核酸を見ずにDNAを作る酵素——鋳型はタンパク質自身だった

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DNAを作るには、元になる鋳型(いがた)が要る——というのが、生物学の出発点にある考え方です。DNAを写してDNAを作り、DNAを写してRNAを作る。ウイルスの一部が使う「逆転写」でも、RNAという鋳型は必ず使います。何を写すかは違っても、核酸を見ながら核酸を作ることに変わりはありません。

ところが大腸菌の中に、核酸をいっさい見ずにDNAを作っている酵素が見つかりました。東京大学とコロンビア大学の共同研究で、成果は2026年7月28日にCell誌のオンライン版に載っています。DNAもRNAも使わずに、決まった塩基の並びをもつDNAが出てくる。では、この酵素は何を写しているのか——そこが今回の話の中心です。

核酸を写して核酸を作るという原則

DNAは、A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)という4種類の部品が鎖状につながったものです。2本の鎖がより合わさって二重らせんになっていますが、この2本は好き勝手に組み合わされているわけではありません。AはTと、GはCと向かい合う、という決まりがあります。

この決まりがあるおかげで、片方の鎖さえ分かれば、もう片方の並びは自動的に決まります。細胞がDNAを複製するときは、2本の鎖をファスナーのように引き離し、それぞれを見本にして新しい相手を作っていきます。片方がA-G-C-Tなら、新しくできる側はT-C-G-Aになる、というわけです。

この原則の例外として古くから知られているのが、逆転写酵素です。RNAを見本にしてDNAを作る酵素で、HIVのようなレトロウイルスが使うことで有名になりました。ただしこれも、見本になっているのがDNAではなくRNAというだけで、核酸を写していることに違いはありません。何かを写さずにDNAを作る、という選択肢は想定されてこなかったのです。

大腸菌がもつファージ防御システム

今回の舞台は、細菌とウイルスの戦いの現場です。細菌に感染するウイルスはファージと呼ばれ、自然界のあちこちにいます。細菌の側もやられっぱなしではなく、いくつもの防御システムを備えています。ゲノム編集の道具として知られるCRISPR-Casも、もとはといえばそうした防御システムのひとつです。

そのなかに、DRT(防御関連逆転写酵素)と呼ばれる一群があります。逆転写酵素にDNAを作らせることで感染を防ぐ仕組みで、現在10種類に分類されています。多くは逆転写酵素を1つだけ持つのですが、DRT3だけは事情が違いました。DRT3aとDRT3bという2つの逆転写酵素と、非コードRNA(タンパク質に翻訳されないRNA)という3点セットでできているのです。しかも、どれか1つでも働かなくすると防御力が失われることが先行研究で分かっていました。

ただし、2つの酵素がそれぞれ何を作っているのか、そのDNAがどうやって感染を防ぐのかは、長らく謎のままでした。

研究チームは、DRT3を働かせた大腸菌からDNAを取り出して片端から読んでみました。出てきたのは、TとGが交互に並んだ配列と、CとAが交互に並んだ配列という、拍子抜けするほど単純なものでした。次に酵素を1つずつ取り出して試験管の中で働かせたところ、DRT3aのほうは教科書通りでした。3点セットの非コードRNAの中にあるACACACという部分を鋳型にして、TとGの繰り返しを作っていたのです。

問題はDRT3bでした。この酵素は、非コードRNAを取り上げても平気でCとAの繰り返しを作り続けます。ほかに核酸を与えなくても同じでした。CとAが交互に、間違えることなく並ぶ。それなのに、写すべき見本がどこにも見当たらない。

鋳型としてはたらいた2個のアミノ酸

答えを出したのは、クライオ電子顕微鏡でした。試料を液体窒素で凍らせて電子線を当て、タンパク質の立体構造を突き止める装置です。西増弘志教授のチームは、これを使ってDRT3bと、その内部で作られたDNAが一緒になった状態の構造を決定しました。

まず分かったのは、DRT3bが6分子集まったかたまりを作っていて、その1分子ずつにCとAの繰り返しDNAが抱えられていることでした。さらに、DNAの端がタンパク質側のチロシン残基(Y666と番号がついたアミノ酸)とがっちり結合していました。ここがDNAを伸ばし始める起点になっていたわけです。

そして肝心の見本ですが、それは酵素自身の中にありました。反応が起きる場所のすぐそばに並んでいた、グルタミン酸(E22)とアルギニン(R241)という2個のアミノ酸です。

この2つが、部品を選り分ける門のように働いていました。Cが置かれた直後は、E22がAだけを通し、TとGをはじきます。並んでAが入ると、今度はR241がそのAと立体的にぶつかって位置をずらし、ずれた先でCを呼び込む。またCが入れば、E22の出番に戻る。この交代が延々と続くことで、C-A-C-A-C-Aという並びが出来上がっていました。実際にこの2つのアミノ酸を作り変えてみると、DNAを作る力は大きく落ちました。

つまり、DNAの並びを決めていたのは、酵素というタンパク質そのものの形だったということです。アミノ酸の並びという情報が、そのままDNAの並びという情報に移し替えられている。東京大学のプレスリリースは用語解説の中で、DRT3bは自分のアミノ酸残基を鋳型にしているのだから厳密には逆転写酵素ではない、とまで書いています。

独立に作られる二本の鎖

ここまで来ると、話はもう一段おかしくなります。DRT3aが作るTとGの繰り返しと、DRT3bが作るCとAの繰り返しを並べてみると、この2つはちょうど互いの相手役になっているのです。TにはAが、GにはCが向かい合う。2本の鎖は別々に作られたあと、細胞の中で出会って対合し、二重らせんになります。

