南アフリカの電波望遠鏡MeerKAT(ミーアキャット)が、約37億光年と約48億光年の彼方にある水素ガスの電波を、ほかの望遠鏡の助けを借りずに単独で検出した、という話です。マンチェスター大学と西ケープ大学を中心とする研究チームが、2026年9月1日にプレスリリースを出し、論文は『The Astrophysical Journal Letters』に掲載されました。
とらえたのは、中性水素が出す「21センチ線」と呼ばれる電波です。宇宙でいちばんありふれた原子が、いちばん弱いかたちで出している信号を、電波望遠鏡1基のデータだけから取り出したことになります。使われたのは2018年に取られた96時間ぶんの観測データでした。
電波だけで届いた遠い水素の信号
研究を主導したのは、マンチェスター大学と西ケープ大学に所属するソウラブ・ポール(Sourabh Paul)氏です。西ケープ大学のマリオ・サントス(Mário Santos)教授、エディンバラ大学のチェン・ジャオティン(Zhaoting Chen)氏、マンチェスター大学のラウラ・ヴォルツ(Laura Wolz)氏が加わった4人の論文で、サントス教授はMeerKATを運用する南アフリカ電波天文台(SARAO)も兼務しています。
検出された水素は、赤方偏移で z≈0.32 と z≈0.44 の2か所にあります。光が地球に届くまでにかかった時間で言えば、それぞれ約37億年と約48億年。宇宙がいまより40〜50億年若かった時代の水素です。
この距離の水素をとらえたこと自体は、じつは今回が初めてではありません。新しいのは「とらえ方」です。何が新しいのかを見るには、まずこの電波がどれほど聞き取りにくいものなのかを押さえておく必要があります。
宇宙でいちばんありふれた原子と、いちばん弱い電波
水素は宇宙にある原子の大半を占めます。星も銀河も、もとをたどれば水素ガスの塊です。星になる前の水素、星になれずに銀河の周りに漂っている水素、銀河と銀河のあいだに薄く広がる水素。その分布を測ることは、宇宙のどこにどれだけ物質があるのかを直接測ることに近いといえます。
その水素が、ごく弱い電波を出しています。水素原子の中の電子と陽子の向きがそろっている状態から逆向きに変わるとき、波長21センチの電波が1回だけ出ます。この変化は1つの原子について1000万年に1回ほどしか起きません。それでも宇宙には水素が桁違いに多いので、全体としては連続した弱い電波として届きます。これが21センチ線です。
この電波には都合のいい性質があります。宇宙は膨張しているので、遠くから届く光や電波は波長が引き伸ばされます。21センチの電波も、遠くから来たものほど長く伸びて届く。だから受信した波長を測れば、その水素がどれだけ遠くにあるか、つまりどの時代の水素なのかが分かります。今回の観測では、21センチがおよそ28センチと30センチに伸びて届いたものを拾っています。
問題は弱さです。電波の空には、水素の信号より数桁明るいものがひしめいています。我々の銀河系そのものが出す電波、遠くの活動的な銀河が出す電波、そして地上の携帯電話やレーダーの混信。水素の21センチ線はそれらの陰にすっぽり隠れてしまいます。
光学望遠鏡の「答え合わせ」に頼ってきた検出
遠い水素を一つひとつの銀河として撮るのは、現在の電波望遠鏡ではほぼ不可能です。信号が弱すぎるので、個別に見えるのは比較的近い宇宙の銀河に限られます。
そこで考えられたのが「強度マッピング」と呼ばれる手法です。銀河を一つずつ分解して見るのをあきらめ、ある方向・ある波長帯に含まれる水素の電波を、多数の銀河ぶんまとめて測ります。1軒ずつ家を数えるのではなく、夜の街を遠くから眺めて明かりの濃淡だけを記録する、という測り方です。個々の銀河は見えなくても、水素の濃い場所と薄い場所のパターンは取れます。それを何層もの距離で重ねれば、宇宙の物質分布を立体的に描けます。
ただし、この手法には長年つきまとう弱点がありました。取り出した「濃淡のパターン」が、本当に水素のものなのか、それとも前景の電波や装置のくせが残ったものなのか、電波のデータだけでは区別しにくいのです。
