イングランド南西部の骨董市に、目玉のおもちゃを付けたキツネの頭の剥製が出ていました。値段は50ポンド。買った人も、額のふくれた変な顔がおもしろかったから、という程度の動機だったそうです。その剥製が今年8月、ブリストルの競売で6万2,600ポンド(およそ1,200万円)で落札されました。キツネではなかったからです。正体はフクロオオカミ。1936年に最後の1頭が死んで、それきりになった絶滅動物でした。
話の中心は「値段が1,000倍になった」ことよりも、誰がどうやって気づいたか、のほうにあります。

フクロオオカミという動物
フクロオオカミ(学名 Thylacinus cynocephalus)は、オーストラリアにいた肉食の有袋類です。見た目は中型犬によく似ていて、背中に縞があることから「タスマニアタイガー」の名でも呼ばれます。ただし犬でも虎でもなく、カンガルーやコアラと同じく、子どもを袋で育てる仲間です。似た暮らしをしていると、まったく別の系統の動物でも姿が寄ってくる。その典型例としてよく教科書に出てきます。
かつてはオーストラリア本土からニューギニアまで広く分布していましたが、ヨーロッパ人が入植した頃には、すでにタスマニア島にしか残っていませんでした。そこでも羊を襲う害獣とみなされ、19世紀末から20世紀初めにかけては州政府が懸賞金を出して駆除を進めました。保護の対象になったのは手遅れになってからで、飼育下の最後の1頭が1936年9月7日にホバートの動物園で死んで、種として終わっています。
絶滅動物なので、標本は増えません。世界中に散らばった標本を追跡している International Thylacine Specimen Database(ITSD)という国際的なデータベースがあり、頭骨・骨格・アルコール漬けの内臓・皮・剥製など、把握されているものを合わせて800点あまりが登録されています。そのなかで「頭部だけの剥製」となると、これまで知られていたのは1点だけ。タスマニア大学の動物学者エリック・ガイラー氏の個人コレクションにあるものです。今回の1点は、世界で2点目ということになります。
キツネの頭を集める業者の目
ここで気づいた人の話になります。ジェームズ・クランフィールド氏は、英国で自然史の珍品を扱う業者です。少し変わった収集をしていて、キツネの頭の剥製を「良いものも悪いものもひどいものも」集めている。時代や職人によって剥製の出来がどう違うかを見せるためだそうです。
だから競売の出品通知は毎日チェックしていて、「19世紀のキツネの頭」という出品もそのなかで目に留まりました。最初は変な顔がおかしくて開いただけだった、と本人は言っています。ところが写真を大きく表示した瞬間、「キツネじゃない」と頭のなかで雷が落ちたような感覚があった、と。
決め手は歯でした。キツネや、その仲間のイヌ科の動物は、上あごの前歯——牙と牙のあいだに並ぶ切歯——が6本です。ところがこの剥製には8本ある。そしてフクロオオカミの上あごの切歯は8本です。犬そっくりの顔をしていても、口のなかは有袋類のままだった、ということになります。
切歯の本数は、図鑑に載っている程度の知識です。それでも、額がふくれてしまった、目玉のおもちゃを付けられた古い剥製の写真から、ぱっと本数の違いを読み取れる人はまずいません。キツネの頭ばかり何百と見てきた目だったからこそ、「いつも見ている6本」からのずれが見えた。専門家の知識というより、毎日同じものを見続けてきた人の違和感が、絶滅種を掘り出したわけです。

ただ、同じことに気づいた人がもう1人いました。競売の当日、会場では別の収集家との競り合いになり、値は数万ポンド台まで一気に跳ね上がったそうです。競売会社の担当者によれば、会場が静まりかえって、皆が集まって見守るなか、ハンマーは5万ポンドで落ちました。手数料を含めた支払い総額が6万2,600ポンドです。落としたのはクランフィールド氏でした。
X線とCTによる裏付け
ここまでは、あくまで写真を見た人の目利きです。もし普通のキツネの頭に6万ポンド払っていたら、この業界で二度と顔を出せない、と本人も笑っています。そこで落札後、頭部をX線とCTで撮影しました。
結果は、本人の言葉を借りれば「これ以上ないニュース」でした。中に入っていたのは、傷みのない完全なフクロオオカミの頭骨。CTの画像では、額の部分に詰め物がたっぷり入って、本来の頭の形より盛り上がっていることまで見えました。あの変な顔は剥製師の仕事のせいで、中身はきれいに残っていたのです。
そのレントゲン写真は ITSD の責任者スティーブン・スレイトホルム氏の手元にも届き、頭骨と歯並びを中心に検討したうえで、フクロオオカミとする明確な根拠がある、との判断が出ました。標本はデータベースに正式に登録されています。査読論文が出ているわけではなく、確認は専門家による標本の鑑定という形です。
百年以上どこにあったのか
こうなると、次の疑問はこの頭がどこから来たか、です。見た目からして100年以上前のものとみられていますが、その間どこにあったのか、記録はまったくありません。
クランフィールド氏の見立ては、懸賞金制度の時代の狩猟記念品です。メルボルン大学の生物学者ブランドン・メンジーズ氏によると、1888年から1912年の懸賞金制度では、およそ2,186頭ぶんが持ち込まれた記録があります。ところが、それらがどこへ行ったかは分かっていない。支払いのあとで政府が処分したものも多かったそうです。記録から消えた数千頭のうちの1頭が、誰かの壁の飾りになって、海を渡ったのかもしれません。
もう一つの筋も残っています。20世紀初めには、生きたフクロオオカミがロンドンを含む海外の動物園に運ばれ、展示されていました。英国で死んだ個体を現地の剥製師が仕立てた可能性もゼロではない、というわけです。手がかりになりそうなのは、頭部が取り付けられている木の盾板です。オーストラリア固有の木なら向こうで作られてから運ばれたことに、英国産の木なら英国で作られたことになる。クランフィールド氏は、この木材の分析を専門家に頼みたいと話しています。同位体分析で年代を絞る手もあります。
DNAの話も出ています。メルボルン大学には、フクロオオカミのゲノムを組み立て直している研究室があり、標本の歯からドリルで100ミリグラムほどの骨の粉を削り取る方法で、これまでも試料を集めてきました。この頭からも同じやり方で採れる、とメンジーズ氏は言います。ただし期待は控えめで、種の遺伝的な多様性のデータが少し増える程度だろう、というのが本人の見込みです。復活計画のような大きな話につながるものではありません。
この剥製をこれからどうするかについて、クランフィールド氏の方針は「ほとんど手を加えない」です。目玉のおもちゃを外してリアルな義眼を入れることも、盛り上がった額を直すことも考えたけれど、それは「ミイラに化粧をするようなもの」で、どうせきれいにはならないし、その時代の剥製師がどう作ったかという記録まで消してしまう。いくつかの博物館と公開の相談をしているそうで、標本が科学のためにも文化のためにも使われる形を探しているところです。
絶滅種の標本が、博物館の倉庫ではなく骨董市の台の上から出てくる。記録に残っていない標本が、まだどこかの壁にかかっている可能性は、この1点が示してしまいました。
出典
競売会社の発表:Bought For £50, Sold For £50,000!(Auctioneum・2026年8月17日)


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