砂に微生物を住まわせて「生きた砂」に——水の抜けを6分の1にした砂漠農業の第一歩

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砂に水をまくと、あっという間に下へ抜けていきます。砂粒どうしがくっついていないので、粒のすき間を水がそのまま通り抜けてしまうためです。栄養もほとんど含まれていません。砂漠の砂が畑になりにくい理由は、突き詰めるとこの二つです。

スイスの材料研究機関Empa(スイス連邦材料科学技術研究所)と、アブダビのハリファ大学の研究チームが、この砂に微生物を住まわせて「生きた砂」に変える実験をしました。細菌が作る細い繊維で砂粒どうしを結び、水が抜ける速さを6分の1に、方法を変えれば28分の1にまで落としたという内容です。ただし、数字の中身をよく見ると「水をたくさん蓄えられるようになった」わけではありません。そこがこの研究のおもしろいところなので、順に見ていきます。

砂漠の砂が畑になりにくい理由

研究チームが念頭に置いているのはアラブ首長国連邦(UAE)のような土地です。New Atlasの記事によれば、UAEは国土の大半が砂漠で、農業に向いた土地は5%ほど。食料の自給率は1〜2割にとどまり、大部分を輸入に頼っています。

Empaのプレスリリースは、砂の問題点を三つに整理しています。微生物や植物を養う有機物がないこと、砂粒がばらばらで風や水に削られやすいこと、そして水がすぐに抜けるので灌漑(かんがい)にたくさんの水が要ること。灌漑は水を足す対策、肥料は栄養を足す対策ですが、砂粒がばらばらなままでは、足したものがそのまま流れ出てしまいます。

研究チームはこの三つを別々に解決するのではなく、まとめて手をつける方法を考えました。砂の中に微生物を育て、微生物自身に砂粒をつなぐ繊維を作らせる、という発想です。

微生物に糊を作らせる発想

使ったのは、ナノセルロースを作る細菌(コマガタエイバクター属の一種)と、スエヒロタケという菌類の2つの株です。ナノセルロースは、植物の細胞壁と同じセルロースを、細菌がごく細い繊維の状態で吐き出したもの。菌類のほうは菌糸そのものが繊維になります。

実験はシンプルです。試験管に砂を詰め、底に微生物を植え付け、糖を含む栄養液を加えて温めます。すると微生物が砂のすき間を通って上へ育ち、砂粒の間に繊維の網が張られていきます。砂には市販の実験用の砂に加えて、UAEのアルアインの砂丘から採った本物の砂漠の砂も使いました。

細菌を育てた砂は、型から取り出しても崩れず、刃物で輪切りにでき、水に沈めても形を保ちました。微生物を入れずに栄養液だけ加えた砂は、乾かしても固まりません。電子顕微鏡で見ると、砂粒の表面に細い繊維がびっしり張り付き、粒と粒の間に橋を架けている様子が確認できました。

水の通りやすさも測っています。砂の柱の上に水を張り、抜けていく速さを比べたところ、細菌を育てた砂では、何もしない砂に比べて水の抜けが約6分の1になりました。

2つ目の方法と28倍という数字

研究チームはもう一つ、手間はかかるが効きの強い方法も試しています。細菌を砂の中で育てるのではなく、先に別の容器でナノセルロースのシートを作っておき、それを砂の層の間に挟む方法です。土木の現場で地盤を安定させるために敷く「ジオテキスタイル」という布を、細菌製のシートで置き換えた形になります。

この層状の砂は、上から10kgの重りを載せても高さが16%縮んだだけで済みました。何もしない砂は同じ重りで40%まで潰れています。水の抜けは、何もしない砂の28分の1。細菌を中で育てる方法よりさらに遅くなりました。シートを作るのに2〜4週間かかるのが難点で、育てる期間が長いシートほど強度が上がっています。

倍率の中身と菌類の結果

ここで、冒頭に書いた「数字の中身」の話になります。

まず、6倍と28倍はどちらも細菌のナノセルロースによる結果で、菌類の数字ではありません。スエヒロタケの菌糸も砂の中で育ち、白い菌糸で覆われた柱はできましたが、もろくて型から出すときに一部が崩れ、刃物を当てると割れました。強度の測定は見送られています。菌糸は太さが2〜4マイクロメートルあり、ナノサイズの細菌セルロースに比べると砂粒との接触面積が小さい。そのぶん粒どうしをつなぐ力が弱かった、というのが論文の見立てです。プレスリリースの「細菌と菌類」という言い方をそのまま受け取ると、菌類にも同じ効果があるように読めますが、成績を出したのは細菌のほうでした。

もう一つは、「水の抜けが遅い」と「水をたくさん蓄える」が別物だという点です。砂が保持できる水の量(保水量)も測っていて、何もしない砂が20.2%、細菌を育てた砂が25.5%。差はありますが、5ポイントほどです。論文自身も、砂の内部の組成は変わっていないので保水量は大きくは増えていない、と書いています。6倍・28倍という数字が示しているのは、水が通り抜けるのにかかる時間が延びたこと。つまり、まいた水が根の届く範囲に留まっている時間を稼ぐ効果であって、砂がスポンジになったわけではありません。

研究チーム自身も、処理した砂が本物の土ほど丈夫になったとは言っていません。狙いはそこではなく、微生物や植物が育ち始められる最低限の足場を作ること、と位置づけています。

土づくりの出発点として

Empaのニストレム氏は、この方法の意味を「砂に有機物と水を入れて、ある程度安定させること」と説明しています。それができれば、次に別の微生物や植物が根づき、砂が土に変わっていく連鎖が始まるかもしれない、という考え方です。肥料や灌漑が「足りないものを外から足す」のに対して、こちらは「砂そのものを土に近づける」入口を作ろうとしています。

微生物の餌になる糖については、ハリファ大学のタルディ氏が、UAEでは食品廃棄物の糖や都市の緑地から出る植物ごみが手近にある、と述べています。砂漠と栄養源がすぐそばにある土地で試す、という前提の研究です。

ただし現時点では、すべて実験室の試験管と小さな型の中での話です。植物が実際に育つかどうかはまだ試していません。次の段階は温室や圃場(ほじょう)での栽培試験で、Empa側はここから先を農業分野の研究者に委ねるとしています。論文はオープンアクセスで、2025年9月に公開されたものが、2026年8月のEmpaのプレスリリースをきっかけに改めて紹介された形です。なお、著者の一部はこの技術で特許を出願中です。

砂を土に変える研究はいろいろありますが、微生物に繊維を作らせて砂粒をつなぐという入口は珍しい方だと思います。温室での栽培試験の結果が出たら、また追いかけてみたいところです。

出典

Vakeri, S. M., Sinha, A., Greca, L. G. ほか (2025). Living sand: Microbial nanocellulose and chitin-rich mycelia enhance granular material properties. Carbohydrate Polymers, 370, 124361.(オープンアクセス)
https://doi.org/10.1016/j.carbpol.2025.124361

Empa プレスリリース(2026年8月20日)
Living sand: Biopolymers for better soil

New Atlas(2026年9月13日、Maryna Holovnova 記者)
‘Living sand’ aims to bring crops to infertile desert wastelands

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