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京都大学の研究グループが、摂氏600度で安定して動くトランジスタを作りました。素材は炭化ケイ素(たんかけいそ、SiC)。電気電子デジタル理工学専攻の金子光顕准教授、柴田峻弥さん(研究当時・修士課程)、木本恒暢教授らの成果で、論文は2026年8月17日に米国の学術誌APL Electronic Devicesにオンライン掲載されました。招待論文で、同誌のFeatured articleにも選ばれています。
600度というのは、鉛がとける温度(約327度)をはるかに超え、アルミニウムの融点(約660度)に迫る熱さです。いま私たちのスマートフォンやパソコンに入っているシリコンの回路は、この温度では動くどころか、その半分にも届かないところで正常に働かなくなります。そして、この温度域には長年「電子回路が入り込めない場所」として知られてきた行き先があります。金星の地表です。
シリコン回路が250度で止まる事情
半導体がなぜ「半」導体なのかというと、条件によって電気を通したり通さなかったりするからです。トランジスタはこの性質を使って、電気の流れを「通す(オン)」と「止める(オフ)」の二つの状態で切り替えています。コンピュータの中で0と1を区別しているのは、突きつめればこのオンとオフです。
ところが温度が上がると、シリコンの中の電子が熱のエネルギーで勝手に動き出します。止めているつもりでも電気が漏れ、オンとオフの区別が曖昧になっていく。シリコン集積回路の限界がおよそ250度とされているのはこのためで、家庭用オーブンの最高温度あたりで頭打ちになる、という感覚です。
この壁が、地球上にもいくつかの「行けない場所」を作っています。ジェットエンジンや発電用ガスタービンの内部、地熱井の底。いずれもセンサーや制御回路を置きたいのに置けない場所で、いまは離れた位置に回路を置いて長い配線でつなぐか、断熱や冷却でかろうじてしのいでいます。そして地球の外には、もっと極端な場所があります。
着陸機が数時間で沈黙した金星の地表
金星の地表温度は約460度。二酸化炭素の厚い大気が熱を閉じ込めていて、昼も夜も、赤道も極もほぼこの温度です。鉛がとける環境にシリコンの回路を持ち込めば、どうなるかは明らかでしょう。
実際、これまでに金星の地表に降りた探査機は、どれも数時間しか活動できませんでした。最長記録は旧ソ連の着陸機ベネラ13号で、1982年に降りてから2時間7分。写真と土壌分析のデータを送り、それで終わりです。以来40年以上、この記録は破られていません。金星は地球にいちばん近い惑星のひとつなのに、地表の観測データは火星とは比べものにならないほど少ない。その理由のかなりの部分が、「回路が熱で死ぬ」という一点にあります。

炭化ケイ素に長年期待されてきた理由と残った二つの壁
この壁を越える材料の本命が炭化ケイ素です。シリコンと炭素が結びついた結晶で、電子が勝手に動き出しにくい性質を持つため、はるかに高い温度でも半導体として働きます。電気自動車のインバーター(電気を変換する部品)などで、すでにパワー半導体として広く使われている材料でもあります。
高温で動く炭化ケイ素の集積回路は、京大だけでなく世界の複数のグループが研究してきました。京大の発表によると、500度以上で動く炭化ケイ素の集積回路はすでに実証されています。Live Scienceの記事は、NASAが炭化ケイ素の回路を460度・9.3メガパスカルという金星に近い条件で60日間動かした例や、500度の空気中で1年以上動かした例にも触れています。
つまり「炭化ケイ素は熱に強い」という話自体は、新しくありません。それなのに、なぜまだ金星の地表に長く居座れる回路ができていないのか。京大のグループが取り組んだのは、その「なぜ」の部分でした。
問題は作り方にあります。トランジスタを作るには、半導体の狙った場所に不純物をわずかに混ぜ込んで、電気の性質が違う領域を作り分ける必要があります。現在の半導体産業で標準になっているのは「イオン注入」という手法で、不純物のイオンを電気の力で加速して結晶に打ち込みます。ところがこの手法で炭化ケイ素の接合型トランジスタを作ると、二つの困った現象が起きていました。
ひとつは、閾値電圧(しきいちでんあつ)が設計どおりにならないこと。閾値電圧というのは、トランジスタがオンからオフに切り替わる境目の電圧で、水道の蛇口がちょうど閉まる位置にあたります。回路を設計するときは、この値を決めた上でトランジスタを何十個も組み合わせるので、ここがずれると回路そのものが動きません。従来構造では、設計値と実測値が2ボルト以上ずれることがありました。
もうひとつは、高温になると土台から電気が漏れること。トランジスタ同士を電気的に切り離すために、これまでは不純物を極端に減らして絶縁体に近づけた炭化ケイ素の基板をそのまま使っていました。ところがこの基板は、温度が上がると絶縁性を失います。350度前後から、オフにしているはずのトランジスタの脇を通って電流が流れ始めてしまうのです。
ゲートを下に置くという発想の転換
ここからが今回の研究の核心です。まず閾値電圧がずれる理由からいきます。
炭化ケイ素はきれいに整った結晶なので、原子と原子の間に、まっすぐ抜ける「通路」のような向きがあります。イオン注入で打ち込んだ不純物のうち一部がこの通路に入ってしまうと、想定よりずっと深くまで潜り込みます。これは「チャネリング」と呼ばれる現象で、材料の結晶構造そのものに由来するため、打ち込み方を工夫しても完全には防げません。
従来の構造では、電流が流れる薄い層(チャネル)の上にゲート電極を置いていました。ゲートは電圧をかけてチャネルの電流を締めたり緩めたりする役目の電極です。この配置だと、深く潜った不純物はチャネルの下側にたまり、チャネルを実質的に厚くします。厚さが変われば蛇口が閉まる位置も変わる。閾値電圧が2ボルトもずれていた原因は、ここにありました。
研究グループが取った手は、発想としては単純です。ゲートをチャネルの上ではなく、下に置きました。「ボトムゲート構造」です。
ゲートの領域はもともと不純物を濃く入れて作ります。だから、チャネルから深く潜ってきた不純物がそこに落ちても、ゲート側に取り込まれて吸収されてしまい、チャネルの厚さには影響しません。深く潜る現象を止めるのではなく、潜った先を「潜っても構わない場所」に変えた、と言うほうが正確でしょう。結果として、400度での閾値電圧の設計値と実測値のずれは0.1ボルト以下に収まりました。2ボルト以上のずれからの改善です。
電気の漏れのほうは、土台を絶縁体として使うのをやめることで解決しています。トランジスタの周りに、不純物の種類が違う領域を二重に作り(「ダブルウェル構造」)、その境目に生まれるpn接合で電気的に囲い込みました。pn接合は高温でも絶縁の壁として働くので、基板が絶縁性を失っても電流は脇道を通れません。
つまり、産業標準の作り方で炭化ケイ素のトランジスタを高温で使えなかったのは、材料の耐熱性が足りなかったからではなく、シリコン時代のやり方をそのまま持ち込んだ結果、設計どおりに仕上がらず、土台からも電気が漏れていたから——というのが、この論文が示していることです。解決策は新材料でも新装置でもなく、トランジスタを上下逆さまにして、囲いの作り方を変えることでした。

