排気は水18リットル——水素を「燃やす」車が時速653kmの世界記録

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水素を2kgちょっと燃やして、時速653キロ。排気として出てきたのは、水18リットル——。

2026年8月、米ユタ州のボンネビル・ソルトフラッツで、英国の建設機械メーカーJCBが作った「JCB Hydromax(ハイドロマックス)」という車が、水素エンジン車として史上最速の平均時速406.320マイル(約653.9キロ)を記録しました。東北新幹線の最高速度が時速320キロなので、その2倍を超えるスピードです。ハンドルを握っていたのは、アンディ・グリーン氏。かつて地上で音速を突破した、世界でただひとりの人物です。

「排気が水」と聞くと夢のような話ですが、この記録には知っておきたい但し書きもあります。順番に見ていきます。

塩の平原で生まれた新記録

舞台のボンネビル・ソルトフラッツは、干上がった塩の湖が真っ平らに広がる場所で、100年以上前から速度記録挑戦の聖地として知られています。地面が平らで硬く、どこまでもまっすぐ走れるため、世界中の記録挑戦者がここに集まってきました。

ランドスピードレコードの記録の取り方は独特で、片道1回の最高速度では認められません。国際自動車連盟(FIA)のルールでは、1時間以内に同じコースを往復し、その平均速度が公式記録になります。風や路面の傾きで一方向だけ有利になるのを打ち消すためです。

Hydromaxは往路で時速400.623マイル(約644.7キロ)、折り返した復路で時速412.135マイル(約663.3キロ)を出し、平均406.320マイルで記録を樹立しました。これまでの水素エンジン車のFIA公認記録は、BMWが2004年に出した185.5マイル(約298.5キロ)。実に2倍以上の大幅更新です。さらに、燃料電池車が持つ水素車の記録303マイル(約487.6キロ)も上回ったため、方式を問わず「水素で走る車」として史上最速になりました。走行はFIAの立ち会いのもとで行われ、記録は正式な認定手続きを経て確定します。

燃料電池ではない水素エンジン

ここでひとつ、混同しやすいポイントがあります。「水素で走る車」と聞いてまず思い浮かぶのは、トヨタのMIRAIのような燃料電池車かもしれません。燃料電池車は、水素と酸素を化学反応させて電気を作り、モーターで走ります。エンジンは積んでいません。

Hydromaxは違います。ガソリン車と同じ内燃機関、つまり「燃やして爆発させてピストンを動かすエンジン」で、燃料がガソリンの代わりに水素になっているのです。水素は燃えると酸素と結びついて水になるため、二酸化炭素(CO2)が排気管から出ません。仕組みとしてはずっと古典的なのに、出てくるものが水だけ——そこがこの方式の面白いところです。

しかもこのエンジン、もともとはショベルカー用です。JCBは黄色い建設機械で世界的に知られるメーカーで、2021年から1億ポンド(約1億3,500万ドル)を投じて水素エンジンの開発を進めてきました。バッテリーは小型の機械には向いていても、長時間動かし続けてすぐ燃料を補給したい重機には合わない、というのが同社の考えです。Hydromaxに積まれた2基のエンジンは、英ダービーシャー州フォストンの同社工場で作られた量産ベースの水素エンジンで、実際にJCBの建機を動かしているものと同系統です。

ただし「量産エンジンそのまま」ではありません。記録挑戦のために大幅に改修され、たとえば点火プラグにはル・マン24時間レース用エンジン向けに設計されたものが使われています。改修後の出力は1基800馬力、2基合計で1,600馬力。全長9.75メートルの細長い車体の中で、前のエンジンが前輪を、運転席の後ろのエンジンが後輪を回す四輪駆動です。

水素2kgと水18リットル

この挑戦でいちばん印象的な数字が、燃料と排気の量です。JCBの推計によると、記録走行1回で消費した水素は2kgあまり。そして排気として出てきた水は、およそ18リットルでした。