普通のDNA複製では、片方の鎖が必ずもう片方の見本を兼ねています。ところがここでは、どちらの鎖も相手を見ていません。片方はRNAから、もう片方はタンパク質から、それぞれ別の出どころの情報をもらって、あとから合流する。責任著者のひとりであるコロンビア大学のSamuel Sternberg准教授は、二本鎖DNAの作られ方についての普段の描像を揺さぶる点がとりわけ面白い、という趣旨のことをScienceAlertに語っています。

自らを止めることによる防御

では、細菌はこんな手の込んだことを何のためにやっているのか。ここでようやく、防御システムという話につながります。

手がかりになったのは、DRT3の防御をすり抜けて増えることができたファージたちでした。調べてみると、そうしたファージはそろってGamという遺伝子に変異を持っていたのです。Gamは、大腸菌がもともと持っているRecBCDというDNA分解酵素の働きを止めるための、ファージ側の道具です。RecBCDは侵入してきたファージのDNAを壊す役目をしているので、ファージにしてみれば真っ先に無力化したい相手ということになります。

そのRecBCDが、平常時にはDRT3の作った二本鎖DNAも片端から分解していました。だからDRT3はいつも空回りしていて、変なDNAが溜まることはありません。ところがファージが感染してGamを送り込み、RecBCDを止めてしまうと、分解役を失ったDNAがどんどん溜まっていきます。そして溜まった結果、感染した細菌の細胞死が引き起こされる、と考えられています。

細菌が自分から死ぬことで、その中にいるファージも増えられなくなる。まわりの仲間への感染が食い止められる、というわけです。こうした仕組みはアボーティブ感染と呼ばれ、細菌の防御手段としては知られたやり方でした。今回明らかになったのは、その引き金として奇妙なDNAが使われていた、という部分です。

ファージにしてみれば、目の前の敵であるRecBCDを止めた瞬間に、隠れていた仕掛けの安全装置まで外してしまったことになります。もっとも、溜まった二本鎖DNAがどうやって細胞死を招くのか、その先の仕組みはまだ分かっていません。

同時期に届いた同じ結論

この研究には、もうひとつ付け足しておきたい経緯があります。東京大学とコロンビア大学のチームが論文を書き始めたころ、まったく別のチームが同じような結果をScience誌に報告していたことが分かったのです。スタンフォード大学のグループによる報告で、こちらもDRT3bがタンパク質を鋳型にしてDNAを作ることを示していました。

西増教授はプレスリリースの中で、これを知って非常に驚いたこと、それでも諦めずに2週間で論文をまとめて投稿したことを振り返っています。研究者にとっては肝を冷やす出来事だったはずですが、読む側からすると、独立した2つのチームが別々に同じ結論にたどり着いたということでもあります。突飛に聞こえる話ほど、この事実は効いてきます。

解釈上の留意点

気をつけたいのは、作られているDNAがC-A-C-A-C-Aという単純な繰り返しにすぎない、という点です。タンパク質から好きな配列のDNAを書き出せるようになった、という話ではありません。2個のアミノ酸が2種類の部品を交互に選んでいるだけで、扱える情報の量はごく限られています。ほかの防御システムが別の配列を作れるのかどうかも、現時点では分かっていません。

Sternberg准教授は、これは氷山の一角ではないかと述べています。似たようなことをする酵素がほかにもあるだろう、細菌の免疫システムにはまだ手つかずの生化学が眠っている、という見通しです。ただしこれは期待の表明であって、確かめられた事実ではない点は分けて読む必要があります。

「DNA→RNA→タンパク質」という情報の流れについても、少し慎重に触れておきます。東京大学のプレスリリースは、この常識に反してタンパク質がDNA合成の鋳型になることを示した成果だ、と明記しています。Cell誌の同じ号には、逆転写酵素がまたしても生物学の中心的な原則に挑んだ、という趣旨の題名がついた解説記事も載りました。ただしその題名には「またしても」という言葉が入っています。逆転写酵素の発見以来、この原則は何度か例外に出会ってきました。今回もそのひとつが増えた、という受け止め方が実際に近いはずです。教科書が丸ごと書き換わるという話ではありません。

それでも、DNAを作るのに核酸がまったく要らない道があった、というのは十分に驚くべきことだと思います。しかもそれが、実験室で作られた人工の仕組みではなく、大腸菌がウイルスと戦うために使っている現役の道具だというところが、この発見のいちばん面白いところかもしれません。

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出典

東京大学先端科学技術研究センター プレスリリース「非常識にもほどがある2 ―DRT3bによる核酸鋳型不要のDNA合成―」(2026年7月29日)
https://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/news/release/20260729.html

Wang M., Yoneyama K. et al., “Coordinated RNA- and protein-templated synthesis of double-stranded DNA by a dual reverse transcriptase immune system”, Cell (2026)
https://doi.org/10.1016/j.cell.2026.07.012

Deng P. et al., “Protein-templated synthesis of dinucleotide repeat DNA by an antiphage reverse transcriptase”, Science 392, 1274–1281 (2026)
https://doi.org/10.1126/science.aed1656

ScienceAlert「Scientists Discover a Bizarre New Way Life Can Make DNA… Without DNA」(2026年8月23日、Michelle Starr)
https://www.sciencealert.com/scientists-discover-a-bizarre-new-way-life-can-make-dna-without-dna

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