悪玉コレステロールを52%下げた遺伝子編集、注目すべきは数字ではなく12か月後の測定だった

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点滴を一度受けるだけで、肝臓の細胞のなかにある遺伝子を書き換えてしまう。そんな薬の、投与から1年後の追跡データが公表されました。CTX310という開発中の薬で、対象は既存の薬では脂質が下がりきらなかった15人です。米クリーブランド・クリニックのルーク・ラフィン氏らが8月28日、欧州心臓病学会(ESC)の学術集会で発表し、同じ日に『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』にも短い報告として載りました。

使う道具はCRISPR-Cas9、狙う相手はANGPTL3という遺伝子です。この遺伝子から作られるタンパク質は、血液中の脂肪を分解する酵素にブレーキをかける役目を持っています。ブレーキが弱まれば、脂質は処理されやすくなる。CTX310は、そのブレーキの設計図そのものを壊しにいく薬です。

上の画像のように、CRISPRの部品は脂質でできた微小な粒(脂質ナノ粒子)に包まれ、点滴で静脈から入ります。この粒は血流に乗ると肝臓に集まりやすい性質があり、肝細胞のなかで中身を放して、そこでANGPTL3の遺伝子に切れ込みを入れます。

生まれつきブレーキの弱い人たち

この薬の発想のもとになっているのは、人間のなかにもともといる一群の人たちです。ANGPTL3を作る遺伝子に働きの弱い変異を持って生まれてくる人がいて、その人たちはタンパク質が少ないぶん血液中の脂肪をうまく処理でき、悪玉コレステロール(LDL)も中性脂肪も低めに保たれます。しかも、そのことで健康を損ねているという報告は今のところ見つかっていません。

つまり、自然界がすでに「この遺伝子の働きを落とすとどうなるか」を人体で試し続けてくれている状態です。CTX310は、その体質を後から作り出そうとする薬だと言えます。

試験に入った15人は、家族性高コレステロール血症や重症の高中性脂肪血症など、脂質の異常が重い人ばかりでした。しかもここが大事なところで、参加者の大半はすでにスタチンやエゼチミブを飲んでおり、4割はPCSK9阻害薬も併用していました。それでもなおLDLや中性脂肪が高いまま残っている——そういう人たちが集められています。

とはいえ「一度打てば済む」という触れ込みは、投与直後の数字だけでは確かめようがありません。効いているかどうかではなく、効き続けるかどうかが問われる薬だからです。今回の報告は、そこに答えを出すために組まれたものでした。

12か月後に測り直された数値

最も量を多く入れたのは、体重あたり0.8ミリグラム(除脂肪体重換算)を受けた4人です。この4人では、投与から1〜2か月の時点でANGPTL3が平均73%減り、LDLコレステロールが49%、中性脂肪が55%下がっていました。

そして12か月後。ANGPTL3は平均79%減、LDLは53%減、中性脂肪は48%減でした。

数字が薄れていません。それどころか、ANGPTL3とLDLについては1〜2か月時点よりわずかに深くなっています(中性脂肪だけは少し戻りました)。個人差の幅も大きく、ANGPTL3が89%、LDLが84%、中性脂肪が78%まで下がった人がいます。

つまり、報道で見出しになった「LDLが52%下がった」という数字は、実は去年の段階ですでに分かっていたことです。今回あらためて報告されたのは、その52%が1年たっても戻ってこなかったという一点でした。同じ数字がもう一度出てきた、というより、同じ数字がまだそこにある、という話です。

書き換えたものが戻らないという性質

効果が薄れなかった理由は、この薬のやり方そのものにあります。

コレステロールを下げる薬の多くは、タンパク質の働きを邪魔したり、設計図を読む途中の段階を止めたりします。邪魔をやめれば元に戻るので、毎日飲む、あるいは数か月ごとに打つ必要がある。一方でCTX310が触るのは設計図そのもの、つまり細胞のDNAです。いちど切れ込みが入って修復に失敗した遺伝子は、そのままでは元の配列に戻りません。その細胞が分裂すれば、書き換わったDNAは娘細胞にも受け継がれます。

上の画像は、ブレーキ役のタンパク質が減ったときに血管のなかで何が起きるかを描いたものです。脂肪を分解する酵素が働きやすくなり、血液中に浮いている脂質の粒が減っていきます。

飲み忘れという概念が存在しない薬、という言い方もできます。ラフィン氏は発表に寄せたコメントで、心血管リスクの高い患者にとって難しいのは治療を始めることより続けることだ、と述べています。毎日の服薬を一生続けられる人ばかりではない、という現場の事情が、この開発の動機になっています。

解釈上の留意点

期待できる結果ではありますが、この段階の試験でできることには限りがあります。

まず規模です。全体で15人、最高用量にいたっては4人しかいません。4人の平均値が数パーセント動いたとして、それが本当の変化なのか、たまたまなのかを区別する力はこの人数にはありません。対照群もなく、誰がどの薬を受けたかは伏せられていない試験(非盲検)でもあります。第1a相はそもそも安全性と忍容性を確かめるための段階で、脂質がどれだけ下がったかは副次的な項目でした。

安全性については、重篤な有害事象で治療に関連すると判定されたものはありませんでした。ただ、治療関連と判定された有害事象そのものは15人中7人で起きています。いずれも軽度から中等度で、内訳はアレルギー反応が1人(翌日に回復)、点滴に伴う反応が3人、肝臓の酵素の一過性の上昇が1人でした。投与から179日目に1人が亡くなっていますが、治療とは無関係と判定されています。

持続性の読み方にも注意がいります。ラフィン氏自身が、1年もったことをもって「永続」と呼ぶのは早いと釘を刺しています。追跡の途中で他の脂質の薬を足した参加者がいれば、1年後の数値がCTX310だけの効果なのか判断しづらくなるためです。参加者は15年間の追跡調査に同意しています。

そして、この治療がもともと持っている性質でもあるのですが、書き換えは取り消せません。効果が続くことと、やめられないことは同じ一つのことの裏表です。安全性の根拠は「ANGPTL3の働きが弱い人が自然にいて、その人たちに目立った不利益が見つかっていない」という観察に寄りかかっており、それが何十年という時間軸でも成り立つかは、これから確かめていくところです。

なお、この試験はCTX310を開発するCRISPR Therapeutics社の資金で行われました。数字の受け取り方に関わるので、押さえておいてよい点だと思います。

現在は第1b相が進行中で、第1a相で最も効いた0.8ミリグラム相当の固定用量を、疾患ごとに分けた集団で試しています。重症の高中性脂肪血症の集団については、2026年後半に結果が示される予定です。

出典

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