そのため従来の検出は、光学望遠鏡が作った銀河カタログとの重ね合わせに頼ってきました。電波で得た濃淡の地図と、光で見つけた銀河の分布を突き合わせ、両者が同じ場所で濃くなっていれば、それは水素の信号だと判断できる。前景や装置のくせは光学の銀河分布とは無関係なので、重ね合わせるとそれらは消えて、水素だけが残ります。グリーンバンク望遠鏡、パークス望遠鏡、そしてMeerKAT自身も、この「答え合わせ」つきの方法で検出を積み重ねてきました。
言い換えると、電波望遠鏡は自分の測った信号を、自分だけでは信じきれなかったということです。
前景を消さずに避けるという選択
今回の研究チームは、光学のカタログをいっさい使っていません。MeerKATの電波データだけで、水素の信号を統計的に取り出しました。プレスリリースが「直接検出」と呼んでいるのは、この点です。
どうやって前景から水素を切り分けたのか。答えは「前景を消さない」ことでした。
前景の電波と水素の電波には、はっきりした違いが1つあります。銀河系の電波も遠くの電波銀河も、波長を少しずつ変えながら受信すると、強さがなだらかにしか変わりません。一方、水素の21センチ線は、波長ごとに別の距離にある別の水素を見ていることになるので、強さは波長を変えるたびにでこぼこと揺れます。前景は「滑らか」、水素は「ざらざら」です。
この違いをフーリエ変換で分けると、滑らかな前景の成分は特定の領域にまとまって現れます。電波天文学ではこの領域を「くさび(wedge)」と呼びます。研究チームはこのくさびの中身を引き算しようとはせず、くさびから十分に離れた領域だけを使って水素の信号を測りました。前景がどれだけ強くても、原理的に届かない場所に逃げて測る。そこにあるでこぼこは、水素のものだと言えます。

上の図は、同じ波長の範囲で受信したときの、前景の電波(なだらかな曲線)と水素の電波(細かく揺れる曲線)の強さの違いを示したものです。この「揺れ方の違い」だけが、水素を見分ける手がかりになります。
もう1つ、チームは念入りな確認をしています。96時間のデータを「偶数番目のスキャン」と「奇数番目のスキャン」に分け、両方に共通して現れる成分だけを信号として採用しました。装置の一時的なくせや雑音は片方にしか出ないので、この掛け合わせで消えます。さらに、まったく別の波長帯どうしを同じ手順で掛け合わせる「ゼロテスト」も行い、水素の信号が出るはずのない組み合わせでは何も出ないことを確かめています。
結果として、2つの距離の水素の信号が、保守的な処理で3.2σと3.5σ、系統誤差を除く処理を強めた場合で5.9σと9.18σの有意性で検出されました。つまり、電波望遠鏡が自分の測った水素の信号を、光学の答え合わせなしに自分の足で立たせた、というのが今回の結果です。
なお、SARAOが公開したこの領域の電波画像には、水素の信号はまったく写っていません。画像に見える明るい点はすべて前景の電波銀河で、水素の信号はそれらより桁違いに弱く、統計処理をしてはじめて姿を見せます。目で見て分かるものではなく、データの中から数学的に掘り出すものです。
試験運転のデータから出てきた結果
使われたデータの出どころも、この話の面白いところです。
MeerKATは64基のパラボラアンテナで構成され、南アフリカ北ケープ州のカルー地方にあります。今回の96時間ぶんの観測は、2018年にこの望遠鏡がまだ本格的な科学観測を始める前の試験運転(コミッショニング)で取られたものでした。SARAOの主任科学者フェルナンド・カミロ(Fernando Camilo)氏によれば、当時の目的は望遠鏡の技術的な準備が整ったことを示すためで、特定の科学的な狙いはなかったそうです。
観測先は「DEEP2」と呼ばれる領域で、天の南極に近い、明るい電波源が少ない一角です。この領域は先に、遠い宇宙の星形成の歴史を探る研究に使われていました。その同じデータを、2021年に西ケープ大学でポール氏が博士研究員だったときに始めたプロジェクトで、水素の強度マッピングという別の目的に転用したわけです。

上の想像図のように、多数のアンテナで同じ一点を長時間見続けることで、明るい前景の合間に隠れた水素の分布を統計として取り出しています。
