毒に対する血清が同じ考え方でできています。

ところがサキシトキシンでは、これがうまくいきませんでした。分子が小さすぎて、免疫系がまともに反応してくれないのです。1980年代から90年代にかけてウサギの抗血清を使った実験がいくつか行われていますが、成績は芳しくありませんでした。静脈に直接打たなければ効かなかったり、あるいは毒と抗血清をあらかじめ試験管の中で混ぜておいた場合しか効かなかったり。実際に中毒が起きてから駆けつける薬としては、成立していなかったわけです。

神経細胞を守る側から攻める方向も試されましたが、こちらも実を結びませんでした。マイナー氏の言葉を借りれば、これは「解決策を探している問題」の状態が長く続いていた分野でした。

カエルの毒耐性を支えるタンパク質

糸口は、100年近く前のUCSFにありました。1920年代から30年代にかけて、カリフォルニア沿岸で起きていた貝の中毒を調べていた医師のヘルマン・ゾンマーが、当時「ムール貝の毒」と呼ばれていたものは貝そのものではなく貝に付いている微生物に由来する、と突き止めています。サキシトキシンという物質にたどり着く土台を作った仕事です。

そのゾンマーが、もうひとつ気づいたことがありました。カエルの一部は、この毒を打っても平気だという観察です。1932年の論文に残っています。

なぜ平気なのかが分かったのは、ずっと後のことでした。カエルの体液には、サキシトキシンとぴったり結合するタンパク質があったのです。名前をサキシフィリンといいます。分子量はおよそ9万1000で、毒より300倍ほど大きい。結合する力はきわめて強く、神経のナトリウムチャネルが毒を引きつける力と互角です。だから、毒とチャネルの間に割って入って先に捕まえられる。研究者たちはこれを「毒スポンジ」と呼んでいます。実際、カエルはマウスの致死量の20倍を打たれても生き延びます。

上の図の左が毒だけの状態、右がタンパク質が入った状態です。毒を捕まえて離さないので、通り道はふさがれずに済みます。

ここまでは試験管の中と、細胞を使った電気の測定で確かめられていた話でした。人間のナトリウムチャネル3種類——骨格筋型、心臓型、末梢神経型——を毒でふさいだうえにサキシフィリンを加えると、電流が元通りに戻ることも今回あらためて示されています。ただ、それが生きた動物の体の中でも成り立つのかは、確かめられていませんでした。

投与の順序を変えた三つの実験

チームがマウスで組んだのは、投与の順番だけを変えた三通りの実験です。使った毒の量はどれも同じで、致死量の2.5倍。毒だけを打たれたマウスは3分以内に症状が出始め、死ぬまでの時間は中央値で約4.4分でした。動きが止まり、後ろ足が引きずられ、けいれんが来て、腹で呼吸するようになると、そこから戻ったマウスはいませんでした。

一つ目は、毒とタンパク質をあらかじめ30分混ぜてから注射するパターン。10匹全部が生き残り、しかも症状が一切出ませんでした。

二つ目は、タンパク質を先に打ち、1分後に毒を打つパターン。12匹中10匹が生き残り、うち8匹は最後まで無症状でした。

そして三つ目が、順番を逆にした場合です。先に毒を打ち、その1分後にタンパク質を打つ。毒だけなら4分ほどで死ぬ量が、すでに体に入っている状態です。

この条件で、10匹中9匹が生き残りました。7匹は症状すら出ていません。けいれんの回数は、毒だけのマウスと比べて10分の1に減っていました。二つ目のパターンと成績がほとんど変わらない、という点も重要です。つまり、あらかじめ備えておく薬としてだけでなく、あたってから打つ薬としても機能した。長らく「予防でしか効かない」ところで止まっていた分野が、ここで一歩進んだことになります。

症状が出かけたのに途中で戻ったマウスも、いくつか記録されています。進みかけた麻痺を押し戻せた例があるということです。

結合ポケットの有無が分けた結果

本当に「毒を捕まえる」ことが効いているのか。それを確かめるために、チームは対照実験を用意しました。サキシフィリンの毒を捕まえる部分をたった1か所だけ書き換え、結合する力を約2000分の1に落とした変異型を作り、同じ実験を繰り返したのです。

結果ははっきりしていました。変異型を使ったマウスは、毒だけを打たれたマウスとほとんど変わらずに死んでいます。死ぬまでの時間も、けいれんの回数も、差がありませんでした。形も大きさもほぼ同じタンパク質なのに、毒をつかむ一点が働かなくなるだけで効果が消える。効いているのは毒を捕まえる働きそのものであって、それ以外の何かではない、と言えるわけです。

