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1911年より前に書かれた文章だけを読ませたAIに、アインシュタインと同じ問いを投げたら、一般相対性理論にたどり着けるのか。Google DeepMindのデミス・ハサビス氏が2026年2月、ニューデリーのAIサミットでこう提案しました。それができたら「AGI(人間並みの汎用知能)の良い試験になる」というわけです。
言うだけなら簡単ですが、実際にやった人たちがいます。サンフランシスコの独立研究者マイケル・フラ氏は1900年より前の文章だけでモデルを一から訓練し、チューリッヒ大学のグループは1913年、1929年、1933年、1939年、1946年と、区切りの年をずらした歴史モデルを一家族ぶん作りました。9月9日付のNature誌が、こうした「ヴィンテージ言語モデル」の試みをまとめて特集しています。結論を先に言うと、AIはまだ相対性理論を再発見していません。ただ、面白いのは失敗の中身のほうです。
なお、この記事はAnthropic社のClaudeを使って書いています。後で出てくるように、フラ氏の実験でも採点役にClaudeが使われていて、うちはこの話題の当事者に近い立場です。そのうえで読んでください。
1911年で止めた人工知能という発想
一般相対性理論は1915年に発表されました。重力を「質量が時空をゆがめること」として説明する理論で、ブラックホールや重力波の研究から、GPS衛星の時刻補正まで、いまも現役で使われています。物理学の最高峰のひとつと言ってよく、だからこそAI業界のトップたちは、自分たちの作ったものが「あの水準の飛躍」をできるのかを気にしています。
ハサビス氏の提案は、要するに時間を巻き戻す実験です。相対性理論が生まれる前の時代の文章だけで大規模言語モデルを訓練し、当時の実験結果を見せて「これをどう説明する?」と聞く。もし理論そのものに行き着けば、AIは訓練データの外側で新しいことを考えられる、という強い証拠になります。
この発想自体は少し前からありました。2024年12月には、カリフォルニアの非営利団体Truthful AIのオウェイン・エヴァンス氏が、ある年で知識を止めた「歴史モデル」を作って何を再発見できるか試そう、という講演をしています。相対性理論でなくてもいい。1930年で止めたモデルなら、チューリング機械、ゲーデルの不完全性定理、ニュートリノの予言といった1930年代の成果が試験問題になります。
帰納と飛躍——相対性理論が試験に選ばれた理由
なぜよりによって相対性理論なのか。ここには、いまのAIの得意不得意がそのまま関わっています。
DeepMindの研究者トム・ザハヴィ氏は2026年1月、「LLMは跳べない」と題した論考を自分のサイトに公開しました。科学哲学で昔から言われてきたことですが、大発見は「たくさんの例から一般則を引き出す」帰納だけでは起きません。ひとつの説明のつかない現象に対して、その原因を発明する——そういう飛躍が要ります。ザハヴィ氏はこれを、いまの言語モデルにいちばん欠けているものだとしています。
言語モデルの基本は、大量のデータから相関を見つけ、いちばんありそうな続きを出すことです。データが山ほどあるときには強い。ところが、物の見方そのものが変わるような発見は、往々にしてデータが少ないときや、標準的な説明に合わない「例外」から生まれます。
科学者がそういう場面でやってきたのは、少ないデータから「裏にある原理」を推し量ることです。教科書的な例が、ケプラーとニュートンです。ケプラーは惑星の観測データから、軌道が楕円であることなど三つの法則を導きました。ニュートンはその法則を手がかりに、万有引力と運動の法則という「なぜそうなるか」に到達しています。観測から規則を見つけるのがケプラー、規則の下にある原理を見つけるのがニュートン。相対性理論はそのさらに先で、ニュートンの重力そのものを別の原理で置き換えました。
いまのAIはこの階段のどこまで登れるのか。それを見るのに、相対性理論はちょうどいい目標なのです。
1900年以前の文章だけで育てたモデル
フラ氏が2026年3月に公開した実験は、この試験をほぼそのまま個人で実行したものです。モデルの名前は「マキナ・ミラビリス」。アインシュタインが特殊相対性理論などの論文を立て続けに出した1905年を「奇跡の年(アンヌス・ミラビリス)」と呼ぶことにちなんでいます。
訓練データは、1900年1月1日より前に出版された本と新聞です。図書館の蔵書をデジタル化したデータセットや、大英図書館の書籍コレクション、アメリカの古い新聞などから集め、余計なものを徹底的に取り除きました。たとえば本文のどこかに「アインシュタイン」という単語が一度でも出てくる文書は、丸ごと捨てています。現代に書かれた訳者のまえがきや脚注が混じっていることがあるからです。こうして残ったのが約220億トークン(単語の断片で数えた量)で、これで33億パラメータのモデルを訓練しました。いまの最先端モデルから見ればかなり小さい部類です。
物理の力をつけるために、マクスウェルの『電気磁気論』やニュートンの『光学』など、1900年より前の物理書2,600冊あまりを追加で学習させています。仕上げには、物理の文章から「一見矛盾する事実」を抜き出して説明させ、その答えの良し悪しを別のAI(AnthropicのClaude Sonnet 4)に採点させる、という手順で鍛えました。ここは正直に書いておくと、採点役が現代のAIである時点で「現代の知識がまったく混じっていない」とは言い切れなくなります。フラ氏本人もその点を限界として挙げています。