2Lのペットボトル9本分の水を撒き散らしながら、時速650キロ超で塩の平原を駆け抜けていったわけです。ガソリン車なら排気管からCO2が出てくる場面で、出てくるのが水だという事実は、水素燃焼という仕組みを何よりも雄弁に物語っています。

20年越しのボンネビル再訪

この挑戦には、もうひとつの物語が重なっています。ドライバーのアンディ・グリーン氏は元英空軍のパイロットで、1997年にジェットエンジン搭載車「ThrustSSC」で時速763.035マイル(約1,228キロ)を叩き出し、地上で音速の壁を破った唯一の人間です。この記録は今も破られていません。

そして2006年8月、グリーン氏は同じボンネビルで、JCBのディーゼル車「Dieselmax」を駆り、時速350.092マイルの世界ディーゼル記録を樹立しました。それからちょうど20年。同じドライバーが、同じメーカーの車で、同じ塩の平原に戻ってきて、今度は水素で自分たちの節目を塗り替えた——という構図です。JCB会長のアンソニー・バムフォード氏は「20年前、我々はDieselmaxとともにボンネビルに来て、英国のエンジニアリングがディーゼルで何をできるかを示した。今日、我々はそれをもう一度やってのけた。今度は水素を動力とするエンジンで」と語っています。

「ゼロエミッション」への但し書き

さて、バムフォード氏はこの記録を「水素は機能する。しかも今日、最高レベルで、排出ゼロで(zero emissions)」と締めくくりました。海外メディアの見出しにも「ゼロエミッション車の最速記録」という言葉が躍っています。ただ、この「排出ゼロ」は、少し丁寧に読む必要があります。

まず、ゼロなのはあくまでCO2の話です。水素を燃やすエンジンでは、燃焼時の高温で空気中の窒素が反応し、窒素酸化物(NOx)が発生しうることが知られています。NOxは大気汚染の原因物質のひとつで、The Registerの記事もこの点をはっきり指摘しています。燃料電池車なら燃やさないのでNOxは出ませんが、内燃機関で水素を使う場合、「排気は水だけ」とは言い切れないのです。

もうひとつは、燃やした水素がどう作られたかです。水素は天然ガスから作る方法(製造時にCO2が出る、いわゆるグレー水素)と、再生可能エネルギーの電気で水を分解して作る方法(グリーン水素)とで、環境への影響がまったく違います。今回の記録走行に使われた水素の由来は、発表資料からは分かりません。走っている瞬間にCO2が出ないことと、燃料のライフサイクル全体でクリーンであることは、別の話として扱う必要があります。

つまり、「排気管からCO2が出ない車が時速653キロを出した」のは確かな事実ですが、「完全にクリーンな車」とまで言えるかは、NOxの排出量と水素の作り方しだい——ここがこのニュースを受け取るうえでの、いちばん大事な但し書きです。

量産エンジンが示した到達点

但し書きを差し引いても、この記録には意味があります。専用開発のレーシングエンジンではなく、建設機械用の量産エンジンをベースにした水素内燃機関が、時速650キロ超に耐える性能と信頼性を示したからです。水素エンジンは長らく研究段階の技術と見られてきましたが、少なくとも「実用エンジンの延長線上で、ここまで出せる」ことが実地で証明された格好です。

電気自動車の最速記録(2016年のBuckeye Bullet 3、平均341.264マイル)を上回ったという点も、水素内燃機関の可能性を考えるうえでは興味深い比較です。もちろん、記録車の速さと市販車の実用性は別物ですし、水素の供給インフラや製造方法の課題はこれからも残ります。それでも、20年前にディーゼルで示された「英国の量産エンジン技術の到達点」が、今度は水素で更新された——塩の平原に残った18リットルの水は、その節目の証といえそうです。

出典

・JCB プレスリリース:Hydrogen-powered JCB Hydromax sets 406.320 mph world land speed record

・The Register:This JCB doesn’t dig – it does 406 mph

・New Atlas:Sound barrier-breaking driver sets zero-emissions land speed record

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