私たちの体を作る炭素も、血液の鉄も、宇宙の始まりにはありませんでした。ビッグバンの直後にできた元素は、ほぼ水素とヘリウムだけです。それより重い元素は、星の中で作られ、星が超新星として死ぬときにまき散らされました。最初にそれをやったのが、水素とヘリウムだけでできた最初の世代の星、種族IIIと呼ばれる星たちです。
この最初の星が宇宙をどう「汚した」のかを調べる方法は、2つあります。ひとつは、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)で、宇宙の初期にあたる遠い銀河を直接見ること。もうひとつは、天の川銀河のすぐそばにある古い小さな銀河の星の化学組成を調べ、そこに残った初期の痕跡を読むこと。こちらは「星の考古学」と呼ばれます。遠くを見るか、近くの化石を掘るか。この2つは同じ出来事を別の角度から見ているはずなのに、同じ理屈でつなぐ道具がありませんでした。
英国バース大学のマーティン・レイが率いる国際チームは、MEGATRON という大規模な数値計算でその橋をかけようとしています。最初の成果のひとつが、2026年9月30日の The Open Journal of Astrophysics に掲載されました。
天の川の「赤ちゃん時代」を計算する
MEGATRON は、2023年に始まった計算プロジェクトです。英国の国立スーパーコンピュータで4,000万時間ぶんの計算資源を使い、将来天の川と同じくらいの銀河に育つ領域を、水素とヘリウムだけの原始ガスの状態から追いかけます。ガスの流れ、星の光がガスをどう温めて電離するか、80種類を超える原子や分子やイオンの化学反応、そして種族IIIの星と、それに汚染されたガスから生まれる次の世代(種族II)の星の誕生と死を、まとめて計算に入れています。
空間の細かさは約5パーセク、およそ16光年です。銀河全体の計算としてはかなり細かく、最初の星が生まれる小さなガスのかたまり一つひとつを見分けられる解像度です。今回の論文では、星の生まれ方や超新星の効き方の仮定を変えた4通りの計算を、宇宙年齢6億年ごろ(赤方偏移8)まで進めています。
小さな銀河の「鉄の床」
天の川のまわりには、星が数百個から数万個しかない、ごく小さな銀河がたくさんあります。超暗黒矮小銀河と呼ばれるこれらの銀河は、宇宙の初期に生まれてそのまま成長を止めたと考えられていて、最初の星の痕跡を探すには格好の対象です。
これらの銀河の星の鉄の量を測ると、奇妙な傾向があります。銀河が大きいほど鉄が多い、という関係は成り立つのですが、いちばん小さな銀河になると、鉄の量が太陽の300分の1あたりで横ばいになり、それより下がらないのです。まるで床があるかのように、小さな銀河がその値に集まっています。この「鉄のプラトー(高原)」がなぜできるのかは、はっきり分かっていませんでした。

たった1回の爆発が、床を作る
MEGATRON の計算の中にできた小さな銀河を調べると、観測と同じ鉄のプラトーが現れました。しかも、その原因まで追えます。計算の中の小さな銀河のほとんどは、種族IIIの星の爆発をちょうど1回だけ経験していました。そして、プラトーの上に乗っている銀河を汚染したのは、特定の種類の爆発でした。太陽の180倍以上の質量を持つ最初の星が起こす、対不安定型超新星と呼ばれる爆発です。
対不安定型超新星は、ふつうの超新星と違って星を丸ごと吹き飛ばし、中心に何も残しません。重い星ほど大量の鉄を作って放出します。1回の爆発で出る鉄の量がほぼ決まっていて、それが小さなガスのかたまりに閉じ込められ、次の世代の星に取り込まれる。だから、小さな銀河の鉄の量が同じ値に集まるのです。
鍵になるのは、この爆発が「ガスを保てるだけ重いかたまり」で起きるかどうかです。周囲の原始銀河から来る強い紫外線(ライマン・ウェルナー放射)が、小さすぎるかたまりでの星形成を抑えるため、最初の星は太陽の1,000万倍ほどの質量を持つ暗黒物質のハロー(かたまり)で生まれます。これくらい重ければ、爆発で吹き飛ばされた鉄を逃がさずに保てます。床の高さは、ここで決まっていました。
まだ見つかっていない「床の下」の銀河
計算は、もうひとつ予言をしています。質量が170倍ほどの、やや軽い最初の星が起こす対不安定型超新星は、作る鉄がずっと少なくなります。こうした星に汚染された銀河は、プラトーの床より下、鉄が太陽の1,000分の1以下の、極端に鉄の少ない銀河になるはずです。計算ではこれが小さな銀河の約2割を占めます。
ところが、実際の観測では、そこまで鉄の少ない超暗黒矮小銀河はまだ1つも見つかっていません。チームの試算では、もし本当に2割あるなら、これまでに調べられた38個の中に1つも入っていない確率は0.02%ほどです。つまり、観測と計算のどちらかに見直しが要る可能性があります。最初の星の質量の分布が、計算で仮定したよりさらに重いほうに寄っているのか、それとも床の起源が別にあるのか。鉄の少ない銀河を探す観測が、最初の星の性質を縛る手がかりになるというわけです。
チームは、こうした予言が、星の生まれ方や超新星の効き方の仮定を変えた計算でも変わらないこと、そして計算の中の小さな銀河が現在まで天の川のまわりに残ることを確かめています。遠い宇宙を見る JWST と、近くの化石を読む星の考古学を、同じ計算で結ぶ道具が、ようやく動き始めたところです。
出典
- Rey, M. P. et al. (2026). MEGATRON: how the first stars can create an iron metallicity plateau in the smallest dwarf galaxies. The Open Journal of Astrophysics 9. https://doi.org/10.33232/001c.169605
- 同論文のプレプリント(arXiv、全文無料): https://arxiv.org/abs/2510.05232
- Space.com (2026-10-02). Scientists connect cosmic fingerprints of the universe’s first stars with MEGATRON simulation. https://www.space.com/astronomy/galaxies/scientists-connect-cosmic-fingerprints-of-the-universes-first-stars-with-megatron-simulation


コメント