試験問題は四つ。黒体放射の「紫外破綻」、光電効果、特殊相対性理論、一般相対性理論です。ただし、白紙から考えさせたわけではありません。当時の実験結果と、当時の常識的な仮定をいくつか並べ、「この中でどれが間違っていそうか、そしてどう説明するか」を答えさせる形にしています。一般相対性理論については、加速するエレベーターの中で光がどう見えるかというアインシュタイン自身の思考実験を、そのまま問題文にしました。
光量子をかすめた一文
結果は、フラ氏の言葉を借りれば「直感の片鱗」が見えた、というものでした。
いちばん良かったのは光電効果です。金属に光を当てると電子が飛び出す現象で、光を波だと考えると説明がつかず、アインシュタインは「光はエネルギーのかたまり(光量子)として飛んでくる」と考えることでこれを解決しました。モデルは、光が連続的なものではなく「ばらばらの部分」からなる、光は「一定量のエネルギー」でできている、といった趣旨の文を出しています。Natureの記事が引いた表現では、光が「多数の別々の衝撃に分かれる」。1900年の知識しかないはずのモデルが、光量子の入り口に足をかけた、と読める文です。
エレベーターの思考実験では、「重力が、光の伝わる媒質を引っ張っている」という答えが出ました。これは19世紀のエーテル説の延長で、正解ではありません。ただ、「重力が光の通り道そのものに作用する」という形をしている点だけ見れば、時空がゆがむという発想に少し似ています。重力と加速が区別できない、という結論に達することも、ときどきありました。
ここまでなら「AIは相対性理論をかすめた」と書けそうです。でも、フラ氏自身の総括は慎重です。多くの問題で失敗している。うまくいった答えも、モデルが世界の仕組みを内側に持って推論した結果というより、それらしい言葉をオウム返ししているだけに見える。しかも、実験の設定はアインシュタインが直面したものよりずっと易しい。当時の実験結果を選び、問うべき問いを立てたのはフラ氏であって、モデルではありません。発見のいちばん難しい部分を、人間が肩代わりしていたわけです。
正しい法則を出せない理由
ここからが本題です。フラ氏の実験は小さなモデルだったので「もっと大きければ違ったのでは」と言いたくなります。ところが、規模や時代の縛りとは別のところで、同じ壁にぶつかった研究があります。
MITのセンディル・ムライナタン氏らが2025年7月の国際会議ICMLで発表した研究です。こちらは歴史データではなく、コンピューターで作った惑星系の運動データを使いました。たくさんの惑星系について、ニュートン力学に従って計算した軌道を大量に与え、それを予測する「軌道力学モデル」を訓練します。ケプラーの観測からニュートンの法則へ、という階段をAIが登れるかを、もっとも条件のよい形で試したことになります。データはきれいで、量も十分で、正解の法則はひとつしかありません。
結果、モデルは軌道の予測はうまくできるようになりました。ところが、ふたつの天体のあいだに働く力を答えさせると、ニュートンの万有引力の法則を一度も導きませんでした。それどころか、惑星系ごとに違う「法則」を当てはめ、しかもそれぞれが別々のやり方で間違っていたのです。

つまり、予測が当たることと、裏にある原理をつかむことは別物だった。モデルは惑星系ひとつひとつに対して「この場合はこうすれば当たる」という場当たりの手順を作り上げていて、全部に共通するひとつの法則を探しに行かなかった。予測の成績だけ見ていたら、この違いには気づけません。
同じMITのジェイコブ・アンドレアス氏は、問題の所在をもう一段はっきりさせています。言語モデルが一般相対性理論を出力すること自体は、原理的には妨げられていない。ただしそれは、同じデータに対するでたらめな理論を無数に出す中の、確率的なひとつとしてです。困るのは、その中からどれが正しい(せめて試す価値がある)かを、モデル自身が見分けられないこと。ムライナタン氏らのモデルが出した「惑星系ごとに違う法則」は、まさにこの問題の実物でした。
数学でAIが最近めざましいのは、ここが違うからです。証明の一歩一歩が正しいか間違っているか、機械的に検証できる。2026年5月にOpenAIのAIがエルデシュの80年来の予想を反証した件について、ムライナタン氏は「本物の概念的な前進」と評価しつつ、既存の数学の文献にあった発想を組み合わせたものであって、何もないところから閃いたアインシュタイン型ではない、とも言っています。物理の理論には、証明のような一歩ごとの検証がありません。だから「たくさん出して当たりを選ぶ」やり方が使えない。人間はそもそも、理論の候補をたくさん確率的に作ってから正しいものを探す、という順番で考えていない——アンドレアス氏はそう指摘しています。
過去だけの世界を作る難しさ
さらに手前の問題もあります。「ある年より前のことしか知らないAI」を、そもそも作れるのかという問題です。
フラ氏が悩まされたのは、データの汚さでした。古い印刷物をスキャンして文字にしたデータは、読み取りミスや崩れた英語だらけで、そのままでは訓練に向きません。1900年以前、1905年以前、1964年以前と区切りを変えて基礎能力を比べると、古いほど成績が落ちました。データの量だけでなく質の問題が効いています。
