アフリカ南西部のナミブ砂漠は、世界でもっとも乾いた土地のひとつに数えられます。ところが不思議なことに、この砂漠には海から霧が定期的に流れ込みます。夜のうちに押し寄せた霧は、日の出まで砂丘を包み続ける。雨はほとんど降らないのに、霧だけはある——そんな土地です。
この霧を高電圧で引き寄せて、飲み水に変える。そんな装置の実地試験が、ナミブ砂漠で行われました。手がけたのは、高電圧工作で知られるYouTubeチャンネルのPlasma Channel。ナミビア大学と協力しての挑戦で、その顛末を電子工作系メディアのHackadayが紹介しています。ラボでは目覚ましい成果を出していた装置が、本物の砂漠で何に直面したのか。今回はこの話を紹介します。

ネット式と静電式の違い
霧から水を採る道具といえば、昔からあるのは目の細かいネットです。風の通り道に網を立てておき、霧の粒がたまたま網に当たってくっつくのを待つ。粒が集まって水滴に育つと、自分の重さで網を伝い落ち、下の樋(とい)にたまります。電気は一切使いません。ただし「たまたま当たる」のを待つ方式なので、霧の大部分は網の目をすり抜けていってしまいます。
Plasma Channelが持ち込んだのは、これとは発想の違う静電式です。工場の煙突で煤(すす)を集めるのに使われる「電気集塵」という技術の応用で、高電圧をかけた電極で空気中の霧の粒を帯電させ、電気の力でアース側の集水ワイヤーへ引き寄せます。すり抜けるのを待つのではなく、粒のほうから寄ってこさせる。この方式は思いつきの工作ではなく、MITの研究チームが2018年に査読付きの論文で示したアイデアが下敷きになっています。
効果は、ラボの実験でははっきり出ていました。超音波式の霧発生器で霧を流したとき、電圧をかけない網には水がほとんど集まらなかったのに、35キロボルトをかけると小さな網に5分間で40ミリリットルの水がたまったのです。その後に作られた大型版は、2本の杭のあいだにワイヤーを渡し、片方の杭に2万ボルトの高電圧発生器とバッテリーを仕込んだ構造で、密閉容器内の濃い霧を使った試験では、消費電力1ワット時あたり14ミリリットルの水を集めました。装置は太陽光パネルで動かせるように作られており、ナミブ砂漠の「霧は夜から朝、日中は晴天」というリズムとも相性がよさそうに見えます。昼にパネルで充電し、夜に霧を待てばよいわけです。
機内預け荷物に収まるよう装置を再設計し、飛行機でナミビアへ。太陽光パネルまで含めて無事に現地に届き、試験の舞台は整いました。あとは名物の霧が流れ込んでくるのを待つだけ——のはずでした。
現地で待っていた二つの誤算
ところが、肝心の霧が出ませんでした。
試験はまず、ナミビア大学のキャンパスで始まりました。ここには以前から、空気中の水分を集める他のプロジェクトの装置がいくつも設置されていて、いわば大気採水の実験場になっている場所です。それでも、定期的に来るはずの霧はなかなか現れず、空振りの夜が続きました。霧の砂漠として知られる土地に、霧を採りに行って、霧に会えない。ラボなら霧発生器のスイッチひとつで作れた「実験条件」が、現地では向こうの都合次第だったのです。
誤算はもうひとつありました。塩です。ナミブ砂漠は海岸沿いに広がる砂漠で、海のしぶき由来の塩分が空気に混じっています。これが海から数キロ内陸に入った場所でも強く残っていて、装置をひどく腐食させました。とりわけ痛かったのが、この装置の心臓部である高電圧の電子回路が塩に弱かったことです。霧を電気で引き寄せるという仕組みそのものが、塩を含んだ空気という環境と相性が悪かったわけです。
それでも、装置がまったく働かなかったわけではありません。条件がそろった場面では、狙いどおり水を集めることができました。方式として成り立つことは現地でも確かめられた。ただ、霧の気まぐれと塩の攻撃という、ラボでは出てこなかった相手に阻まれた——それが今回の実地試験の結果でした。
実地試験が残した課題と次の舞台
うまくいかなかった話をわざわざ紹介したのは、これが実地試験というものの価値をよく示しているからです。ラボの実験は条件を自分で決められますが、現実の環境は決めさせてくれません。霧がいつ出るか、空気に何が混じっているか。持って行ってみて初めて分かることがあり、今回の試験はまさにそれを持ち帰ってきました。腐食の問題を踏まえて装置は再設計が必要とされており、それを終えたうえで、次は南米のアタカマ砂漠で試験する予定だといいます。アタカマはナミブと世界一の乾燥を競う土地で、やはり海霧が流れ込むことで知られています。
一方で、この方式には根本的な問いも残っています。Hackadayのコメント欄で繰り返し指摘されているのが、電力を使ってまで霧を集める価値があるのか、という点です。ネット式は効率こそ低いものの、電気ゼロで水が集まります。ラボで出した「1ワット時あたり14ミリリットル」という数字も、人工的に作った濃い霧の中での値で、気まぐれな本物の霧を相手にどれだけ採れるのかは、まだ分かっていません。なお、方式の元になった2018年の研究は査読を通っていますが、今回の実地試験そのものは査読論文になっているわけではなく、数字はあくまでチームの報告値です。
静電式が本領を発揮するのか、それとも電気のいらないネットで十分なのか。答えを出すには、霧の出る夜に現地で装置を並べて比べるしかありません。次のアタカマでの試験が、その機会になるのかもしれません。
出典
Hackaday(2026年9月2日、Maya Posch 記者)
Harvesting Namib Desert Fog With High Voltage
Hackaday(2025年2月24日、Maya Posch 記者)※ラボ試験の紹介記事
Harvesting Water With High Voltage
Damak, M. ほか (2018). Electrostatically driven fog collection using space charge injection. Science Advances, 4(6).
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.aao5323


コメント