「元NFL選手の93%にCTE」はどう読むか——論文自身が書いた推定幅18.5〜98.7%の意味

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亡くなった元NFL(アメリカのプロフットボールリーグ)選手の脳を調べたら、93%超にCTE(慢性外傷性脳症)の兆候があった——。2026年8月25日に医学誌 The BMJ に掲載された論文の数字が、SNSで大きく広まりました。寄贈された338人分の脳のうち、315人(93.2%)にCTEの物理的な変化が見つかり、約3割は最も重いステージIVだった。さらに、2016〜2021年に亡くなった元選手全体で見ても、少なくとも4人に1人(24.5%)はCTEだったと推定される——という内容です。

数字だけ見ると、かなり強い話です。ただ、この論文には「93%」と同じ紙面に、もうひとつの数字が書かれています。今回はその数字の話、つまり「大きな研究の数字をどう読むか」を書きます。題材にするのは、米メディア Live Science が8月31日に掲載した、この研究に参加していない脳震盪(のうしんとう)研究者へのインタビューです。

CTEという病気と診断の壁

CTEは、頭部への衝撃を長年くり返し受けることで起きると考えられている、進行性の脳の病気です。脳の特定の場所に異常なタンパク質がたまり、気分の変化、行動の変化、記憶や思考の衰えなどにつながるとされています。ボクサーやアメリカンフットボール選手など、頭への衝撃が多い競技の経験者から多く報告されてきました。

この病気には、研究を難しくしている大きな壁があります。生きている人には診断できないのです。CTEの確定診断は、亡くなったあとに脳の組織を薄く切り、異常タンパク質が特定のパターンでたまっているかを病理医が顕微鏡で確かめる方法しかありません。つまり「いま現役の選手の何%がCTEか」を直接調べる手段は、そもそも存在しません。

だから研究者は、遺族や本人の意思で研究用に寄贈された脳、いわゆるブレインバンク(脳の研究用バンク)の脳を調べてきました。今回のBMJ論文もその流れにあります。研究チームは、ハードシェル型ヘルメットが標準になった1949年以降にデビューし、2008〜2021年に亡くなった元NFL選手1,712人を特定。そのうち脳が寄贈されていた338人分(全体の19.7%)を調べました。

研究の進め方は、かなり手堅く設計されています。脳を判定する病理医には、その選手の経歴や生前の症状を知らせない。逆に、認知症だったかどうかを医療記録から判定する医師には、脳の判定結果を知らせない。お互いの答えが影響し合わないようにする、目隠し方式です。その結果が、寄贈された脳の93.2%にCTEの変化あり、約3割がステージIV、という冒頭の数字でした。

寄贈された脳が抱える偏り

ここで考えたいのは、「寄贈された脳」がどういう脳か、です。

脳の寄贈は、遺族や本人が決めます。では、どんな人が寄贈を決めやすいでしょうか。生前に物忘れや気分の変化があって、「フットボールのせいかもしれない」と本人や家族が疑っていた人は、原因を知りたくて寄贈を選びやすい。逆に、最後まで何の症状もなかった人の家族が、わざわざ脳を研究に出す動機は比較的弱い。こうして、症状が出ていた人ほど寄贈された脳のなかに集まりやすいという偏りが生まれます。研究の世界では選択バイアスと呼ばれる現象です。

これはブレインバンク研究の宿命のようなもので、この研究チームが特別に何かを間違えたわけではありません。むしろ今回の論文が過去の同種の研究と違うのは、この偏りから逃げずに、正面から計算に組み込んだところです。

論文自身が示した推定幅

研究チームは、寄贈された338人だけでなく、同じ期間に亡くなった元NFL選手1,712人全体を分母に置いて、こう計算しました。

もし寄贈がまったくの偏りなしで、寄贈された脳の93.2%という割合が全体をそのまま映しているなら——全体の有病率は最大で98.7%になりうる。逆に、偏りが最大限に働いていて、CTEだった人が全員寄贈側に集まっており、調べていない残りの選手には一人もCTEがいなかったと仮定するなら——それでも全体の18.5%はCTEだったことになる。つまり、本当の答えは18.5%から98.7%のあいだのどこか。論文はこの幅を、そのまま書いています。

下限と上限が5倍以上違う。ここまで幅があると、「元NFL選手の何%がCTEか」という問いには、この研究をもってしても答えが出ていない、というのが正直なところです。寄贈数が多かった2016〜2021年に絞っても、幅は24.5〜97.7%。報道で広まった「少なくとも4人に1人」は、この期間の下限の数字です。

338人分という標本は、脳の病理研究としては異例の規模です。それでも、集め方に偏りがありうる限り、数字はここまで揺れる。標本が大きいことと、偏りがないことは、別の問題なのです。「小さすぎる研究は当てにならない」はよく聞く話ですが、大きい研究にも大きい研究なりの読み方が要る、ということをこの推定幅は示しています。

50年前のフットボールと現在の違い

Live Science のインタビューに答えたのは、カンザス大学のセイン・マンス准教授です。同大学の運動パフォーマンス研究所の所長で、若年層の脳震盪と頭部衝撃を15年以上研究してきた人物。今回のBMJ論文には関わっていません。なお、マンス氏はアマチュアフットボールの統括団体 USA Football の医療諮問委員を務めており、本人も大学までフットボール選手だった経歴があります。競技の側に近い立場の専門家である点は、氏のコメントを読むうえで踏まえておきたいところです。

マンス氏が推定幅の広さとあわせて指摘したのが、「いつの選手の話か」です。氏によれば、対象となった選手の死亡時の平均年齢は70歳を少し超えるくらい。そこから逆算すると、NFLでプレーしていたのは主に1960〜70年代、高校・大学時代は1950〜60年代になります。つまりこの研究が映しているのは、半世紀前のフットボールです。