サンフランシスコの独立系研究者ニック・レヴィン氏らは、1930年で区切ったモデルを作ろうとしました。1930年に出版された作品が2026年の初めにアメリカで著作権切れになり、使えるデータが増えたからです。ところが、できあがったモデルは「漏れ」がひどかった。1950年代のことを聞くと、しばしば、しかも正しく答えてしまう。1930年以前のはずのモデルが、1933年から1945年まで大統領だったフランクリン・ルーズベルトの政権について答えた、という例をレヴィン氏は挙げています。データに正確な日付がついていないと、後の時代の情報を完全にはじくのは難しいのです。
チューリッヒ大学の「Ranke-4B」は、日付つきの文章で区切りをつけた歴史モデルの一家族で、1913年、1929年、1933年、1939年、1946年という節目で分けてあります。第一次世界大戦の前、大恐慌、ナチスの政権掌握、第二次大戦の開戦、戦後——歴史上の分かれ目に合わせた選び方です。メンバーで経済学者のダニエル・ゲットリヒ氏(現在はETHチューリッヒ)は、歴史データも計算資源も、現代の最先端モデルに並ぶものを作るには足りない、とはっきり言っています。
天才ではなく、天才のきらめき
だからゲットリヒ氏が試そうとしているのは、モデルが一般相対性理論を書き上げるかどうかではありません。歴史モデルの出す文章の中に、あとで来る発見の「痕跡」が混じっているかどうか。本人の言い方では、「我々が試しているのは天才ではなく、天才のきらめきだ」。フラ氏のモデルが光電効果で出した一文も、そういう「きらめき」の候補です。ただそれが、世界の仕組みをつかんだ結果なのか、それらしい言葉の並びなのかは、まだ区別できていません。
レヴィン氏は別の使い道を考えています。歴史モデルを、当時の人の「予測」を再現する道具にする。うまくいけば、たとえば今年の1月で知識を止めたモデルに、6月に実際に起きた発見をあらかじめ言い当てられるか、といった試験もできます。データと計算の規模が桁違いなので、その設定なら小さくない発見をひとつはするだろう、と本人は予想しています。この試験の利点は、「漏れ」を疑う余地が少ないことです。
テクニオン(イスラエル工科大学)のイド・カミナー氏らは、2026年7月に「AIはアインシュタインの足跡をたどれるか」という題のプレプリント(査読前の論文)を公開しました。そこでの見立ては、AIによる物理の進歩が、人類の物理の歴史を逆向きにたどっている、というものです。人間は、現象のパターンを当てる段階から、ケプラーの法則のような経験則へ、そして相対性理論のような原理に基づく理論へ進んできました。AIはその逆で、初期には方程式を探す手法が目立ったのに、最近の目玉であるタンパク質構造予測や気象予測は、ものすごく当たるけれど理論は与えてくれない「予測機」です。カミナー氏は、相対性理論級の飛躍がAIにとって原理的に無理だとは考えていません。ただし、いまのモデルが立っている前提のいくつかを考え直さないと起きないだろう、と。
ハサビス氏の提案から半年あまりで分かったのは、「AIは相対性理論を見つけられるか」に答える以前に、試験そのものがまだ組めていない、ということでした。過去だけを知るAIは作りにくく、作れても現代の知識が漏れ込む。そして理論を出せても、正しいものを選べない。それでも、光が「別々の衝撃」に分かれると書いた小さなモデルの一文は、この方向を試し続ける理由としては十分だと思います。
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出典
Ball, P. “The Einstein test: what happens when AI tries to rediscover relativity?” Nature 657, 338–340(2026年9月9日)
https://www.nature.com/articles/d41586-026-02804-x
Hla, M. “Machina Mirabilis”(2026年3月、個人サイト)
https://michaelhla.com/blog/machina-mirabilis.html
Vafa, K., Chang, P. G., Rambachan, A. & Mullainathan, S. “What Has a Foundation Model Found? Using Inductive Bias to Probe for World Models” Proc. 42nd ICML, PMLR 267, 60727–60747(2025年)
https://proceedings.mlr.press/v267/vafa25a.html
Shalyt, M., Regev, N., Soljačić, M. & Kaminer, I. “Can AI Follow In Einstein’s Footsteps?” arXiv:2607.27794(2026年7月30日、査読前)
https://arxiv.org/abs/2607.27794


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