この二つの工夫を組み合わせた素子は、室温から600度(873ケルビン)まで、安定してトランジスタとして動作しました。さらに、残ったわずかな電気の漏れがどう温度に依存するかを解析したところ、炭化ケイ素という材料の物性から決まる理論的な下限に近いところまで抑えられていたといいます。作り方の問題を取り除いたら、材料そのものの限界が見えるところまで来た、ということです。
回路になる前に残る課題
ここまで読むと金星探査機がすぐ作れそうに聞こえますが、京大の発表はそこで慎重です。今回のトランジスタは動作原理の実証を目的に設計されたもので、電圧をかけていない状態で「オフ」になる「ノーマリオフ動作」には対応していません。何もしなければ電流が流れている素子なので、このままではコンピュータや制御回路の基本になる論理回路を組めないのです。研究グループは今後、同じ構造でノーマリオフのトランジスタを設計し、n型とp型を組み合わせた低消費電力の集積回路を目指すとしています。
そのほかにも、高温で長時間動かし続けたときの信頼性の確認や、トランジスタを載せるパッケージや配線の材料を耐熱化することなど、実用までの課題は多く残っています。回路が600度で動いても、それをつなぐはんだや配線が先に音を上げれば意味がありません。
それでも、この構造の価値は金星だけにとどまりません。イオン注入という現在の半導体産業の標準的な工程で作れることが、この研究の重要な点です。特殊な作り方でしか実現できない素子と、いまある製造ラインに載る素子とでは、社会に出るまでの距離が違います。ジェットエンジンや発電タービンの内部を直接監視すること、地熱資源の開発で井戸の底にセンサーを置くこと。金子准教授は発表のコメントで、これらはいずれもエネルギーや持続可能性に関わる遠くない課題であり、使える半導体がないことが技術の発展を静かに制約してきた、と述べています。
金星に長く居座る探査機がいつ実現するかは、まだ誰にも言えません。ただ、「熱で回路が死ぬから行けない」という40年以上続いた理由に対して、材料ではなく作り方の側から答えが出始めたのは確かです。ベネラ13号の2時間7分という記録が、いつか更新される日が来るのかもしれません。
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出典
京都大学 工学研究科「新構造SiC素子で600℃動作を達成 ―真に実用的な極限環境集積回路の実現へ―」(2026年8月19日):https://www.t.kyoto-u.ac.jp/ja/research/topics/20260819
Mitsuaki Kaneko, Shunya Shibata, Tsunenobu Kimoto, “Over 600°C operation of ion-implantation-based SiC bottom-gate JFETs,” APL Electronic Devices (2026):https://doi.org/10.1063/5.0346734
Live Science “‘Extreme’ transistor can withstand heat of 1000-plus F — priming it for use in Venus-bound probes”(2026年9月6日、Fiona Jackson):https://www.livescience.com/technology/electronics/extreme-transistor-can-withstand-heat-of-1000-plus-f-priming-it-for-use-in-venus-bound-probes


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