マンス氏はその時代と現在の違いを、具体的に挙げています。当時は、ヘルメットの頭頂部から突っ込むスピアリングというタックルが認められ、むしろ推奨されることさえあった。現在は反則です。ヘルメット自体も、頭蓋骨骨折のような大けがを防ぐだけでなく、くり返しの衝撃の力を減らす設計に変わり、ポジション別の専用モデルまで登場しました。NFLではプレシーズンや練習中に、ヘルメットの上からかぶせる緩衝材「ガーディアンキャップ」の着用が多くのポジションで義務化されています。

もっと大きいのは、脳震盪への対応かもしれません。かつては同じ試合で何度も脳震盪を起こしながらプレーを続けた、という元選手の逸話が珍しくありませんでした。現在は脳震盪が疑われた選手はプレーから外され、回復してから復帰する手順が整っています。フルコンタクトの練習を1日2回行う「two-a-days」も、いまはどのレベルでもほぼ行われていません。頭への衝撃の総量そのものが、当時より減っているのです。

だからマンス氏は、こう釘を刺します。「この研究をもとに、現在のCTEの割合を推定するべきではありません」。50年で競技はここまで変わった。現在の割合は同じかもしれないし、高いかもしれないし、低いかもしれない——生きている人に診断できない以上、確かめようがない。そのうえで氏は、防具・ルール・スポーツ医学の進歩を踏まえれば「リスクはおそらく下がっている」と個人的な見立てを述べ、「いまはフットボールという競技をプレーするうえで、おそらく最も安全な時期です」とまで言っています。ましてや、プロよりはるかに衝撃の少ない高校生や子どものプレーヤーに、この数字を当てはめることはできない、とも。CTEは衝撃の蓄積に関係する病気なので、衝撃が少なければリスクも相応に低いはずだからです。

脳の変化と症状の関係

もうひとつ、この論文が示している大事な事実があります。脳に残った痕(あと)と、生前の症状は、必ずしも一致しないことです。

今回の研究で、CTEの変化があった人のうち、認知症と判定されたのは約60%でした。裏を返せば、脳にCTEの変化がありながら、認知症の診断には至らなかった人が4割いたということです。ただし最も重いステージIVでは、認知症の割合は90%に上がります。脳の変化が進むほど、症状にも表れやすくなる関係は見えています。

マンス氏はこの点について、元選手やその家族に向けたメッセージも添えています。物忘れや気分の変化があったとしても、それがCTEだとは限らない。加齢や、遺伝や、別の病気による場合もある。そして気分・認知・行動の問題の多くは、治療やケアで対処できる。「CTEかもしれない」と一人で抱え込まず、助けを求めてほしい、と。

解釈上の留意点

ここまで「数字を割り引いて読む」話を書いてきましたが、逆方向にも釘を刺しておきます。この研究は「CTEは大したことがない」という話ではありません。

まず、マンス氏自身が研究を否定していません。氏は、仮に本当の有病率が下限の25%程度だったとしても「それ自体が十分に憂慮すべき数字」であり、「4人に1人以上がこの病気になる状況を選手に許すべきではない」と述べています。この50年の安全対策が正しかったことを裏づける結果であり、改善を続けるべきだ、というのが氏の立場です。

研究チームの側は、もっとはっきり反論しています。筆頭著者のダニエル・ダネシュバー氏(米医療グループ、マス・ジェネラル・ブリガム)は米誌 TIME の取材に、「4人に1人という数字は、意図的に可能なかぎり保守的にした推定です。実際の有病率はそれより高いことが分かっています」と述べています。実際、論文には傍証も書かれています。脳を寄贈しなかった選手の死亡診断書を調べたところ、215人に神経変性疾患が死因として記載されていました。この人たちの脳は調べられていないので、下限の計算では「CTEなし」として扱われています。本当の答えは、18.5%よりはだいぶ上にある可能性が高いのです。

そのほかの留意点もまとめておきます。

93.2%という数字は「寄贈された338人の脳のなか」での割合であって、元NFL選手全体の割合ではありません。この2つを混ぜると誤報になります。また、この研究が対象にしたのはNFLでプレーした選手であり、頭部への衝撃の量がまったく違う学生や子どもの競技者には当てはめられません。そして、そもそも生きている人にCTEを診断する方法がない以上、「現在の選手の何%がCTEか」は、今日の時点では誰にも分かりません。マンス氏が今後の課題として挙げているのも、まさに生前診断の技術です。それができれば、リスクの高い人を早く見つけ、生活や競技への関わり方を変えられるようになります。

大きな標本、手堅い設計、強い数字。それでも、集め方の偏りひとつで推定幅は18.5〜98.7%まで開く。数字が独り歩きしたときに立ち戻る場所を、論文自身がちゃんと用意してくれていた——今回のいちばんの収穫は、そこかもしれません。

出典

この記事は、以下の情報をもとに書いています。

一次情報(元論文):
Daneshvar, D.H. et al. “Prevalence of chronic traumatic encephalopathy at death in National Football League players: retrospective population based cohort study, 2008-21.” The BMJ(2026年8月25日)
https://doi.org/10.1136/bmj-2026-100418

インタビュー記事:
Live Science “‘This is probably the safest time to be playing the sport of football’: Concussion expert explains why viral CTE study may not be as scary as it sounds”(2026年8月31日、Nicoletta Lanese記者によるセイン・マンス准教授インタビュー)
Live Scienceの記事はこちら

研究チーム側のコメント:
TIME “At Least One in Four NFL Players May Have CTE”(2026年8月27日)
NPR “At least 25% of former NFL players who died between 2016 and 2021 had CTE, study finds”(2026年8月25日)

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