試験用に取られたデータで、しかも水素マッピングのために設計されていない観測から信号が出た。これはMeerKATにすでに蓄積されているデータに同じことができる可能性を示しています。ヴォルツ氏は、本来この目的で取られていないデータから信号を引き出せたことは非常に励みになると述べ、サントス教授もMeerKATにはこの手法で探れるデータの山が待っているとしています。
この手法は、MeerKATの後継として南アフリカで建設中のSKA-Mid望遠鏡でも、中心的な科学目標のひとつになると見込まれています。銀河を一つずつ数えるより格段に広い体積の宇宙を、短い時間で地図にできるからです。その地図から、暗黒物質が宇宙の大規模構造をどう形作ったのか、宇宙の膨張がどう変化してきたのかを読み取ることが狙いになります。
数字の読み方と残る課題
いくつか押さえておきたい点があります。
まず、この論文はプレプリント(査読前の原稿)として2023年1月に公開されており、正式に学術誌に掲載されたのが2026年です。3年以上の査読期間を経ています。その間に検出の有意性の数字は下方修正されました。初版では8.0σと11.5σでしたが、最終版では保守的な処理で3.2σと3.5σ、処理を強めて5.9σと9.18σです。結論は変わっていませんが、査読を通る過程で主張は控えめになっています。
また、「電波だけでの検出は初」というのは、2023年のプレプリント公開時点での話です。その後、カナダのCHIME望遠鏡など他のグループも同種の検出を報告しており、この分野は動いています。
今回測れたのは、数百万光年程度の比較的小さいスケールでの水素の濃淡です。天の川銀河からアンドロメダ銀河までの距離の数倍にあたります。暗黒物質や暗黒エネルギーの性質に迫るには、もっと大きな数千万光年から数億光年のスケールでの測定が必要で、そちらはMeerKATの各アンテナを単独の望遠鏡として使う別の観測モードで進められています。今回の結果はその大きなスケールの測定を直接置き換えるものではなく、小さいスケールで手法が成り立つことを示した実証です。
論文自身も、今回のデータでは水素がどんな銀河にどう分布しているかを表すモデルのパラメータまでは十分に絞れなかったと書いています。データが増えて信号がはっきりすれば、水素を持つ銀河の質量分布や、銀河内でのガスの動きといった情報も取り出せるようになるはずですが、それは次の段階の話です。
前景を消すのではなく避ける、光学の助けを借りずに電波だけで立つ。この2つがそろって、水素の強度マッピングは「有望な手法」から「使える手法」へ一歩進みました。宇宙でもっともありふれた物質の分布を、その物質自身のかすかな電波で描く。その地図がどこまで広がるかは、これからのデータ次第です。
出典
- 論文:Paul, S., Chen, Z., Santos, M. G. & Wolz, L. “A direct detection of neutral hydrogen intensity mapping on Mpc scales at z ≈ 0.32 and z ≈ 0.44,” The Astrophysical Journal Letters, 1005, L56 (2026) https://doi.org/10.3847/2041-8213/ae808f(プレプリント:arXiv:2301.11943)
- マンチェスター大学プレスリリース(2026年9月1日):Astronomers use MeerKAT to directly detect faint hydrogen signal from the distant Universe
- SARAOプレスリリース(2026年9月1日):Astronomers directly detect faint cosmic hydrogen signal using the MeerKAT telescope
- Universe Today(2026年9月6日):Astronomers Hear the Faint Whispers of Cosmic Hydrogen from the Distant Past


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