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世界の食料システムには、2030年までに達成すべき国際目標が30ある。そのうち、いまの時点で世界平均が目標に届いているのは、たった1つだった。
これは、ジョンズ・ホプキンス大学、コーネル大学、国連食糧農業機関(FAO)、栄養改善のための国際同盟(GAIN)が共同で運営する国際研究プロジェクト「フード・システムズ・カウントダウン・イニシアティブ(FSCI)」が、2026年8月10日に学術誌Nature Foodで発表した評価結果である。対象は197か国、指標は44。世界の食料システムの「成績表」としては、これまでで最も網羅的なものになる。
成績表の中身は、正直なところ厳しい。ただ、この評価でいちばん考えさせられるのは、届かなかった29の目標ではなく、届いた1つのほうだった。
食料システムの成績表をつける取り組み
「食料システム」という言葉は、食べ物を作る・運ぶ・売る・食べる・捨てるまでの流れ全体を指す。農業だけでも、栄養だけでもなく、そこに関わる環境、働く人の暮らし、政府の制度まで含めたひとまとまりのことだ。
FSCIは、この食料システムの状態を数字で追いかけるために、5つのテーマで指標を組んでいる。食事・栄養・健康、環境・天然資源・生産、生計・貧困・公平、ガバナンス(政府や制度のはたらき)、そして回復力(ショックを受けたときに立ち直る力)である。今回はそのうち44の指標を評価の対象にした。
これまでのFSCIの報告は、各指標が「良い方向に動いているか、悪い方向に動いているか」を見るものだった。今回はそこから一歩進めて、「どこまで行けばゴールなのか」を指標ごとに決め、いまの位置と、ゴールまでの距離を測っている。
ゴールの決め方は2種類ある。ひとつは「目標」で、国連で合意された数値や、理論上の上限・下限など、すでに国際的に決まっているものを文献から拾い集めた。これが44指標のうち30にあった。もうひとつは「ベンチマーク」と呼ぶ比較基準で、各指標について成績上位2割の国の平均値をとり、「これだけの国が実際に達成している水準」として置いた。目標がない指標はこちらで代用し、さらに地域別・所得グループ別のベンチマークも用意している。
そのうえで、2015年以降の各国の変化率をそのまま2030年と2050年まで延ばし、「このペースで行くとゴールに届くか」を国ごとに判定した。
2030年時点の見通し
結果は、ほぼすべての指標で「このペースでは間に合わない」だった。
44指標のうち22では、2030年までに目標か基準を満たす国が全体の3分の1に届かない見込みである。世界平均の現在値で見ると、目標から75%以上離れている指標が2つある。食料システムからの温室効果ガス排出と、漁業の健全性を表す指数だ。
温室効果ガスの指標は少し説明がいる。ここでは各国の2000〜2010年の平均排出量を100として現在値を表し、目標は0、つまり排出ゼロに置かれている。世界平均がそこから75%以上離れているということは、いまも基準期間の75%を超える水準で排出が続いている、という意味になる。研究チームの計算では、この目標に2030年までに届く国は1つもない。
良くなるどころか悪化している指標もある。市民社会の参加、健康的な食事にかかる費用、食料不安を抱える人の割合、政府の説明責任、農薬の使用量、超加工食品の売上、そして食料システムの排出量。この7つは、統計的にはっきりと望ましくない方向へ動いていた。
そして、30ある目標のうち、世界平均がすでに達成しているものは1つだけだった。
達成済みの1項目の正体
その1つが、携帯電話の契約数である。人口100人あたりの携帯電話契約数を数えたもので、5つのテーマのうち「回復力」に入っている。
食料の話なのに携帯電話、と思うかもしれない。ただ、これが指標に選ばれたのには筋の通った理由がある。
災害や価格の急騰といったショックが起きたとき、人がどれだけ持ちこたえられるかは、情報がどれだけ届くかで変わる。市場の価格が分かれば売り時を逃さず、気象の警報が届けば備えができ、遠くの家族や支援機関と連絡がとれれば助けを呼べる。携帯電話の普及率は、そうした「情報にアクセスして対応する力」と、その土台になる通信インフラの整い具合を表す数字として、FSCIの指標体系に組み込まれている。直接測れないものを、代わりに測れるもので表す。こういう指標を「代理指標」と呼ぶ。

上の図のように、携帯電話の契約数だけが目標を満たし、食べ物そのものに直接関わる指標は、栄養も、環境も、生計も、ひとつも届いていない。
ここで立ち止まりたいのは、携帯電話が普及した理由である。世界中で携帯電話が広まったのは、食料政策の成果ではない。通信技術が安くなり、端末が安くなり、通信会社が基地局を建て、人々が自分の都合で買ったからだ。食料システムの誰かが「回復力を上げるために携帯電話を普及させよう」と努力した結果ではない。
つまり、30の目標のうち1つが達成された、という事実は、食料システムがひとつ前進したことを意味していない。達成できたのは、食料システムの外側の力で、勝手に満たされた項目だった。
代理指標の読み方
これは、この評価に欠陥があるという話ではない。代理指標は、直接測れないものを追うための道具として、どの分野でも使われている。携帯電話の普及が情報アクセスの土台になっていること自体は事実で、その意味で回復力の一部を確かに表している。