投与したサキシフィリンがどこへ行くのかも調べられました。5時間後に臓器を調べると、腎臓でいちばん多く、次いで心臓と肝臓、さらに骨格筋と脳からも検出されています。お腹の中に打っただけで全身に回っていた。骨格筋は毒が最も強く効く場所なので、そこに届いているのは都合がよい。脳から見つかったのは意外な結果で、サキシフィリンが鉄を運ぶタンパク質トランスフェリンと構造が似ていることから、その輸送路を借りて脳へ入り込んだのではないかと推測されていますが、確認はこれからです。

なお、タンパク質だけを打たれたマウスには、悪い反応は一切出ていません。実験で使った最大量まで、問題なく耐えられていました。

日本の検査体制と規制の及ばない範囲

日本にとって、この毒は遠い話ではありません。麻痺性貝毒は日本各地で発生していて、ホタテガイ、アサリ、カキ、ムラサキイガイなど幅広い二枚貝で問題になります。

対策は整っています。都道府県が生産海域で有毒プランクトンの発生状況を監視し、毒が溜まりそうな時期には少なくとも週1回、貝を検査する。可食部1グラムあたり4マウスユニットという規制値を超えれば、その海域の出荷が自主規制されます。1マウスユニットというのは、体重20グラムのマウスを15分で死なせる毒の量のことです。解除できるのは、3週連続で規制値を下回ってから。この体制が敷かれて以降、市販の貝による麻痺性貝毒の食中毒は報告されていません。

ただし、規制がかかるのは流通する貝です。潮干狩りや磯遊びで自分が採った貝は、この網の外側にあります。2018年3月には、大阪湾の海岸で採ったムラサキイガイを自宅で調理して食べた3人が中毒を起こしました。食べておよそ2時間で症状が出て、その1時間半後に救急搬送。3人のうち2人が入院し、1人は重症でした。

体重60キログラムの成人の致死量は、3000から2万マウスユニットとされています。大阪健康安全基盤研究所の試算では、1グラムあたり150マウスユニットを超えるアサリなら、むき身20粒ほどで死に至る可能性がある。10粒程度でも何らかの症状は出ると考えられています。

今回の研究は、この構図を変えるものではありません。安全なのは検査と出荷規制があるからで、薬ができたからではない。むしろ、規制が届かない範囲で起きた中毒に対して、これまで打つ手がなかった——その空白を埋めうる候補が初めて出てきた、と読むのが正確です。

実用化に向けて残る課題

マウスの実験です。人に使われたことは一度もありません。

それ以外にも、埋めるべき隙間がいくつも残っています。今回使われたのは雌のマウスだけで、それぞれの条件のマウスは10匹から12匹という規模でした。投与はお腹の中への注射で行われていて、人に使うならこの経路のままとはいかないでしょう。

カエル由来のタンパク質を人に繰り返し入れれば、免疫が反応する可能性もあります。研究チーム自身が、今後の課題として結合力の向上、50種類以上ある類縁の毒すべてに効くかどうかの確認、免疫反応への対処、投与経路の最適化を挙げています。

それでも、方向としては見通しが立ちました。1種類のタンパク質を作ればよいので、動物から血清を集める方法に比べれば、安定して量産しやすい。マイナー氏の次の目標は、サキシフィリンをもっと小さく設計し直しても同じ働きが保てるかを確かめることだといいます。

そして、この考え方は貝毒だけの話でもありません。フグにもサキシトキシンやフグ毒と結合するタンパク質があることが知られていますし、ヘビ毒やコレラ毒素に対しては、人工的に設計した結合タンパク質で中和する研究がすでに進んでいます。毒を作る生き物のそばには、その毒に耐える生き物がいる。そこから薬の設計図を借りてくる、というやり方が形になりつつあります。

出典

Nixon, S. A. et al. “Saxiphilin functions as a toxin sponge protein that counteracts the effects of saxitoxin poisoning” Nature Communications 17, 5934 (2026年7月16日) DOI: 10.1038/s41467-026-75136-z
https://www.nature.com/articles/s41467-026-75136-z(オープンアクセス)

カリフォルニア大学サンフランシスコ校 プレスリリース
https://www.ucsf.edu/news/2026/07/432196/ribbit-do-frogs-have-first-antidote-deadly-red-tide-toxin

農林水産省「貝毒の規制値」
https://www.maff.go.jp/j/syouan/tikusui/gyokai/g_kenko/busitu/01b_kisei.html

大阪健康安全基盤研究所「麻痺性貝毒のはなし」
http://www.iph.osaka.jp/s008/030/20190226134401.html

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