夕方の空を飛びまわるコウモリは、哺乳類のなかで唯一、自分の力で空を飛べる動物です。種の数は1,500を超え、哺乳類全体の5分の1以上を占めます。それだけ身近で数も多いのに、「最初のコウモリはどこで生まれたのか」は、専門家のあいだで何十年も決着がついていませんでした。
その問いに、コウモリの全21科をそろえた103種のゲノムと44点の化石を突き合わせた研究が、ひとつの答えを出しました。答えはヨーロッパ。これまで有力だったアジア・アフリカ・北米のどれでもありません。国際ゲノム計画 Bat1K に参加する137人の共著論文として、2026年9月23日付の学術誌 Nature に掲載されました。
化石が語らないコウモリの出発点
コウモリの起源がなかなか決まらなかったのには、はっきりした理由が二つあります。
一つは化石の少なさです。コウモリは体が小さく骨が細いので、化石として残りにくい。まとまった骨格が出るのは、約5,600万〜5,200万年前の始新世(ししんせい)初期の地層にほぼ限られていて、それより古い時代の記録はほとんどありません。しかもその最古級の化石は、北米・ヨーロッパ・アジア・オーストラリアとばらばらの場所から出ています。「最古の化石が出た場所が起源地」という単純な決め方が使えないわけです。
もう一つは、コウモリが飛べることそのものです。空を飛べる動物は海や砂漠を越えて分布を広げてしまうので、いま暮らしている場所から祖先の居場所を逆算するのがむずかしい。過去の研究では、化石を重視すると北米、遺伝子の分岐パターンを重視するとアフリカ、現生種だけの解析ではアジア、と使うデータによって答えが変わってきました。
それぞれの説が「長距離の大移動が何度も起きた」という前提を必要としていた点も、すっきりしないところでした。
21科すべてのゲノムと44の化石を一枚の系統樹に
今回の研究チームが取った方法は、足りなかった材料をまとめて増やすことでした。
まずゲノム側。長いDNA断片をそのまま読める方式で、41種のコウモリについて染色体レベルまで組み上げた高品質なゲノムを新しく作りました。既存の62種と合わせて103種。タイからミャンマーにかけて暮らす世界最小の哺乳類キティブタバナコウモリ、手首と足首に吸盤を持つマダガスカルのアシナガコウモリ(Myzopoda)など、これまで系統樹のどこに置くか揉めてきた変わり者もすべて含め、現在認められている21科を一つ残らずそろえています。
次に化石側。第四紀より前の化石44種と現生21科の代表について、骨や歯の形の特徴を699項目にわたって点数化しました。そのうえで、ゲノムのなかでも自然選択の影響を受けにくい中立的な領域の配列と、この形態データを一つのデータセットに合体させます。
ここで使われたのが、化石を「年代の目印」として外から系統樹に貼りつけるのではなく、化石そのものを系統樹の枝の一つとして扱う方法です。化石化する確率、種が生まれる速さ、絶えていく速さを同時に推定しながら、生きているコウモリと絶滅したコウモリを同じ一本の木の上に並べていきます。飛べる動物の分散のしにくさを大陸の位置関係から距離で重みづけし、大陸移動も織り込んだ地理モデルで、それぞれの枝がどこに住んでいたかを推定しました。

ヨーロッパ、暁新世、そして最古の枝にいた「聞こえる」コウモリ
解析が指した起源地はヨーロッパでした。事後確率にして99.2%。従来のアフリカ説・北米説・アジア説は、いずれも退けられています。
時期は暁新世(ぎょうしんせい)の後期。暁新世は、約6,600万年前に恐竜が絶滅した直後から始まる時代です。従来の見立てでは、コウモリの主な系統が分かれたのは約5,000万年前とされてきましたが、今回の解析では祖先の姿はそれよりずっと前、始新世の最古の化石が出る時代より前にさかのぼります。報道では「約6,500万年前」と紹介されることもありますが、論文本文で示されているのは「暁新世後期」という時代区分です。
もう一つ、この研究で一番議論を呼びそうなのが、エコーロケーションの位置づけです。
エコーロケーションは、のどで超音波を出し、その反響で暗闇のなかの障害物や獲物の位置をつかむ能力です。「飛ぶのが先か、聞こえるのが先か」は、コウモリの進化で長く争われてきた問題でした。夜の空を飛ぶには暗闇で周囲を知る手段が必要で、ではその手段は飛ぶ前からあったのか、飛び始めてから身についたのか。現生種で見るとエコーロケーションを持たない大型のオオコウモリ類が別の系統にいるため、「あとから複数回進化した」「一度身につけたのを一部が失った」と見方が割れていました。
今回の系統樹では、南フランスから出た約5,000万年前の化石 Vielasia sigei(ヴィエラシア)が、コウモリ全体のいちばん古い枝に入りました。2023年に立体的に保存された頭骨が報告された種で、内耳の構造から、現生のコウモリと同じ精度の高いエコーロケーションを使っていたと考えられています。それが最古の枝にいるということは、いまのコウモリの各科が枝分かれする前の時点で、すでにエコーロケーションは完成していたことになります。
この配置の確からしさは68%で、起源地の99.2%ほど強くはありません。それでも、飛ぶことと反響で聞くことが、コウモリの系統のごく初期からセットで備わっていたという筋は、これまでの化石研究の見立てを後押しする結果になっています。