気をつけたいのは、代理指標の達成を、本体の達成と読み違えることだ。携帯電話が100人に100台以上あっても、その国の食料供給が不安定なら、ショックへの備えができたことにはならない。同じFSCIの回復力テーマには、食料供給の年ごとのばらつきや、食料が消費者に届く経路の多様さといった指標もあり、そちらは携帯電話ほど楽観的な数字になっていない。
逆の読み違えもある。「携帯電話の契約数が食料の目標だなんておかしい」と切り捨てると、なぜそれが指標に入っているのかを見落とす。ショックへの対応力を数字にしようとしたら、通信インフラは外せない。問題は指標の選び方ではなく、達成の理由まで含めて数字を読めるかどうかにある。
研究チームの筆頭著者で、コロンビア気候大学院のビアンカ・カルドゥッチ氏は、今回の評価の意義を「方向を追うだけでなく、どこまで行けばよいかを、手の届く基準に対して示したこと」だと説明している。傾向の監視から、達成度の測定へ。その測定が本当に意味を持つのは、数字の裏で何が起きていたかまで読めたときだ、というのが、この30分の1という結果が教えてくれることだと思う。
良い方向に動く指標と地域別の基準
ここまでを読むと暗い話に見えるが、評価はそれだけで終わっていない。
まず、44指標のうち半分は、良い方向に動いている。ペースが足りないだけで、方向は正しい。予測データのある33指標のうち7つでは、3分の1以上の国が2030年までに目標か基準に届く見込みだ。農地面積の変化、農村部の雇用、食料供給の安定性といった項目では、データのある国の半分以上が達成済みか、着実に近づいている。
それから、2050年まで期限を延ばすと、見通しはかなり変わる。多くの指標が、少なくとも一部の地域では現実的な変化率で届く範囲に入ってくる。ただし排出量、児童労働、食料不安のように、2050年でも極端な変化率が必要なものは残る。
もうひとつ、研究チームが強調しているのが、地域別・所得グループ別のベンチマークの使い方である。世界目標だけを見ると、アフリカのように出発点が遠い地域は「永遠に届かない」数字ばかりになり、かえって動く気力を削ぐ。たとえば健康的な食事を買えない人の割合について、アフリカ諸国は世界基準から平均58.7ポイント離れているが、アフリカの上位国の平均を基準にすると差は32.2ポイントまで縮む。共著者でジョンズ・ホプキンス大学のジェシカ・ファンゾ氏は、大胆な世界目標は野心を引き出すために必要だが、遠すぎると惰性の原因になるので、近くの手本になる国を示す基準が要る、と述べている。
日本については、論文の中に一行だけ具体的な記述がある。地域ごとに、多くの指標で目標や基準に最も近い国を見ていくと、オセアニアはニュージーランド、アフリカはチュニジア、ヨーロッパはアイスランド、アメリカ大陸はカナダ、そしてアジアは日本で、16の指標で最も近いか達成済みだった。地域の中では手本側にいる、ということになる。ただし、これは相対的な位置の話で、日本が世界目標を軒並み満たしているという意味ではない。
研究チーム自身が挙げている限界もある。政策の効果が数字に表れるまでには時間差があり、今回の評価はその途中経過を切り取っている。指標どうしの相互作用、たとえば排出を減らす対策が他の指標にどう響くかは考慮されていない。温室効果ガスの指標は生産ベースで数えているので、排出の多い品目を輸入に切り替えた国は、実際には減っていなくても改善して見える。このあたりは、次の改訂で手を入れる予定だという。
いまのところ言えるのは、食料システムの30の目標は、ほぼすべてがこのペースでは間に合わないこと、それでも半分は正しい方向を向いていること、そして唯一の「達成」は、食料の外側からやってきたものだったこと。数字を受け取るときに、その3つを一緒に持っておきたい。
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出典
論文:Carducci, B. et al., “Food systems performance evaluated against targets and benchmarks reveals urgent gaps and a path to 2050”, Nature Food 7, 802–812 (2026年8月10日公開、オープンアクセス)
https://www.nature.com/articles/s43016-026-01379-0
プレスリリース:FAO / Cornell Chronicle “World off-track on nearly every food system goal, latest assessment reveals”(2026年8月14日)
https://news.cornell.edu/stories/2026/08/world-track-nearly-every-food-system-goal-latest-assessment-reveals
指標の定義:Food Systems Countdown Initiative “Indicator Architecture”
https://www.foodcountdown.org/indicator-architecture
紹介記事:ScienceAlert “Of 30 Global Food Goals, We’re on Track to Hit Just One”(David Nield、2026年8月30日)
https://www.sciencealert.com/of-30-global-food-goals-were-on-track-to-hit-just-one


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