打ち上げ6週間前に届いたフォボスの新しい地図 MMXの砂はどこから来たのか

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打ち上げ直前に届いたフォボスの「地図」

日本の火星衛星探査機MMXが種子島から飛び立つのは、2026年10月20日の早朝です。目的地は火星の衛星フォボス。表面の砂を採って、2031年度に地球へ持ち帰る計画です。その打ち上げまであと6週間というところで、ヨーロッパの研究者2人がフォボスの新しい「地図」を発表しました。

作ったのは、スペイン宇宙生物学センターのイサベル・エレロス氏と、パリ地球物理学研究所のセバスチャン・シャルノズ氏。地質学の専門誌Earth and Planetary Science Lettersに載った論文で、タイトルは「フォボスの動的な表面:形態動力学アトラス」。地形の高低を描いた地図ではなく、フォボスの表面で砂や礫(れき)がどの方向へ動き、どこに溜まるのかを、天体全体にわたって描き出したものです。

MMXがフォボスから採るのは10グラムほどのごく少量の砂です。その砂がどこから流れてきて、どれくらい昔からそこにあったのか。それを読み解くための下敷きとして、この地図は作られました。

坂を転がらないフォボスの砂

フォボスは差し渡し20〜30キロほどの、じゃがいものような形をした小さな衛星です。火星の表面から約6,000キロという至近距離を、わずか7時間半あまりで一周しています。

地球なら、斜面に置いた砂は坂の下へ転がります。重力が圧倒的に強く、ほかの力はほぼ無視できるからです。ところがフォボスでは事情が違います。自分自身の重力がとても弱いうえに、すぐそばにある火星の潮汐力(ちょうせきりょく=火星に引っ張られて生じる力)と、自転による遠心力が、重力と同じくらいの強さで砂を引っ張ります。しかもフォボスの軌道は真円ではないため、火星との距離が変わるたびに潮汐力も刻々と変わります。

その結果、フォボスの表面では「斜面が急な方向」と「砂が実際に動く方向」が必ずしも一致しません。地形の高低だけを見ても、砂の行き先は読めない。論文の出発点はそこにあります。

砂の通り道を描き出した手法

2人はまず、ESA(ヨーロッパ宇宙機関)の火星周回機マーズ・エクスプレスが撮った立体画像から作られたフォボスの数値地形モデルを用意しました。表面の溝や地すべりの跡、フォボス最大のスティックニー・クレーター、クレーターがまばらな地域といった特徴が、すべて入った3次元の地形データです。

そこに、自己重力・潮汐力・遠心力を合わせた「表面にかかる加速度」を場所ごとに計算し、さらに砂どうしの摩擦を加えて、砂が動き出したあとにどの経路をたどってどこで止まるかを追いかけました。計算には2人が開発した独自のプログラムを使っています。

ここで大事なのは、このモデルが「どこの砂が崩れるか」を予測するものではない点です。崩れやすさを調べた研究はすでにありましたが、崩れた砂が最終的にどこへ行き着くのかは、これまで描かれていませんでした。この論文が答えようとしたのは後者で、砂が好んで通る経路を「レゴリス移動経路」と名づけ、フォボス全体に描き込みました。レゴリスは天体の表面を覆う砂や礫の層のことです。

できあがった地図を表面の見た目と重ねると、きれいに対応が取れました。経路の終点は、なめらかで起伏の少ない場所に集まります。長い時間をかけて砂が流れ込み、埋め立てられた地域です。逆に、ごつごつしていて小さなクレーターが多く、光の反射がやや青みがかった地域は、砂が流れ出していった場所。そして赤みがかった地域は、砂がほとんど動かない古い表面でした。フォボスの表面の色や地形のばらつきの多くは、砂がこうした経路を通って少しずつ移り変わってきた結果だと説明できる、というわけです。

なお、砂の動きやすさは摩擦の想定でかなり変わります。砂が動き出しにくい厳しめの条件では、動きは大きなクレーターの内側と、スティックニー・クレーターの東側の外斜面に限られました。緩めの条件では、フォボス全体に大きな経路網が現れます。後者は「いま砂がひとりでに動いている」という意味ではなく、過去に働いたかもしれない経路を示したものです。

火星側と反対側で異なる砂の履歴

ここからがMMXに直結する話です。MMXは2か所からサンプルを採る計画で、1か所は火星に正対する側(火星直下点)の近く、もう1か所はその反対側(反火星点)の近くです。フォボスはつねに同じ面を火星に向けているので、この2か所は火星から見て「表」と「裏」にあたります。

論文がこの2地点を調べると、砂の来歴がまったく違う場所だと分かりました。

火星側は、砂が集まってくる場所です。スティックニー・クレーターの東側の外斜面や周辺の地形から流れてきた砂が、ここに溜まります。いろいろな場所から来た砂が長い時間をかけてよく混ざり、その間ずっと宇宙線や太陽風にさらされてきた、いわば「年季の入った」砂です。

反対側は、いまも動きが続いている場所です。砂の移動経路が赤道付近の帯に集中し、その終点もそこに固まっています。動きが比較的最近まで続いていた可能性が高く、宇宙風化(宇宙線や太陽風で表面が変質すること)をあまり受けていない若い砂や、もう少し深いところにあった砂が顔を出しているかもしれません。

つまり、MMXが2か所から持ち帰る砂は「同じフォボスの砂を2回採ったもの」にはならず、古くて混ざった砂と、新しくて手つかずに近い砂という、対照的な2種類のサンプルになりそうだということです。

2か所から採る意味と残る課題

フォボスの正体は、火星に巨大な天体がぶつかって飛び散った破片が集まったものなのか、通りかかった小惑星が火星の重力に捕まったものなのか、まだ決着がついていません。持ち帰った砂を分析すれば答えに近づけるはずですが、その砂が「表面で長く混ざり合った古い砂」なのか「浅い地下から出てきた新しい砂」なのかで、読み方は変わります。今回の地図は、2つのサンプルにそれぞれ違う意味を与える、いわば添え書きのような役割を果たします。

もちろん、モデルには単純化した部分もあります。フォボスがわずかに首を振るような動き(秤動)は計算に入っていませんし、砂粒どうしのくっつきやすさ、粒の大きさや形といった細かな性質も考慮していません。実際に着陸してみたら、地図とは違う様子が見えてくる可能性もあります。

それでも、打ち上げ前にこうした準備が海外の研究者の手で積み上がっているのは、MMXがすでに世界の惑星科学の共有財産として扱われている証拠だと思います。打ち上げは10月20日午前4時41分、H3ロケット10号機で。火星到着は約1年後、フォボスへの着陸と採取を経て、砂が地球に届くのは2031年度の予定です。その砂を受け取ったとき、この地図がどれくらい当たっていたかも、あわせて答え合わせされることになります。

出典

論文:Isabel Herreros & Sébastien Charnoz, “The dynamical surface of Phobos: A morphodynamic atlas”, Earth and Planetary Science Letters(オープンアクセス)
https://doi.org/10.1016/j.epsl.2026.120230

プレプリント版(arXiv、2026年7月):The dynamical surface of Phobos: a morphodynamic atlas

Universe Today:A New Surface Atlas of Phobos Will Help JAXA’s MMX Mission Collect its Samples(2026年9月10日、Evan Gough)

JAXA 火星衛星探査計画MMX 公式サイト:https://www.mmx.jaxa.jp/

JAXAプレスリリース:H3ロケット10号機による火星衛星探査機(MMX)の打上げ(2026年8月20日)

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