ヨーロッパとアフリカを拠点にした世界への広がり
ヨーロッパで生まれたコウモリは、まずアフリカへ渡り、ヨーロッパとアフリカをまたぐ地域を拠点にしていたようです。そこから現在の4つの上科(じょうか、科の一つ上のまとまり)へと枝分かれし、アメリカ大陸・アジア・オーストラリアへ何度も独立に広がっていきました。
その枝分かれが集中しているのが、約5,600万年前のごく短い期間です。ちょうど暁新世と始新世の境目で、地球の平均気温が急に上がった「暁新世・始新世境界温暖化極大期」と呼ばれる時期に重なります。熱帯の森が中緯度まで広がり、昆虫も増えたこの時代が、夜の空を飛ぶ小さな哺乳類にとって好条件だったと読めます。
アメリカ大陸への渡り方についても、具体的な筋道が示されました。中南米に多いヘラコウモリ類などを含む上科は、約5,400万年前にヨーロッパから北米へ入ったと推定されています。当時はヨーロッパと北米が北大西洋を挟んで陸続きに近い状態で、哺乳類の行き来が盛んだった時期です。ベーリング海峡側から回り込んだとする説や、アフリカから大西洋の島々を伝って南米へ渡ったとする説は、いずれも支持されませんでした。南米への進出は北米経由で、約5,100万〜4,400万年前。パナマ周辺に島が隆起し始めた時期と重なります。
系統樹そのものにも手が入りました。マダガスカルのアシナガコウモリは、これまで中南米に多い上科の仲間とされてきましたが、今回の解析ではヒナコウモリ科などを含む世界中に分布する上科の、いちばん根元の枝に位置づけられています。ゲノムの領域ごとに支持する系統が食い違うことも分かり、過去の研究がタンパク質をつくる遺伝子だけに頼っていたために別の答えに導かれていた、というところまで説明がつきました。
残る不確かさと、この系統樹がひらくもの
ここまでの話は、いまある化石とゲノムから統計的に推定した「いちばんありそうな筋道」です。とくに起源の場所と時期は、化石が新しく見つかれば動く可能性があります。研究チームも、現生コウモリすべての共通祖先の姿はまだ描き切れておらず、そのゲノムの復元は最初の一歩を踏み出した段階だと述べています。
コウモリの化石記録は、いまなお全体の半分ほどしか系統樹の枝を埋めていません。それでも今回の方法では、化石を枝として組み込むことで、遺伝子だけで年代を推定したときに生じる「化石で裏づけられない空白の期間」を有意に縮めることができました。岩石から分かる時間と、DNAから分かる時間のずれを小さくしたわけです。
この系統樹がまとまったことで、これから調べられることも増えます。コウモリは体の大きさから予想される寿命の8〜10倍を生きる種がいたり、多くのウイルスを体内に持ちながらほとんど発症しなかったりと、他の哺乳類にはない性質をいくつも持っています。そうした性質が「どの枝で、いつ」生まれたのかを追うには、まず正確な系統樹が必要でした。土台がそろったいま、長寿や病気への強さの遺伝的な仕組みを、種どうしを比べながら探っていけるようになります。
恐竜が消えたあとの時代に、ヨーロッパの夜空でひっそり始まった系統が、いまでは南極以外のすべての大陸に広がっている。その道筋が、ようやく一枚の地図として描けるようになってきました。
出典:Morales, A. E. et al. Reference genomes and fossils revise bat family phylogeny and biogeography. Nature (2026)(オープンアクセスで全文を読めます)/Live Science の解説記事


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